幻獣の契約者

@Nier_o

第1話 ここは、そう。希望の都市

燦燦さんさんと煌めく太陽と言う光に照らされる、まるで希望の都市――――なんて謳い文句を掲げている都市があるらしい。

…………そう、何を隠そうこの『陽希市ようきし』である。


イコール希望というのはまぁ分かる…………いや分かるか?

確かに、よく希望の朝日が昇る――みたいな言葉を聞くが、この都市が希望で溢れているかと問われれば、悩ましい。


何故なら、今この都市中で話題になっている、ある事件の存在があるからだ。


玄斗げんとせんぱ~い。まぁ~た出たらしいですぜ~?ゾ・ン・ビ」


――――そう、通称“ゾンビ事件”の存在だ。

噂によると、その姿は人の形を何とか保っているが、所々が溶けており映画のそれよりグロいという話だ。


「お風呂にする?的なニュアンスの区切り方で言ってくるなよ」


まだどこか幼さを感じさせる風貌と、薄い翠色の綺麗な瞳。

本人の性格のように明るめな茶色のポニーテールをふりふりと揺らし、学校までの道のりを肩を並べて歩く少女――白﨑遥しらさぎはるかに、俺こと徒篠玄斗あだしのげんとはそうツッコミを入れる。


「いいじゃないですか~、そんな細かい事。一々ツッコミ入れてたらメンドクサ~イ男判定されてモテませんよ?面倒くさい男とメンヘラな男は需要ありませんからね!!」


やれやれと首を振りながらそう言う彼女は、俺が通っている小波高等高校さざなみこうとうがっこう

通称、小波高校さざなみこうこうに今年入学してきた新入生で、俺の後輩という事になる。


今から二か月も前になる4月。

まだ校内に慣れていないのか、二年生の廊下であたふたしていた所を救ったのが出会ったきっかけだった。


そしてどういうわけか、家が近所だったらしく今では一緒に登下校する仲だ。


「いや、人の好みは千差万別だろ……」


まぁ、それに関しては俺も同感だが。


「それで、先輩はどう思います?ゾンビの件。ほんと~に徐々に一度に出現する量が増えてるらしいじゃないですか」

「単純に新醒エゴを悪用しているだけだろ」


――新醒エゴ

それは、例えば火種の無い場所で火を起こし、あるいは風を操り、またあるいは氷を生成したり――そんな現象を引き起こせる力の総称である。


それらの力を持つ者を、古来より人はこう呼んだ。

――――“新醒者のうりょくしゃ”と


そんな新醒エゴだが、基本誰しも一人一つ持っているものである。

――しかし、新醒エゴを持って生まれない存在も中にはいるのだ。

その者は反対に“無新醒者むのうりょくしゃ”と――そう呼ばれている。


「違いますって、怖いか怖くないか、感情的な話ですよ~。もう一年も前から出現しているせいでみんな慣れちゃってて、恐怖心とか感じられないんですよね~」

「実際に出会ったわけでもないしな、現実味が無いんじゃないか?でもまぁ、身近に危険が潜んでいるかもしれないって思うのは大事だと思うぞ」


ただ、常に気を張っている状態で過ごすのは、それはそれでいささか不自由な感じはするが……。


「ですよね!?でも、友達にそれを言ったら「考えすぎ~」だの「大丈夫っしょ~」だのって笑うんですよ!!」


ようやく自分の話に共感してくれる人が見つかったのか、遥の目が輝いている。

……しかし実際、遥のように常日頃から危機感を持って生活をしている人間は珍しいだろう。


「それに最近、新醒者のうりょくしゃの暴走が度々確認されているって話ですからね、たまったものじゃありませんよ全く」

「……なんか色々と起き過ぎじゃね?」


遥が言ったその言葉に、俺は冷静に考えて出た言葉を呟く。

ゾンビといい、新醒者のうりょくしゃの暴走といい――世紀末かよこの都市は、何が希望の都市だよ。


「……あ、心配しないでくださいね!!先輩は無新醒者むのうりょくしゃですから、何かあったら私が守ってあげますよ!!」

「本当か?頼りにしてるぞマジで」


俺は割とガチなトーンでそう返事を返す。


――そう、遥が言った通り。

俺は何の新醒ちからも持たない人間――無新醒者むのうりょくしゃである。


悲しいかな、微弱過ぎて最早気づかないけど一応力を持っている――だとか本当にそんなんじゃなく、根っから何も無いのだ。


「あ!やっぱ冗談です!!ですからそこまで頼りにしないでください~!!」


何だコイツ、可愛いかよ。


――なんて談笑をしながら歩く事数十分。

俺達はようやく、校門まで辿り着いた。


他の生徒と同じように、流れるように昇降口へと行き、靴を履き替え廊下に――そして遥とは一旦の別れを告げ二年の教室へと向かいスライド式のドアを開け入っていく。


「よっ、睦月むつき


窓際の一番後ろにある自席に腰を下ろし、俺は隣席のうつ伏せで顔を腕にうずめている白髪のロングヘア―の少女に向かって話しかける。


「おはよ」


まるで何処かの有名な画家が描いた絵画の中から飛び出してきたのかと疑う程に綺麗な顔立ちと、青い瞳をチラリと覗かせながら、どこか気だるげなトーンでそう返事を返すこの少女は湊谷睦月みなやむつき


誰に対しても素っ気なく、無愛想で口を開かない。

しかし、その容姿からそんな態度でも一切反感を買う事は無く、逆に人気を高めてしまうという異例の事態へと昇華している。


そんな彼女だが、何故か俺とは話をしてくれる。

隣席だからだとか、俺に何か言い知れぬ魅力があるから――というわけでは悲しいが決して無く、何故か対話してくれるのだ。


「最近やけに眠そうだな。何だ?眠り姫って称号でも貰いたいのか?」

「しばくぞ」


……ふむ?違う?しかし、その容姿で眠り姫とは中々様にあっているような気はする。

いや待て、冷静に考えてみればわざわざそんな可愛らしい称号狙ってますとか声高々には言えないか。


――つまり、これは睦月なりの誤魔化しなのかもしれない。

しょうがない、今度また朝から眠そうだったら眠り姫と呼んであげよう。


「……え?何?なんでそんな私の事見ながら何か納得したような表情浮かべてんの?キモイよ?セクハラだよ?」

「なんでもかんでもハラスメントハラスメントってこれだからゆとりはよぉ!?」


全く、息苦しい世の中になったもんだぜ。


「……そういや、さっき遥と話してたんだが、また出たらしいな、ゾンビ


朝、遥と話していた話題をこの場に繰り出す。

睦月も、俺を経由して遥とは普通に交流がある為名前を出しても「誰だソイツ」なんて事にはならない。


「知ってる。ネットニュースで見た」

「おぉ、流石は情報通の睦月さんだな」

「この程度で情報通とか何?馬鹿にしてる?」

「褒めたのに!?」


心の底からの誉め言葉だったんだが、どうやらお気に召さなかったらしい。

何て事を思っていると、ゆっくりと睦月が口を開く。


ゾンビ化してる人間は、もう既に亡くなってる人の事例しか発見されていない。しかし、もし犯人の新醒エゴが生きた人間すらもゾンビ化する事が可能なのだとしたら――案外、この事件はまだまだ序の口かもしれんな」

「急になんだよその口調は、お前は刑事なのか?」


その俺のツッコミに、睦月は返事を返す事無く、次なる話題を繰り出す。


「アンタはどう思う?そのゾンビの件については」

「おぉさっきから急だなおい。にしてもどう思う……か。まぁ、睦月の言った通り生きた人間をゾンビ化出来る――なんて力だとしたら怖いな。俺無新醒者のうりょくしゃだし。成すすべもなく一瞬でゾンビになっちまうだろうな」


せめてゾンビ化する瞬間は痛みを感じないのなら百歩譲って――いやすまんどれだけ譲っても許容出来ねぇわ。


「まぁ安心しろ、睦月がもしゾンビに襲われかけていたら俺がカッコよく、それでいて軽やかに助けるからよ」


睦月は俺と違って新醒エゴを持っているが、それ以前に女の子だ。

友達として、男として――守れなければ男が廃るというものだろう。


「アンタ無新醒者のうりょくしゃでしょ。まぁ肉壁くらいにはなるか……」

「本当に友達だよな?俺達」


平然と数少ないであろう友達を肉壁運用しようとしてるとかサイコパスとかいうの超えてるんじゃないか?サイコパスより上があるのかは知らんけども。


なんて会話を続けながら、俺達はホームルームの時間が訪れるまで、いつも通りひたすらに駄弁り続けるのだった。

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