名もなき男性
桃井桜花
名もなき男性
これは私、雪村が当時十八歳の頃に体験した話。
当時私は生きていることに対し、嫌気を感じていた。誰にも必要とされず、ただ邪魔者扱いをされていた。そんな日々を送って疲れ果てた私は、この世界から消えようと人通りのない町の中を歩いていた。空を見上げると、雨粒が頬を伝った。私の今の感情を表しているかのようにとても冷たかった。私がこの世界から消えてしまえば、みんな幸せに暮らせるのだろうか? 生きている理由なんてないそう思いながら、車両が通っている道路に足を踏み入れようとした瞬間、ある男性に声をかけられた。
「お前はそれでいいのか?」と。
私は男性の問いに『いいの』と答えた。
「悲しむ者もいるのにか?」
またもや男性の問いに『いるわけがない』と答えると、突然ため息をつかれた。この世界から消え去りたい者、いや他人に対してため息をつくなどありえない! 常識がないと思った私は男性に『放っておいて』と言うと、男性は『それは無理なお願いだな』と返してきた。
「赤の他人なのに、なぜそこまで私のことを止めようとするのさ!意味が分からない!!」
私は男性に対しそう声を荒げると、男性はどこか悲しそうな声で『赤の他人か……』とつぶやいた。
「私は貴方のことを知らないし、どっか行ってよ!!」
男性にそう言った瞬間、私は男性の方に振り向き、顔を初めて見た。黒髪を肩まで伸ばし、女性にも見える。だが、声の低さで男性とわかる。その男性は今にも泣きそうな顔をし、私のことを見つめていた。それと男性の顔を見た瞬間、どこか懐かしさを感じ、そしてこの男性を知っているような気がした。男性は私の涙を手で拭い取り、こう言った。
「今はもう他人であろうが構わない。だが、自分の命だけは大切にしろ。前にも言っただろう?」
前にもどこかでこの男性と会っているのだと、知った瞬間涙が止まらなくなった。男性は私の頭をやさしく撫で、慰めてくれた。
「お前は生きていいんだ。幸せになってくれ」
男性がそう言った後、私の意識は途切れ、次に目を覚ましたのは自室のベッドの上だった。涙の跡は残っており、夢の中での話だったんだと気づかされた。でも、今でも鮮明にその出来事は覚えている。
だが、名前が思い出せない。いつかまた夢の中で会えたら今度は名前を聞きたいと思っている。それにあの最後の言葉の意味はどんな意味なのかも教えてもらわないといけない。そう思ったのであった。
───俺はいつもお前のそばにいる。だから安心しろ
名もなき男性 桃井桜花 @ouka0128
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