第13話「タコパの前に」
買い出しを終えて家に帰った僕達は仲良くたこ焼きパーティーの準備を進めていた。
生地をネリネリして、さあたこ焼き器に流し込もうというところで「それ」は起こった。
突然襲いかかってくる目眩、そして「ザザザザッ」というノイズのような音がどこかから聞こえた。
見ると、直前までそこに座っていたはずの天音の姿が消えていた。僕はそれで「エスの海」に移動したのだと認知した。
「ずいぶん落ち着いてるじゃない」
戦いに備えて水分を補給する僕の様子を見た月野さんがそう言った。
「もっと騒ぎ立てた方がよかった?」
「まさか」
「それにしても本当に急なんだね。せっかくのたこ焼き気分が台無しだよ」
「起こりやすい時間帯とかがあるにはあるんだけど、まあ急なものだと思っていた方が気が楽よ」
「なるほどね」
「とりあえず、10階に行きましょう。情報を集めないと」
言われるままオフィスフロアである10階に移動すると、昼間見た時よりも慌ただしく職員達が動いていた。
「やあ来てくれたか、待っていたよ」
八田さんが僕達を出迎える。「どうも」と返した僕に八田さんは、
「会議室に行って待っていてくれ」
とだけ言ってどこかへ行ってしまった。
少しそっけなくも思ったが、彼はここのボスだ。ただでさえ忙しい中わざわざ時間を割いて声をかけてくれたのだと思い直して言われた通り会議室に向かった。
「目立つことはしない方がいいわよ」
会議室につき、席に座った途端月野さんは僕にそう耳打ちした。意図が汲み取れず疑問符を頭に浮かべる僕に、月野さんはこう続けた。
「たぶん、八田さんは貴方達をデビューさせるんだと思うわ。あまり派手にやり過ぎると変なのに目をつけられるってこと」
「その言い方だと変なのがいるってことじゃないか」
「大きな声では言えないけどね。エリート意識の強い人がいるのよ」
「へー。例えばこの人とか?」
「え?」
僕達がコソコソと会話している間に近づいてきた男性を指す。
「お疲れ様です、月野さん」
「あら
「今来たところですよ。月野さんの姿が見えたので挨拶をしようと思いまして」
「豆なことね。いつになったら諦めてくれるのかしら?」
「諦めませんよ。いつかあなたに「うん」と言ってもらえるその日まで、俺はアピールし続けるつもりだ」
「そんな日はきません」
「俺はしつこいですからね」
見るからに辟易といった月野さんの様子から察するに、この今泉なる人物はすでに断られているのにもかかわらず月野さんに言い寄り続けているのだろう。さしずめ僕のライバルといったところだろうか。
「ところで、そちらのお二人は? 見ない顔ですが」
「新人、っていったところかしらね。たぶん八田さんから紹介があると思うわ」
「へえ、新人さんか。嬉しいね。俺は今泉、二人共よろしく」
そう言って今泉さんは爽やかな笑顔と共に握手を求めてきた。
僕はその手を素直に握って負けじと爽やかな笑顔を返したが、意外なことに真衣華は握手を拒否した。だけに留まらず、
「コントラクター以外の男性とは触れたくありません。あしからず」
おおよそ真衣華の口から出たとは思えない辛辣な言葉を今泉さんにぶつけた。
「おや、君コントラクターだったんだ?」
「そのようで」
「なら先輩からのアドバイスだ。生意気なエゴを躾けるのも優秀なコントラクターの素質の一つだよ。俺だから許すけど、そのエゴの反応は人によっては反感を抱かれる」
言うだけ言って今泉は立ち去っていった。
話していた時には気が付かなかったけど、その後ろにはとても小さな少女が付き従うように存在していた。
「なんだあいつ。めちゃくちゃ態度悪いやん」
「今泉
とは月野さんの言。なるほど。いわゆるエリートという人なのだろう。いけすかないけど。
「しかし真衣華に対する態度はいただけないな。まるで物に対する言い方だ」
「直感でわかったもの。あの男はろくでもないって」
「そうね。彼、エゴに対する考え方が歪んでるのかもしれないわ。たぶんイドを倒すための道具程度にしか思っていないんでしょ。その割には私に執着してるみたいだけど」
「やっぱり? けど実務部隊ってことはさっきの小さな子と契約してるんだろう?」
「ええ。いつでも契約破棄できるとでも思ってるんじゃないの?」
直前に似たような話を真衣華としていたからこそあり得ない考えだと断言できる。なんでそんなやつがエースなんだろう。とかく世はままならないね。
「それ以外の素行はいいから上司の覚えもいいのよねえ……」
「だから強く断れないと」
「そ。とはいっても、八田さんは彼の考えを見抜いてるみたいだけどね。けど、実力は本物だから相応の地位を与えてるって感じかしら」
本人のいないところで株が上がる八田さん。やっぱり筋肉は裏切らないね。
「ああいう手合に目をつけられたくなかったらほどほどに手を抜くことね」
「覚えておくよ」
切りよく会話が途切れたタイミングで、秘書らしき人を伴った八田さんが入室してきた。
「諸君、お待たせ。早速だが説明に入る。今回我々の管轄に出現したイドは10体。いずれもノーマルタイプだ。いつも通りチームでの討伐を……と言いたいところだが、その前に紹介しておきたい二人がいる」
言って、八田さんは僕と真衣華を見た。この感じ、立って自己紹介をしないといけなさそうだな。
「九条司です。この業界……という言い方で合ってるかわかりませんが、完全未経験なのでご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「黒鉄真衣華です。司さんと契約しています。よろしくお願いします」
本当はギャグの一つも言ってやりたいところだったが、せっかく月野さんが忠告してくれたので、当たり障りのない挨拶に留めておいた。だというのに、
「おいおい、二人とも重要なことを言っていないじゃないか。我々は背中を預け合う仲間だ。大事な情報はしっかり共有しておかないと」
なんてことだ。せっかく差し障りのない情報だけ言ったというのに、どうやら八田さんは許してくれないらしい。仕方がないので、再び立ち上がって、
「あー、真衣華はオリジナルエゴだそうで、僕はそのコントラクターです」
僕にあるまじきこの歯切れの悪さは、なんだか自分で自分のことをすごい存在なんだ、と言っているようでとても恥ずかしかったのだ。
「まあいいだろう。聞いての通り、黒鉄君はオリジナルエゴだ。従って、そのコントラクターである九条君はアルターエゴということになる」
八田さんがそう言った途端、それまでピリっという言葉が似合うほどに静けさが支配していた会議室がにわかに沸いた。
「驚くのも無理はないが、これは紛れもない事実だ。そこで僕から一つ提案がある。諸君も知っての通り、アルターエゴはイドに対して隔絶した力を持っているとされる。だがここにいる誰もその力を目にしたことはない。なので、今回のイドとの戦い、我々はサポートに徹して彼らに任せようと思うのだがどうかね?」
なんだか非常に雲行きが怪しくなってきたぞ。戦うのはいいけどデビュー戦から主役っていうのはちょっとばかり困る。誰か味方はいないものか……なんて思っていると、
「待ってください! 彼はまだ契約したばかりです、イドに対する知識も浅い。なのにそんなこと……危険です!」
月野さんが僕達の味方をしてくれた。
ひょっとするとこの人僕が思っている以上に心を開いてくれているんじゃなかろうか。じゃなきゃ上司に逆らってまで味方してくれないだろう。僕が人知れず感動していると、
「アルターエゴの力が本物なら通常イド程度、相手にならないはずです。サポートできる人員が揃っている今こそ、アルターエゴの力を測る良い機会だと考えます」
今泉が月野さんと正反対のことを言った。というか、たぶん八田さんも同じようなことを考えているみたいだ。今泉の言葉に頷いている。それからややあって、
「他に意見はないようだね? 月野君の言い分も理解した。言い出しっぺが責任を取る、というわけではないが、月野君には前線で九条君のサポートをしてもらう。それ以外の人員は後方で待機し、危険と判断したら前に出る。これでいく。各自、準備!」
準備と言われても何をすればいいのかさっぱりだ。慌ただしく動き出した職員さん達を見ながらテーブルに置かれていた緑茶で喉を潤していると、
「何のんびりしてるのよ!」
月野さんが僕の持つペットボトルを奪いながら言った。ちなみに真衣華も僕と同じくお茶を飲んでいたのに彼女には口だけの注意だった。理不尽だぜ。
「そうは言ってもね、僕は入社して数時間だぜ。そんな新人には少しヘビー過ぎる展開だ。せいぜい僕にできるのは慌てて騒ぐくらいのものさ」
「その割には慌ててないみたいだけど?」
「僕は態度に出にくいんだ」
「ああはいはい。とりあえず戦闘準備の説明をするから私についてきて」
「どうやらその前に八田さんから話があるみたいだよ」
視界の端で、僕らに向かって手招きをしている八田さんの姿があった。
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