第37話 約束

「……謝んなよ。たかが数年だろ。俺はウミガメよりも長く生きるつもりだから問題ないし。ていうか、サラッと曲の話をするなよ」


『じゃあ今から半日掛けてがっつり感想を述べてもいいかな』


「恥ずかしさに耐えられなくなるから止めろ」


『公式チャンネルから通知が来た時、本当言うとちょっと開くのが怖かったんだ。ようくんがどんな歌を書いたのか今すぐ聴きたいと思ったけど、もう会えないかもしれないことを改めて突き付けられるような気がしてさ』


「聴いてみて、どう思った」


『最初に聴いた時は『失恋の歌じゃないじゃん!』『じゃあ、あのコンビニ前でのサヨナラは何だったんだよ』て動画にツッコんだ』


「あー、そうだよなぁ。そうなるよなぁ」


『でも、それから何回も繰り返し聴いたよ。聴く度に葉くんとの色んなことを思い出した。たった2ヶ月のことなのに、僕の中で凄く大切な2カ月だったんだなって思ったらさ』


「うん」


『やっぱり僕は葉くんのことが好きなんだって改めて気付かされたし、手放していい気持ちじゃないんだって思った』


「うん」


『あの曲が、葉くんの本当の気持ちって思っていいんだよね』


「いいよ」


『……了解。葉くん、最高の歌をありがとう』


「どういたしまして」


『あ、でも一個だけ不満がある』


「え、何だよ」


『何で葉くん、歌ってくんなかったの? ギターのメロディしかなかったじゃん』


「まぁ、あくまであれはデモだから。出来た曲を早くあまねに聴いて貰いたかったし歌詞も読んで欲しかったから、無理言ってああいう形で公開させてもらったんだよ。実際に映画に使う用のものは海津かいづがいい感じにアレンジしてるし、コラボ相手が綺麗な声で歌ってくれることになってる」


『ちょっと期待してたんだけどな』


「俺の歌うバージョンは、お前と会った時に直接歌ってやるよ」


『え、それ本当? 絶対だよ! やば、一気にテンション上がっちゃった』


「それまでお互い頑張ろうな」


『電話とかはしてもいいって』


「そりゃ良かった」


『……』


「……あまね? おーい」


『今、めちゃくちゃ葉くんに会いたいのに、会えないのが急に悲しくなってきた』


「え」


『だってさ、もう何も隠さなくていいし、お互いに好きって分かってるのにさ、離れてたら直接顔も見られないし、手も繋げないんだよ』


「……そうだな」


『葉くんに触りたいよ』


「……泣いてるのか」


『そうだよ、泣いてるよ』


「……ん? お前どこから掛けてるんだ」


『外』


「いや、それは分かってるんだけど、今うちの前を救急車が通ってったんだけどさ、そのサイレンの音が外と携帯の両方から聞こえるんだが」


『気のせいだよ』


「気のせいじゃない。ほら、今もまだ聞こえてる。お前、絶対うちの近くにいるだろ。どこだ、どこから掛けてる」


『言わない』


「言えよ。今すぐ行くから」


『ダメだよ、出て来ないで』


「お前まさか……うちの家のドアの前にいるんじゃないだろうな」


『いないよ』


「いや、間違いなくいるだろ。おい、ドアを押さえるな、開けらんないだろうが」


『今、葉くんの顔見たら父さんたちとの約束を破ることになるから絶対イヤだ』


「約束なんて、破るもんだ、ろ」


『力、強っ! 葉くんの正しさ、どこ行ったんだよ』


「そんなもん、お前の前じゃもうどうでもいいわ。顔見るぐらいいいだろ」


『とにかく会うのはダメったらダメ』


「何でだよ」


『こんなテンションで会ったら、顔見るだけじゃ絶対終われないもん。葉くんにベタベタ触りたいし、ゼロ距離でずっと一緒にいたくなる』


「俺は高校生には手を出さないってずっと言ってるだろ」


『葉くんは出さなくても僕が出しちゃうの。理性が働いてる内に言うこと聞いてよ、大人なんだから』


「……何なんだよ、お前。こんな時だけ都合良くヒトのことを大人とか言いやがって」


『ご理解いただけたなら幸いです』


「お前はズルい奴だな」


『それを言うなら葉くんもでしょ』


「電話とかメールとか、それだけでいいのか」


『いいか悪いかで言ったら圧倒的に良くはないけど、大学出るまでって期限が見えてるから耐える』


「じゃあさ、俺からひとつ提案していいか」


『何』


「会えない間、お前が寂しくならないように歌を書くから、聴いて欲しい」


『え』


「あの一曲だけじゃ落とし込めなかったことがまだいっぱいあるんだ。だから」


『でも、圭くん、あの曲を最後にするって言ってなかったっけ』


「あー、それな。何か久しぶりに俺と組んだのが楽しかったらしくて、俺ともっと色々やりたいとか言い出してナシになった」


『マジで! じゃあYKはまだ続くの?』


「そういうことになる」


『えー……! 嬉しい、めちゃくちゃ嬉しい……! ありがとう、本当にありがとう。僕の中のスペシャルサンクスの項目に圭くんの名前を刻むよ』


「お前と海津、そういうとこのノリが一緒だな」


『葉くんが大好きなところもね』


「海津に大好きとか思われてるの、何か嫌だ」


『ははは』


「まぁそんな訳で、これから俺が作る歌は全部お前に向けて作ってると思って欲しい」


『うわーうわー。いいのかな、そんな贅沢』


「俺は俺にしか出来ないことをやるから、お前はお前にしか出来ないことをやれよ」


『わかった』


「それで、お前が大学を卒業したら、もう一度あの水族館に行こう。その頃にはとっくにリニューアルオープンしていて様子も変わってるだろうけど、水槽の前でやったあの告白からやり直したいんだ」


『ウミガメ、まだいてくれるかな』


「姉ちゃんが高校生の頃からの名物だからな。きっといるよ」


『そうだよね。じゃあ僕、そろそろ行くよ』


「ん」


『またね、葉くん』


「またな」


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