第16話 雷×ゲリラ豪雨
今年の盆休みは最大9連休だと朝のニュースが告げていたのは、いつだったのか。
2年も仕事をしていないダメな大人と学校へ通おうとしない高校生にとっては、盆休みも普段の日々も何も変わらない。
買い物に行く。
食事を作っては食べる。
タブレットを開いているそばで、本を読む。
広いとは言えない俺の部屋には、そこかしこに
朝の10時にやって来た周はいつもと変わらない態度で、いつもと同じように過ごしていたはずだ。昼ご飯には三つ葉をたっぷり載せた親子丼を「苦い」と文句を言いながらも笑って食べ、午後からは足がペタペタすると雑巾を手に床磨きをしていた。
様子がおかしくなったのは、使い終わった雑巾を絞ろうとした時だ。晴天だった空が俄かに曇り、ピシッと鋭い稲妻が走ったかと思うと、その3秒後に空気を裂くように低く雷の音が轟いた。
「うわ、凄いな」
付近一帯の空を覆う濃い灰色の雲が、突然の大雨をもたらしている。ベランダの手すりがあっという間にびしょ濡れになるような、エグい降り方だ。すぐに止むだろうと思い視線を室内に戻すと、周は雑巾を手にしたまま固まっていた。
「なんだなんだ、雷苦手なのか」
からかってやるつもりで顔を覗き込むと、周は下唇をぎりりと噛んでいる。その様子は、何かが口から飛び出てくるのを懸命に押さえ込んでいるように見えた。びしょ濡れの雑巾から落ちた水が、床を濡らしている。
「どうした。おい、大丈夫か」
雨。
そうだ、雨の時は必ず周はうちに来ていた。
だが、こんな風に何かを怖がっているような状態になど、一度もなったことがない。原因について考えを巡らせていたら再び外が光り、続いて唸るように雷が鳴った。窓を閉めているというのに叩きつけるような強く激しい雨音が聞こえ、周がびくりと身を竦めた。
「……雷とゲリラ豪雨のコンボがダメなのか」
そう呟いた俺の腕を、縋るようにして周の手が掴んだ。血が通っていないかのように顔色が真っ白になっている。息が荒い。
過呼吸だ。
俺は周の背中をゆっくりとさすりながら声を掛けた。
「大丈夫だ、ちゃんと息は吸えてるからゆっくり吐け。吐くことを意識するんだ。そう、吸って、吐いて、吐いて」
吸うことではなく、吐くことに気持ちを向けさせる。
全身で苦しさを訴える周に対して何度も大丈夫と繰り返しながら、身体を撫でた。
「そう、前かがみになって……うん、上手いぞ。怖くないから、お腹から息しろ。で、吐け」
出来るだけ穏やかに、呼吸を誘導してやる。
何分ぐらい経ったのだろう。
まだ止んではいないものの、強かった雨音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
少しずつ呼吸が落ち着いてきたところで、全身の様子を伺う。意識はあるが体力を奪われたようで、ぐったりしている。幼い子どもをあやすように背中にとんとんと手を当てていたら、言いたいことがあるのか周がこちらを見た。
「ぞ」
「ん?」
「ぞ、うきん」
「そんなもん気にしなくていい。こっちで片付けとくから、お前ちょっと横になっとけ」
肩を貸してやりながらベッドまで連れて行く。
柔らかな前髪が額にべったりと貼り付いている。ひどい汗だ。水分を取りに行こうと腰を浮かせかけたら、シャツの裾を掴まれた。
「行かないで」
ベッドの上で胎児のように丸まった周から、ひどい怯えの気配が濃く漂っている。目を強く閉じているからか、眉間に皺が寄っていた。
俺はベッドに腰掛け、上から被せるように裾を掴んでいる手を握ってやった。
「ここにいるよ」
背中にとんとんと手を当てるように、今度は人差し指で手の甲に優しくリズムを刻む。心音に近い速さで、少しでも周が安心できるように。
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