第14話 太陽と氷菓
気温が高すぎてセミすら鳴かない、8月上旬。
俺と
「
「何が」
お互い余計なエネルギーを使いたくないと言わんばかりに、前を向いたまま話をしている。
「太陽の南中時刻って12時なんだけどさ。てっぺんに昇って来た太陽に地面がじりじり焼かれて一番熱くなるのが13時で、その地面の熱が空気に伝わることで気温が一番高くなるのが14時なんだって」
「へー。お前、学校行ってない割に物知りだな」
まだ歩き始めて3分しか経っていないのに、もう既にエアコンの効いた場所へ帰りたくて仕方ない。暑さは人を苛立たせるのか、今の言い方は少し皮肉のように響いたが周は気にせず話を続ける。
「ではここで問題です。なぜ僕たちはそのクッソ暑い14時過ぎにわざわざコンビニへ向かっているのでしょうか」
「俺がストックしてたアイスをお前が全部食ったからだろうが」
「1番、アイスを買うため」
「まさかの選択問題」
既に答えが出ているにも関わらず、選択肢は続く。
「2番、引きこもり生活で弱っている筋肉を動かすため」
「そういう面もなきにしもあらずだけど、大正解ではないな」
「3番、部屋の中にいるとうっかり僕に手を出しそうになるため」
「はい、違いますー」
「さぁ、どれ?」
「だから1番だって」
「正解は3番でした」
「お前、俺を何だと思ってるんだ」
「可愛い甥っ子の頭を素手でこれでもかとわっしゃわっしゃと撫で回すのが大好きな脳内リハビリ中の32歳男性」
「文節で切れば切るほどダメージがデカくなりそうな一文だな」
などと話していたら、あっという間にコンビニに着いた。
自動扉の向こう側は氷河期の世界かと思っていたが、昨今の環境事情からか思っていたよりも控えめな冷たさで肩透かしを食らった気分だ。もっと冷たくしとけよ。せめて出入口付近だけでもジェット噴射でマイナス5度の冷気を噴きつけるとかやってくれ。
まぁでも陽射しが直接当たらないだけマシかと自分を納得させながら、俺たちは一直線にアイスが並ぶ冷凍ケースへと進む。
「どれにしようかな」
「俺はやっぱソーダアイス一択だな」
「じゃあ僕はソフトクリームにしよ」
「あ、お前それ1個300円ぐらいすんだぞ。俺のソーダアイスの倍の値段じゃねぇか」
「300円台のアイスなんて、高校生のお小遣いじゃ買うの躊躇しちゃうからさぁ」
「学校行ってない癖に、こんな時だけ高校生とか主張しやがって」
こんな年齢で贅沢を覚えさせていいのかと思いつつ、レジで精算を済ませる。
「ほれ、大事に食えよ」
「ありがと。大好き、葉くん」
「300円で大好きなら、3000円じゃどうなることやら」
「『大好き』て10回言うよ」
「平和なリターンで安心したわ」
可愛いことを言うなぁ。
……て。
可愛いって何だよ。
周との恋愛ごっこが始まって一ヶ月が過ぎ、期間限定の関係も折り返しを迎えている。学校が夏休みに入り不登校状態であることへの遠慮が薄れたからか、周はこれまでよりも長い時間をウチで過ごすようになっていた。
共有する時間が増えるほど、これまで見たことのなかった表情や表に出してこなかった考え方に触れる機会もお互い増えている。
物理的な距離の近さは精神的な距離の近さに比例するのだなと改めて思う。
たった1カ月、距離を詰めているだけなのに、周に対する見え方に変化が生じている俺が言うのだから間違いない。
とはいえ、俺が今感じている『可愛い』という感情は、おそらく叔父が甥に抱くものに違いないのだが。
「葉くん」
周が俺の服の裾を引っ張る。
「どうした」
「そこの角曲がったとこに公園あったよね。もうそこでアイス食べちゃわない?」
「何で」
「帰るまでに溶けそうなんだもん」
騒がしい子どもの声を間近で聞くよりも冷えた室内で落ち着いて食べたかったが、溶けたものを再び冷凍するのもイヤだった。
「ちびっ子がいっぱいいたら家で食うぞ」
「了解」
8月上旬の夏休みの公園など子どもだらけに違いないと思っていたら、ビビるぐらいに人がいなかった。この暑さでは熱中症を警戒して、外遊びを禁じる家庭も多いのだろう。子どもの姿は見えなかった。
「ブランコ空いてる」
大きなクスノキが影を作っているため、木陰はほんの少しだけ暑さがマシだ。周は高い背丈をぎゅっと縮めるように腰を掛け、パッケージから中身を取り出した。
「ヤバ、ちょっと溶けかけてる」
ソフトクリームは暑さのせいで凍っていた角がやや丸くなっていた。
公園に来ることなど今後の俺の人生ではもうないなと前を通る度に思っていたが、アイスを食べるためだけに立ち寄る日が来るとは。
一口齧ったソーダアイスは、人工的な淡いグリーンの見た目も相まって舌がピリピリするような安い味がした。
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