第3話 26歳と13歳

 俺があまねと初めて顔を合わせたのは、俺が26歳、周が13歳の時だ。


 結婚式の代わりに身内だけの簡単な食事会をするというので招かれたが、気軽さを装ったところでどうしたって空気は非日常になる。更に言えば、俺は失恋の歌しか書けないので、こういった祝いの場に披露できるような曲を持ち合わせていない。


 平たく言えば、居心地が悪かった。


 自分の親族にも相手方にも気を遣われるのが面倒で、こっそり席を外して外の空気を吸っていたら背後から服の裾を引っ張られた。


「おじさん、あっちで皆と騒いだりしないんだね」


 やや落とした目線の先にいたのは、グレンチェックのスーツにネクタイを締めた細身の子ども。


はなちゃんの側の人だよね」

「……そう。花ちゃんの側の人。そして俺はおじさんではないよ」


 変声期前の少し高めの声とスーツのかっちりとした雰囲気がちぐはぐな印象だったが、よく見れば整った顔付きをしている。「高校生ぐらいになったら勝手に女子が寄ってくるだろうな」と俺は頭の片隅で思った。


「俺は花ちゃんの弟です。君は……」

「さっき父さんが紹介してくれたのに、聞いてなかったんだ」


 何やらショックを受けている。興味の薄いことは記憶からすぐ抜け落ちる仕様なのだから許して欲しい。


「周だよ。花ちゃんの結婚相手の子ども」

「じゃあ君は俺の甥っ子になるのか」

「甥っ子?」

「自分の兄弟姉妹の息子のこと。わかる?」

「なんとなく」

「それは良かった。じゃあこれで」


 相手をするのが面倒臭くて戻ろうとしたら、また引っ張られた。


「ねぇ。おじさん、『YK』なんでしょ」

「違います。俺はおじさんでも『YK』でもないよ」

「しれっと嘘吐くなよ。知ってるんだから」


 姉ちゃんめ。話題作りのために俺のことをバラしやがったな。


「僕、『YK』の歌好きなんだ」

「え」

「チャンネル登録もしてる」

「君、何歳」

「13歳」

「ちなみにどの曲が好きなの」

「『さよなら体温』とか『眼鏡と指先』とか。あ、『ぬるい唇』もめちゃくちゃ聴いてるよ」


 その3曲は俺の中で割と濃い目の歌詞なんだが。

 最近の13歳は何というか、色々理解が早いな。ネット社会の影響か。


「ちなみに、どういうところを気に入ってくれてるのかな」

「幸せじゃないところ」


 軽いアンケートのつもりで聞いたのに、なんとも重たい回答を得てしまった。

 今の子どもってこんな感じなのか?


「悲しい恋の歌ばっかりだから、幸せじゃないと言えば確かにそうかもね。でも君、学校でモテそうだし、俺たちの曲の反対側にいるタイプだけどな」

「モテるとかモテないとかはよくわかんないけど、多分僕が好きになる人は僕のことを好きにはならないと思うから」

「なるほど」


 めでたい席に呼ばれたのに、どうして俺は子どもとこんな話をしてるんだろう。

 これ以上聞いて懐かれるのは、少し煩わしい。


「今どきの13歳は色々大変なんだな。まぁ、この先いいこともあるだろうから諦めずに頑張んな」


 適当に元気づけるつもりで頭をわしゃわしゃしてやると、顔を赤くして「子ども扱いするなよ」と怒られた。


「そろそろ戻るか、甥っ子くん」

「周」

「ん?」

「周だよ。これから親族ってやつになるんだろ。覚えててよ」

「おー」


 姉の旦那の連れ子なんて今後そう会うこともないだろう。

 すぐ忘れそうだなと思いつつ、返事をする。


「おじ……おにいさんの名前は?」

「葉っぱの葉で”よう”。山根葉やまねようだよ」

はななんだ」

「そ。元気で明るい姉ちゃんが”はな”で、別れの曲しか書けない暗い俺が””。地味だろ」

「何言ってんだ」


 周は真面目な顔で言う。


「葉っぱはすごく大事なんだぞ。光合成して養分作ったり酸素発生させたりとか大事な役目があるんだからな。地味な訳あるか」


 周にすれば理科で習った知識を披露したに過ぎない。が、この言葉は俺の中に妙に刺さった。


「フォローの出来る13歳か。将来が楽しみだわ」

「何の話だよ」

「おにいさんは君の成長を温かく見守ってるよ」


 周は「意味がわからない」という顔で俺を睨む。

 不貞腐れたような表情は年相応な感じがして、俺は少し面白かった。

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