異世界帰りの無双びと

@fox9378

第1話

「み、道尾様、一番の受付にお越しください」


 ソファから立ち上がると古くなったリュックサックを背負い、女が受付をしているカウンターの前に立った。


「保険証はありますか?」

「お金払わないといけませんか?」

「え、それは」


 女は俺の顔をまじまじと見た後に、隣の受付員に目を合わせた。


「だって、幽霊が見えるのは本当だし、精神的に何も参っているわけでもないのに、薬も処方され、おかしくないですか?」


 ここは東京都内にある総合病院の一階だった。エントランスには多くの人がソファに座って順番を待っている。俺が受診したのは精神科になり、幽霊の存在を打ち明けても、医者はまるで聞く耳を持たなかった。


「お時間を頂いてもよろしいでしょうか」


 女はそう言って電話をかけ始めた。主治医に電話でもしているのだろうか。俺はソファに腰かけて受付に呼ばれるのを待っていた。しばらくして白衣を着た男が一人、看護師と思われる二人の男を連れてやってきた。


「もう一度、診察室に宜しいでしょうか?」


 俺は白衣の男についていき、診察室に通された。白衣の医者は椅子に腰かけ、軽い口調で話しかけてきた。


「道尾さんには入院をしてもらいます」

「は?」


 俺が言うと、すぐに両脇を抱えられた。振り向くと、さきほどの看護師の二人が俺の腕をつかみ、身動きが取れないようにしているのだ。


「どうしてですか?」

「幽霊なんてこの世にいないんですよ。困った話ですがね。拘束しちゃうから。大人しくしてもらうよ」


 看護師が力を込めて隣のベッドに無理矢理に倒し込もうとしたときだった。地震が起きたのだ。強い揺れのせいで、俺は自由になった。すぐに扉を開き、診察室の外に出ると、待合室ではソファにしがみついている患者がたくさんいた。それほど大きな揺れだった。俺はそばにある手すりにしがみつき、なんとかこの病院から出ようと足を進めていた。ふと手すりが無くなっていて、俺は支えるものがなくなり床に倒れ込んだ。つるつるとした床に頭を打ち付けたと思ったら、目の前に大きな黒い穴が空いているのだ。

 地震の影響かわからないが、俺はそのまま穴の中へと落ちていった。

 

 これが俺が異世界に転移した経緯だった。幽霊が見えるのは本当の話で、俺はその体質のおかげで異世界で重宝され、その世界の英雄が率いる中に加わり、魔王の手先をはじめとして、魔王の幹部、そして魔王まで倒すことになった。


 華々しい話に聞こえるかもしれないが、苦労は絶えなかったし、十八歳の青春を血生臭い生活に費やすことになったのは不幸だと思ってほしい。そして俺は元の世界に戻ることになった。


 大魔導士の魔法によって、異世界から元の世界に転移させてもらったが、戻ってきたところは見覚えのある、病院の待合室だった。違うところと言えば、人が全然おらず、がらがらの待合室だった。受付にも女はいなくかった。ところどころに人が立っているが、スマートフォンを持っているわけでもなく、虚空を見つめているだけだった。俺は入口まで向かうと、扉は固く閉ざされていた。電気が通っていないのか、自動扉は開かない。壊すこともできたが、俺は別の出口を探すことにした。

 廊下を歩いていると、幽霊とすれ違うこともあったが、元々見える体質だったので慣れたものだった。廊下の曲がり角から声が聞こえてきて、俺は立ち止まった。


「優ちゃん、本当に化物は出るのかな?」

「出るってゆうかさ、倒したら三百万円の上玉だよ。出なきゃ困るっつうの」


 その声はこちらのほうに近づいてくるので、俺はあとずさりをした。以前と様子が違い、この病院は廃墟になっているような気がした。幽霊もよく見えるし、肝試しをしたい若者達だろうか。ちなみに、俺は五年の歳月を異世界で生活していたので、二十三歳になる。同じ時代に戻ってきているはずなのだが、まだ断定はできない。


 陰から若者達が姿を現すのを待っていると、迷彩服を着た二人組が現れた。男の声と思われたのだが、二人組の女だった。手にはエアガンを持っていて、ライフル式だった。腰にはゴツゴツとした玉を付けているが、まさか手りゅう弾ではあるまい。まだ若くみえるのだが、童顔でも顔つきは険しかった。何よりも二人の足音が本当に小さかったのだ。


 それでも歴戦の勇者ほどの力は感じなかった。俺は二人の前に両手を挙げて現れてみた。


「止まれ」


 一人の女がライフル銃を構え、銃口を向けてきたのだ。


「だめだよ。この人、生きてるよ」


 童顔で、背の低いほうが言う。彼女はふっくらとした顔をしていて、髪をポニーテールにしていた。髪色は黒髪で、大人しそうな印象を受ける。


「一応人間です。ちょっと道に迷ってしまって」


 それでも、もう片方の優と呼ばれた女は銃口をこちらに向けたままだった。


「それ、本物の銃?」

「とぼけるな、おまえさんも同業者だろ?」

「同業者」


 俺が言うと、優という女はポニーテールの女の顔を見た。


「嘘を吐いているようには見えないが、ここが何処だか知っているのか?」


 優という女が言う。


「都立○○病院だろ? 今は閉鎖されて跡地ぽいが」


 俺は病院の名前を言う。


「跡地ぽいではなく、廃病院だ。そしてこの病院には化物がいて、そんな軽装で死にに来たのか?」


 優という女は警戒心を崩さずに何かを探るように質問してきた。彼女は鋭い目つきを崩さなかった。隣にいるポニーテールの女は二歩下がり、優という女の後ろに回った。警戒されているのは間違いなかった。


「出口を探しているんだ」

「何者だ!?」


 優という女は引き金に指をかけ、銃弾を発射した。壁に穴が空く。俺はそちらのほうを見るが、本物の銃ということに驚いた。猟銃のように民間人でも銃を扱えるのか。それも、ライフルのような銃。

 

「ちょっと待ってくれ、俺は本当に出口を探しているだけなんだ」

「じゃあ、聞こう。どこから入ってきたんだ?」


 この総合病院に入ってきたときは、入口からだったが、今さっきは魔法による門と言えばいいだろうか。でも、この女の言うこともわからなくはない。二人が先ほど言っていた化物と自己紹介しているようなものだった。


「なんて言えばいいんだろうか」

「何も言わなくていい。消えろ」


 女はそう言ってライフルの引き金を引いたのだ。俺は咄嗟に魔法を唱えた。


「エナジーウォール」


 目の前に魔法の壁を作り、銃弾を防ぐ。銃の弾が床にばらばらと落ち、二人は目を見張った。


「こいつだよ」


 ポニーテールの女が言う。


「ああ、やってやる」


 優という女が言うと、彼女はゴーグルらしきものを被った。俺は後ずさりをして物陰に隠れると、コロコロと何かが転がってきた。手りゅう弾らしきものが地面にあり、二人の殺意に驚いた。


「ウィンド」


 風の魔法を使い、勢いよく反対側の通路に逃げる。爆発が起き、砂煙が発生した。女二人を殺すことはできないので、俺は廃病院の中を逃げることにした。

 砂煙と反対方向に魔法を使いながら移動していると、病院のエントランスにやってきた。入口があったところだ。さっさと入り口を破壊して逃げようと思う。さきほどの風魔法を攻撃版にすれば、簡単に扉を破壊できるだろう。魔法を唱えようとしたそのとき、女の悲鳴が聞こえてきたのだった。

 俺は後ろを振り向く、聞き覚えのある声だった。さきほどの女の一人が発したのだろうか。銃が暴発して怪我でもしたのか。魔法があれば治すこともできるが、俺を殺そうとしたのは確か。


 俺は無視して、魔法を唱えて入口を破壊しようとした。


「助けて」


 振り向くと、ポニーテールの女が姿を見せた。息を切らせていて、全速力で逃げてきたように思えた。


「もう一人が戦っているんですが、お願いします。助けてください」


 ポニーテールの女は涙ながらに訴える。迷彩服はぼろぼろになり、下着が露になっていた。俺は下心なんてない、と思いながらも、女のほうに近寄った。


「助けたら、何かあるか?」

「何でもしますから。お願いします」


 ポニーテールの女は病院の通路のほうを指差した。そっちは手りゅう弾が爆破したほうの道だった。


「何か企んでない? 罠じゃねえよな?」

「お願いします」

「まあいいけど、なんでもしてくれるんだよな?」


 俺はそう言って通路のほうに足を進めた。

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