第31話 恋愛と、自意識過剰2
ずっと信じていた。自分自身に裏切られるまで。
自分はまず、自分自身を好きになることで、初めて誰かを本当の意味で愛せるのだと信じていた。
本当はそう信じたかったのだ。
いやでも、醜く言い訳をさせてもらうのなら、恋に落ちるというのは予測不可能で、論理的にまったく説明ができず、それでいて思い返せば予測はそれなりに当たっていて論理的に言い表せる。
自意識過剰は恋をしている。
最初はお得意の自己愛の暴走だと思っていた。
近年インターネットで評される陰キャさながら、自意識過剰は自分を好いてくれる人が大好きである。ゆえに、相手のささいな言動に好意の片鱗を見出し、勝手に推測を立てるなどという世にも恐ろしい妄想をくわだてていた。自意識過剰極まれりである。
時が過ぎ、やや冷静になって自分は思った。
これは恋愛感情ではなく、ただ単に相手が底なしに優しいだけで、おまけに自意識過剰の対人関係の乏しさから言動に過剰反応しているだけだと。
ところがどっこい、どうあがいても否定材料が見当たらないのである。自意識過剰は没頭できるか否かに厳しい。強すぎる客観視を有しながら、同時に強すぎる主観も有するゆえに、没頭できる趣味の少なさに苦しめられてきた人生だ。
相手と一緒に過ごすと、時間があっという間に過ぎる。あの常に稼働している体内時計の、時間経過を一切感じることがないのだ。今年一の衝撃。初対面のときから「ちょっと苦手だな」と思っていたことが、驚きに拍車をかけている。趣味こそ似ているものの、性格も価値観も真逆、それなのに同じところはピタリと重なり合う。
同じ時間を過ごすたびに、話すたびに、自分のなかの疑念が確信に変わっていく。おかしい。
どちらかといえば理想のタイプではなく、ましてや恋愛対象にもならないと思っていた相手を好きになるなど言語道断。ロボットならば、とんでもないレベルのエラーである。
自意識過剰は自意識が過剰なのではないのか?
もはや自意識そっちのけで相手を考えている。
単なる偶然に理由を見出し、ついに好きなのだと認めざるを得ない現実に直面したとき、思わず顔をおおって深くため息をついた。涙も出た。
今までの恋愛感情とは明らかに異なる、楽しさと嬉しさと喜びと不安と期待と寂しさと怖さがごちゃ混ぜになった、ひとかたまりのなにか。
その感覚に振り回されながらも、相手の言動ひとつひとつに愛しさを覚える。不思議な感情。
相手のために頑張らなきゃではなく、変わらなきゃでも偽らなきゃでも繕わなきゃでもなく、ただ単純に相手と過ごす時間がこの上なく楽しい。
そして時間の流れは驚くほど緩やかで、人の顔を覚えることが苦手な自意識過剰が、あの自意識過剰が人混みのなかでもすぐ見つけられてしまう。
破顔したときの表情とか、犬っぽい素直なリアクションとか、すこしドジな一面とか。ずっと見ていたくなる謎のブラックホール。
どうしようもないんだ。
根拠のない自信が、確信がずっと欲しかった。
どうやったら手に入るのかわからなくて、喉から手が出るほど欲しがってるくせに、手当り次第ぶち当たる勇気はない。それが自意識過剰だった。
けれど今、星に手を伸ばそうとしている。
届くはずがないのに、それでも手を伸ばしてしまうのは星の輝きのせいか、それとも自意識過剰の自己愛が暗くうごめいているからか。
自意識過剰の気持ちなどいざ知らず、星は今日もただ、そこで輝いている。
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