第19話 恐れと、自意識過剰

私は未熟な自己愛の暴走を恐れている。


子どもの頃、自分は周りの大人たちから「お前は○○橋で拾った子なんだよ」と言われていた。今思い返してもよくわからない冗談なのだが、その時には「へー」と他人事のように感じていた。

「誰のおかげで生きてると思ってるの」と理不尽な罵倒に襲われても、「お前がちゃんとしないからだ」と責められても、自分の心は動かなかった。真実はそうではないと、あくまで権力を振りかざすために放たれた言葉なのだと理解していた。物分りがよかったのだ。


けれど実際、傷つかないはずはなくて。

大人になってからようやく、自分にかけられた言葉の数々が胸の奥深くに埋まっていると気づく。

まるで銃弾が体内に残っているかのように。

撃たれた数は膨大で、自分は「物分りがいい」のではなく「ただ我慢していた」のだと思い至るまでに数年を要した。


そして最悪な事実に直面した。


これまでに放たれた銃弾のような言葉を、私も誰かに向けて放つことができるのだと。

相手をひどく傷つける銃。

その使い方を私は知っていた。これまで嫌というほど、見てきたから。より殺傷力の高い弾も、より持続する弾も、すべてを粉々にしてしまう弾も何もかも知っていた。その銃の手触りはむしろ、私を落ち着かせ「いざというときは」なんて保険にも感じられた。


時には感情のままに撃ってしまった。

結果、残ったのはひとりぼっちの閉じた世界で。

自分の行いにようやく気づいたとき、何度もその銃を自分に向けて撃った、けど何も起こらない。

そうして世界を投げ出して漂っていたとき、ありがたいことに素敵な人々と出会う機会があった。


普通の世界はおかしかった。

誰も理不尽に怒らないし、急に不機嫌にならない。話を遮られたり、勝手に動かされたりもしない。この世界では、戦う必要も銃を撃つ必要もないらしい。皆は銃どころか、おいしいものを食べたり歌を歌ったりして楽しんでいる。ひとり険しい顔をして殺されまいと銃を構えているのは、私だけだった。


自分は銃を投げ捨てた。……はずなのに、気づけば手元に帰ってきている。それが後ろめたくて、皆には気づかれたくなくて、私はそっと銃を心の奥底に沈めた。銃がなくても生きていける世界を知った以上、こんな武器に頼る必要なんてない。


自意識過剰は、心に隠した銃を誰かに勘づかれないための防御装置でもあるのだろう。

今後、もう何があろうとも銃は手に取るまいと決めている。これまで撃ってしまった事実、誰かを傷つけてしまった過去を消すことはできない。当時の自分には撃つしかなかったとはいえ、誰かを傷つけていい理由にはならない。許してくれ、なんて自分が楽になるための言葉は吐かない。


銃なんてない自分がよかった。

何をしても銃は消えない、誰かを傷つけた記憶も傷つけられた記憶も消えない、それが苦しくて虚しくて悲しくなる。決して撃たないと決めていても心の奥底に存在する以上、未熟な自己愛の暴走によって私は引き金を引いてしまうだろう。


それが怖くて、常に恐れている。

人も世界も、誰も彼も。

自意識過剰で覆い隠して。

中二病の設定であればよかったんだけどなぁ。


ひとり、銃を沈めて世界を彷徨い歩く。

居場所も行先もなく、帰る家もない世界を。

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