第6話 ルヴァンの過去




 街へ出かける用事があったのでルヴァンは街の大通りに出て目的のお店へと歩いていた。

道中、靴磨きをしている男の子を見かけた。

仕事を懸命にこなす子供の姿に、ふと幼き頃の自身を重ねる。




∞∞∞∞∞




幼少の頃のルヴァンは靴磨きをしたりして何とかその日の生活費を稼いでいたが、生活はままならない状態でその日その日を暮らすのがやっとであった。

そんなとある日、雨上がりの午後、ルヴァンはいつものように靴磨きの仕事に街の大通りへと出向いた。



いつもの決まった場所で仕事道具を並べていると、どこぞの金持ちだろうか、

身なりはそこそこの装いの男性がドンッと靴磨きの台の上に足を置いた。



「さっさと磨け、このドブネズミが」



と吐き捨てるように悪態を吐く一人の男性客に、ルヴァンは仕事用の道具を手にして男性の靴磨きを始めようとする、といきなり男性客がルヴァンの顎を蹴飛ばすとドゴッと鈍い音がした。



「おい、何やってんだ。その汚い道具を使ったら靴が余計に汚れちまうだろうが?」



見下した態度をする男性客に何かと無茶苦茶な文句をつけられる。

しまいには腹を蹴られ、顔を殴られる。周囲の人々はルヴァンのことを憐れみの目で黙って見ていた。そして誰も止めようとはしなかった。理由は一つその男性客がこの辺でも悪評でな悪徳事業者だったからだ。仕事で気に入らないことがあれば街へ降りてきて辺りの人々に変なクレームをつけていた。

そんな奴に関わったら何をされるか分かったもんじゃないと、誰も助けには来てくれないのだった。



「うっ…!ぐっ……」



周囲の人の視線は冷たい瞳を向けてくる。

慈悲もないこの世の中にルヴァンは只々、耐えることだけしかなかった。



「ったく、もっとマシな仕事をするんだな!」



一通り気が済んだのか男性客は去って行った。

ルヴァンは咳き込みながら起き上がり、散らばってしまった道具を一つずつ拾っていった。

そこへ馬車で通りかかった一人の紳士が現れる。

道具を拾いルヴァンに手渡してくれた。



「靴磨きをお願いできるかね?」



紳士の身なりは良く、どこかの領家の旦那様だろうか、先ほどの男性客とは違う雰囲気を醸し出していた。ルヴァンは懸命に靴磨きをする。



「ほぅ、ありがとう、いい出来じゃないか」



そう言って紳士はお金を渡し再び馬車に乗ってその場を後にした。

それからルヴァンは日没まで仕事を続けた。






それから数週間が経ったある日、雨上がりの午後、いつものように仕事をしていると以前来たことのある悪評高いあの男性客が再び来たのだ。

そしてまたルヴァンの目の前で立ち止まる。

ルヴァンは以前のような事がまた怒るんじゃないかと背筋に緊張が走った。

そして、予感は的中し、前回と同様に無茶苦茶な文句をつけられる。するとそこへ

一人の紳士が現れる。以前靴磨きをした紳士が声を掛けてくる。



「失礼、靴磨きをお願いしたいのだが、先客かな?」


「まさかぁ!やめとけやめとけ、コイツに靴磨きなんてされた日には泥水を被ったような仕上がりになるぞ」



ほぅ…、と言って紳士はわざと泥が混じった水溜りに靴を突っ込んだ。

そして、その靴を台の上に置き一言放つ。



「靴磨きをお願いしたいのだが?」



ルヴァンは慌てて靴磨きを始めた。

そして靴磨きの仕上がりは完璧といえるほどの出来栄えだった。



「なっ…!」


「おや、これほどまでに出来の良い仕上がりは見たことがない。

どうですかな?この出来栄えは」



ほら、と紳士に見せられ、思った以上の出来栄えに驚愕する男性客。



「今靴磨きの職人が不在なんだが、キミ、うちに来ないかね?」



そう言ってルヴァンに手を差し伸べる紳士に、驚きと込み上げてくる嬉しさに始めは戸惑うも返事を返した。



「はい!」



そうしてルヴァンはグレイシス家の靴磨き職人として迎え入れられた。

その後は徐々に執事としての礼儀作法を学びグレイシス家の正式な執事となったのだ。




∞∞∞∞∞





「……(私を迎え入れてくれたお方…そのお方こそがグレイシス家の、シャルテお嬢様の祖父にあたるお方のオールド・グレイシス様でおられた)」




と思いをめぐらしながら街路樹を歩いていると、何やら騒がしい声が聞こえた。

何かと思い声のする方へと足を向けるとそこには、向かっ腹を立てている一人の男性が目についた。

よくよく見ると、その男性の目の前には靴磨きの仕事をしていたであろう男の子が服の裾をギュッと掴みながら男性の罵声に耐えていた。

周囲の人々はそれを目視しているにも拘らず只々その場でヒソヒソと話しているだけであった。



「おい!ふざけるなよ?ろくに仕事もできねぇくせに靴磨きなんてしてんじゃねぇよ!!」


「…ご、ごめんな、さい」


「たいして綺麗に磨けねぇんだから金なんて払わないからな!」


「ごめんなさい…」


「チッ…それしか言えねぇのかよ、これだからガキは…イラつくなぁ!!」



と腹の虫が収まらない男は拳を振り上げ男の子の顔を殴った。

男の子はその勢いに態勢を崩しその場に転げてしまう。

男はあざけ笑い再び拳を振り上げる。



「ヒィッ…!」



男の子はまた殴られると思い身構える。男は勢いよく拳を振り降ろした。





ガッ!




「……」



いつまで経っても衝撃が来ないので男の子はそっと目を開けるとそこには男の腕を掴み制止させていたルヴァンが現れた。



「やり過ぎだ」


「なんだてめぇ?」



ルヴァンに掴まれていた腕を振り解き、今度は標的をルヴァンに向けてきた男は、ルヴァンに殴りかかろうとするがルヴァンは拳をいなし、簡単に男の腕を捻り上げた。



「いててててててっ…!」


「もうこのような真似はするな」


「わ、わかった、から…は、放してくれ…!」



スッと男の腕を開放すると男は走って逃げて行ってしまった。

騒動が収まり、立ち止まって見ていた人々は再び賑わう喧騒へと戻った。



「大丈夫か?」



ルヴァンは男の子に声を掛けると男の子は小さく「はい」と返事をした。



「そうか、ならば良かった…」



ふと視線を男の子の装いに目を向けると、ボロボロの服装に顔には靴磨きで使ったであろう黒いワックスが鼻や頬についていた。

ルヴァンは男の子に靴磨きをお願いすることにした。男の子は懸命に靴磨きをしていた。



「え?ボクでいいんですか?そんなに上手くできませんけど…頑張ります」



磨き終わった出来栄えはそこそこといったところではあったが、まだまだ経験を積まなければいけなかった。



「ふむ」


「ご、ごめんなさい!ピカピカにできなくてーーー…」



自信がなかった男の子は、また怒られると思い頭を下げる。

するとルヴァンは男の子の頭をポンポンと撫でる。



「筋は良い、これからも頑張りなさい」



と優しく言葉を掛けたルヴァンは通常の金額よりも多めにお金の入った袋を男の子の目の前に置いた。



「えええ!!こんなにい、いただいていいんですか!?」


「きっとすぐ上手くなれる、その投資だ。受け取りなさい」



そう言ってルヴァンはその場を立ち去った。



「あ、ありがとうございます!!!」



男の子は嬉しそうな笑顔でルヴァンの後姿を見送った。



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