第20話 上位ダンジョン

 背ほどもある巨大で無骨な大剣を、アリシアに突きつけていた。

 男が吠える。


「舐めるな小娘が!」


 巨躯の男が身体中に魔力を漲らせていた。筋肉に血管が浮かび、盛り上がる。


「こい、遊んでやる」


 それに対峙するアリシアは極めて自然体であった。

 ここが上位ダンジョンであり、ボス部屋の手前ということを忘れてしまいそうなほどに。


 アリシアが悠然と細剣を引き抜く。

 するりと剣を返し、だらりと構えた。


 その姿すら気に食わないのか、男が歯軋りをし地面を蹴る。

 魔力で強化した脚はダンジョンの硬い床を粉砕した。

 アリシアにその巨大な物量と共に迫る。


 山のような圧力。

 にも関わらず、大剣の質量を感じさせない鋭い振り下ろし。

 アリシアはそれを避けずに受け流す。

 男はそれに動揺しつつも、斬り返す。

 しかし、また受け流される。


 隙。

 そう言わんばかりに、剣を流したアリシアが男の胸を蹴った。


 ボールのように男が吹き飛き飛ばされる。その間にもなんとか受け身を取る。肩で息をする。

 口の中に溜まった血を床に吐き捨て、またもアリシアに接近する。


 右、左、右。斜めから切り上げ、振り下ろし……距離が空いたところへ突き――体勢を戻し、横薙ぎ。


 大剣とは思えない剣戟。


 それと比べれば箸で戦っているのかというほど、頼りない細剣。それが全てを受け流していく。


「貴様、まさかそこまで戦えたとは」

「気付きが遅い。気付きがない。気付きが死んでいる。でなければ10は死んでいる、それに気付け」

「ッ!!」

 

 ゾワリ。


――アリシアが大剣を受け流すたび、男の首筋をその細剣で撫でる。


 あくまで私は遊んでやっているんだ。


 そのように剣で言う。


 男の首にはびっしょりと汗が垂れていた。


 しかし、それでも涼しげなアリシアに向かっていく。


「一度、俺から抜いた剣を戻せるものか――ッ!」

 


 ***



 冒険者チンピラの首を捌き、白脇と会った数日後、田園地帯の田んぼのど真ん中に立つ塔――ダンジョンにやってきた。

 ここは今のところ県で唯一の上位ダンジョンらしい。


 昨日、事務処理が終わりBランクになった。今日からは堂々と上位ダンジョンで活躍できるというわけだ。


 にしても冒険者ランクってすぐに上がるのねと言ったら、結構無理を通しましたから、と茨木が疲れた顔で苦笑していた。

 苦労人だねぇ。まあ飲みな、潰れな、とお酒で茨木を労ってシゴいておく。


 配信もできれば良かったが、公式マークの認証がまだだから、もったいないけど今回もなしで。


「今日、明日は野営をする。また帰りは連絡するから迎えを頼んだ」

「はい、お任せください」


 野営道具は全てアイテムボックスに入れてあるからほぼ手ぶらだ。いつもと特に変わらない。


「シルヴァローズの皆様から大丈夫かと思いますが……ここは上位ダンジョンという高難度に位置するダンジョンです。お気をつけください」

「うむ。胸に刻んでおこう。……なあ、皆よ」

 

 周りを見渡すと、インスタでグルメ投稿を漁るフィオナ、知恵袋で格闘するアリシア、二日酔いで用水路にゲロを吐くドラン。

 緊張感、ないなぁ。


 茨木がなんともいえない顔をする。


 3人を無視して1人でダンジョンへ向かう。


「ご、ご武運を……」


 中に入ると、石畳の通路が現れて――


「はやく来い!!」


 マジでついてこなかった3人を外に出て呼ぶ。

 アリシアがビクッとした瞬間、そしらぬ顔で隣にいた。

 無駄に高速機動したけどこいつ……誤魔化せてるの思ってるのか……?


 フィオナと顔色を悪くしたドランがやっとダンジョンに入る。


「ご武運を……」


 石畳を歩きながら、フィオナをチラ見する。


『今日はイキの良い真鯛をさばいていくっ!』

『インドカレーの事が好きだ。スパイスからカレーを作ったって構わない』

『フライパンにステーキ肉を潜影蛇手』

『よだれ鶏の完成! マチョマチョ、ウマッチョ!』

 ……

 …………


 はい、没収。


「ああ!? 私のスマホバイブルが……」

「前にも言ったはずだ。ダンジョン内はスマホで遊ぶなと」


 ダンジョンでユーチューブショートって何考えてるの? (呆れ)

 それ暇つぶしに見るようなもんだからな?


 二日酔いだけど一応仕事してるドランの方がまだましだ。青白い顔して黙ってるけど。


「今日はフィオナが主体でダンジョン攻略するように。我は今日は何もせん」

「そんなぁ」

「飯も抜きにするぞ」

「やる。フィオナ改心した」


 やっとフィオナが魔力を循環させて戦闘準備をしていく。

 さっき僕が強く呼んだせいで分かりやすく周りを警戒しているアリシアがまともに見えてくる。

 一応、上位ダンジョンなんだよなぁ。

 今日は帰ったらスマホの使い方講習を茨木にしてもらわないとな……。今のままじゃ初めてスマホ買ってもらった小学生と変わらないよ……。


 前から蟷螂カマキリの魔物、キラーマンティスとアリの魔物、アーミィアントの群れを感知する。

 マンティスを主軸として、アーミィアントが規律を持って襲いかかってきた。


 キラーマンティスが魔力を鎌に集めて、魔法を放とうとする。


 それをドランが魔力網で先頭のアーミィアントの動きを阻害しつつ、鎌に反魔力をぶつける。

 鎌に集まっていた魔力がシュンッと消えた。


 動きが止まり、規律が乱れたアーミィアントをアリシアの剣が狩っていく。


 3分の1ほどを魔石に変えた、瞬間その場から飛び退く。


 フィオナが不可視の風の刃を打ち込んだ。


 幾百もの刃が硬い外甲殻を持つアーミィアントがバラバラに分解され――貫通した刃はダンジョンの壁も傷をつけていく。


 運良く生き残った外甲殻がボロボロのキラーマンティスが、息も絶え絶えといった様子で、鎌を構え威嚇する。


 アリシアがその鎌を切り落とし、返す刃で首を獲った斬った


「すんません、しゃがむと気持ち悪いんで魔石拾うのお願いします。…………っぅぷ」


 ドランがダンジョンの壁に背預け、腕を組んで俯く。

 イケメンだから格好は様になってるけど……これ二日酔いなんだよなぁ。


 あ、吐いた。


 様にもならないな。


 フィオナが杖をふりふり、魔石が浮き上がってアイテムボックスに入っていく。

 ズボラめ、それくらい拾えよ。魔石で回収するほうが疲れないか? って思うけど、フィオナはそんなことないんだろうなぁ。


 このダンジョンは事前情報通り、昆蟲系の魔物が主体となっているようだ。

 浅層はさっきのようにマンティスとアントの連隊、塔を登るにつれ、その蟲の軍も強化されていくのだろう。


 幾度か同じような戦闘を繰り返し、階段へ向かっていく。

 流石に上位ダンジョンともなれば、一層が広い。

 流石に魔力感知で全てを把握することはできないため、行き止まりじゃないほうに進んでいく。


 広いと魔力反応を探るのも疲れるからな。フィオナがんばれ〜、今日はキャンプ飯だぞ〜。


「むう、やる気が出なくなる言葉……帰りたい」


 まあ、150年間ほぼほぼダンジョン内で寝泊まりしてたわけだからな。キャンプ飯と言ってもろくなものを食っていないし、テンションが下がるのは分かる。地球のご飯は美味すぎるんだよなぁ。


「そこはあっしに任せてください。昨日アマプラでゆるきゃんを見てきやした」

「情報源がゆるゆるで頼りないんだが……」


 酒飲みながら見るのにちょうど良いアニメなんです、と言うがその二日酔いゆるきゃんのせいかよ。


「はあ、もう良い。とにかく進めるだけ進むぞ」


 野営の夜ご飯にはなんとも期待できないな……早く帰ってうまい飯と酒を飲もう。

 そう言うと、フィオナの歩くスピードが1.5倍になった。

 分かりやすい。

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