第18話 冒険者組合

「ほら茨木、土産だ!」


 ダンジョンから出ると待機していた茨木に、生首を放りなげる。

 ナイスキャッチ!


「うおえええええ!?」


 帰り道に引きずって帰ってきたから、血抜きはされてるよ?


「ちょっ、ユーリさん!? 何考えてるんですか!? これは魔物じゃないですよ!」

「それは人間であろう」

「はぁ……って何やってんですか!」

「ああ、襲いかかってきたから返り討ちにしたのだ」

「い、一旦組合に行きましょうか、ここでは周りの目が……」

 

 住民や、商店街のお店の店員が出てきて、こちらを見ていた。

 確かに騒々しいな。

 車に乗り込み移動している間に、茨木にダンジョンの入り口でのいざこざ、ボス部屋での奇襲について説明する。

 生首は一旦アイテムボックスに収納しておいた。


「なるほど」


 茨木が厳しい顔で頷く。


「それは仕方ありませんね。……しかし、やはり異世界人は容赦がないですね」

「む、一度はユーリ様が情けをかけたのだぞ」


 そんなユーリ様のお慈悲をふいにしてな、とアリシアが反論する。

 それはそうなのですが……と茨木は言葉を迷わせる。


「なんというか……地球に生まれた人は生け取りといいますか、無力化して警察に引き渡す者が多いので……」

「なんだそれは? 襲いかかってきたのに生温いにもほどがあるだろう。それで舐められてまた襲われたらどうする」

「アリシアさんの言うことが正しいんですけどね。元々ダンジョンなんてない世界ですから……なかなかそうは割り切れない人が多いんですよ」


 釈然としないという顔をするアリシアに茨木が説明する。

 なるほどそうだった、と聞いて頷いてしまった。僕も随分と向こうの世界の倫理観に染まってしまったからな。

 ダンジョンの入り口で絡まれたときに殺さなかった僕を褒めたい。

 まあ結局殺したけど。


 組合に着いて中に入ると、茨木が受付と話をする。

 そのまま応接室に案内された。


 しばらくすると、白髪のおじさんと警察官が2人入ってきた。茨木がピシッとお辞儀をする。


「初めまして、シルヴァローズの皆様。私は冒険者組合日本支部長の白脇です。いつも茨木から話を伺っていました。よろしくお願いします」

「ああ、我はユーリ・シルヴァローズだ。茨木にはいつも世話になっている」


 にこにこと手を差し出してくる白脇と握手をする。

 どうぞお座りください、と促されるまま、ソファに座る。向かいに白脇が座り、後ろに警察官が控えた。

 茨木も僕たちの後ろに立ったままだ。

 支部長って言ってたし、偉い人なんだろう。


「なんでも冒険者に襲われたと聞きまして。組合に来られるならついでにシルヴァローズの皆様とは挨拶しておかねばと思いましてね」


 そう言って白脇がお辞儀する。


「慣れない世界ですし、ご不便をおかけしているかと思います。何か困ったことはありませんか?」

「魔物が食べたい」

「魔物、ですか……?」

「そう。きっと地球ならもっと美味しくなるはず」


 フィオナが手を挙げてそんなことを言う。火だるまの冒険者見ながら言ってた話、結構本気だったんだ……。


「たしかに冒険者の間では魔物の肉は美味しいと言われていますね。ただ、受肉した魔物の肉はなかなか市場には出回らないものでして……」


 困り笑いを浮かべて白脇が腕を組む。

 魔物の肉を手に入れるには、素材としてのドロップを狙うか、ダンジョンの外に出て受肉した魔物を倒すかの二択だ。

 文明が中世ナーロッパくらいだった前の世界では整備されていない土地が多く、割と森の中には魔物が蔓延っていた。

 しかし地球ではそんなことはないのだろう。

 魔物が出れば直ちに処理される。そのための冒険者組合。

 そう思うとダンジョンがちゃんと管理されているって、なかなかすごいことだ。

 前の世界では貴族の欲やプライドによって魔物の大暴走スタンピートが起きて何度対処に向かったか……。


「今すぐに魔物を用意するというのはやはり難しいですね。そうですね……もし魔物の大暴走スタンピートが起きたらすぐにシルヴァローズの皆様にお伝えしますので、それで狩ってもらうというのはどうでしょう?」

「それでいい。魔物肉たのしみ」

「こちらとしても助かります。魔物の大暴走スタンピートというのは非常事態ですからね。そんなときにお力添えをいただけるというのは頼もしいです」


 フィオナと白脇が商談が決まったとばかりに握手する。

 ……なんか魔物の大暴走スタンピートが起きたら協力することになってしまった。

 にこにこしてるけど……このおじさんやり手だな……。

 フィオナは満足そうだし、まあいいか。


「さて貴重なお時間をありがとうございました。また何かあれば茨木におっしゃってください」

「うむ、気遣い痛み入る」

「いえいえ、とんでもないです」


 そう笑って白脇が立ち上がり、僕たちの背後に目配せする。茨木が深々とお辞儀していた。

 ……茨木も苦労してそうだな。今日もいっぱいお酒飲ませてあげよう。


 残った警察官に促され、収納から生首を取り出す。

 取り出した直後は騒めいたが、その後は淡々と取り調べを受けた。

 白脇と茨木がついていたおかげか、大して時間は取られなかった。


「新人の冒険者を見つけては同じように獲物を横取りしていたのでしょう」


 警察官と茨木が厳しい顔で話し合う。

 身元照会から、やはり普段から評判の悪い冒険者だったみたいだ。


「それしても異世界の方達に絡むとは運の悪い……いえ、運の良いことでした」


 警察官がそう明るく言った。

 アリシアがふん、と鼻を鳴らす。


「まあ善行人殺しをしたと思えば酒も旨くなるってもんですな! がっはっはっ!」

「むぅ、お肉の焼ける匂い思い出した」

「ユーリ様、今日はステーキにしましょう」


 ぐぎゅるる〜とフィオナのお腹が鳴る。

 地球人からしたらこの3人、蛮族すぎるんだよなぁ。

 でも、そう言われたら肉の口になるから不思議だ。


 茨木と警察官が顔を引きつらせる。

 心なしか調査が早く進んでいく。

 そういえばもう2人いたけど火だるまになって消えたと伝えたら、目を合わされなくなった。


 特にそそくさと警察官が帰っていく。


「ごはん、ごはん、るんるん」


 足をぷらぷらさせるフィオナを見て、茨木がなんとも言えない顔をする。


「も、もう少し待ってくださいね。今日と昨日の分の魔石と素材の精算をしていますので……」

「よしきたぁ!」


 ドランが指を鳴らす。

 しばらくして、ノックの音が響いた。


「失礼します。こちら買取明細とお金になります」


 職員の人が買取の書類と札束をドンと机に乗せる。

 おお、1千万近くありそうだ。


「なんですかい? この紙束は?」


 ドランが札束を掴んで目を眇める。そう言えば前の世界では金貨や銀貨なんかの硬貨だけだったな。

 茨木が紙幣の説明をする。

 向こうの世界の感覚で言うと、これで中堅商人の年収くらいか。そうドランに言うと、


「へえ! こっちの世界でも金を稼ぐのはちょろそうですな! がははは、今夜も飲み明かしましょうぜ!」


 成金みたいに札束で顔を仰ぐ。

 職員と茨木が苦笑いする。


「まあ、冒険者ドリームという言葉があるくらいですからね。一度こちらのお金は預かっておきましょうか?」

「うむ。これだけの紙束があっても邪魔であろう」


 では口座に入れておきますので……と1人一枚カードを渡された。買い物するときもこのカードで、とのことだ。

 茨木がクレジットカードの説明もする。


 僕はまだ地球のことを知っているからましだが、異世界人への説明は大変そうだ。

 ほへえ〜、と適当に相槌をしてクレカをいじってるドランとかフィオナは絶対話聞いてないだろうし。


 ちなみに税金はすでに引かれているみたいだ。配信の収益が入ったりしたらまた色々と手続きはあるが、確定申告なんかは今のところ考えなくて良いらしい。所得税やら雑所得の区分がどうたらあるらしい。

 ほへえ〜と相槌をしておく。


 まあ難しい話は置いて、帰ってにするか。

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