第13話 ぼむ

 さて、またコメント欄が変に荒れないうちにダンジョンを攻略してしまおう。


 しばらくして、開けた土地に出た。

 フィオナに目配せする。大きな杖をガッと地面についた。いつでもいけそうだ。

 同接数を確認すると、もうすぐ5千人に達しようとしていた。よし、頃合いだろう。


「さて、リスナーの諸君。これよりダンジョンを攻略する。しかと刮目せよ」


“いきなりどうした?”

“ダンジョン攻略なら今してるのでは……?”

“皇帝(笑)! 認知症はまだお早いですよ!”


 くっ、失礼なやつらめ。流石にイラッとしたが、アリシアの二の舞にはなってはいけない。


「ふん、これまでの道中は余興だ。フィールド型ダンジョンならではの、派手な攻略法。――フィオナの爆撃だ!」


“今日のタイトル回収きた”

“爆撃? 炎系の魔法か……?”

“ついにフィオナたんの魔法はぁはぁ”

“ロリコンは消えろフィオナたんが怯えるだろ……ところでパンツは縦縞? 横縞?”

“今日一えぐいロリコン来た”


 みんな爆撃魔法を知らないみたいで安心だ。

 フィオナのオリジナル魔法だけど、こっちでは当たり前とか言われたら恥かくところだった。

 あとなんかヤバいやついるけど、フィオナはロリどころか200歳だぞ。

 

「長々と口上を述べるのも興醒めだ。――やれ、フィオナ」

「むふ、やっと魔法使える。……じゃあ、行ってくる」


 フィオナがローブをはためかせ、浮き上がった。瞬間、高速で突っ切るように飛んでいく。

 反動で周りの空気が吹き荒れた。もうすでにフィオナは豆粒ほどになっている。


 その豆粒から、魔力の奔流が溢れ――爆撃が荒れ狂った。



 ***



【カメラ視点】


 ドランの制御するカメラが、飛び上がった少女の後ろを僅かに遅れて追随する。


 ユーリ、アリシア、ドランの姿が一瞬で小さくなった。


 ガーゴイルの生息する低高度を置き去りにする。


 地上から見ればそびえ立つようだった廃墟のビル群が、平坦な俯瞰図に変わる。


 そこで、少女が止まった。

 カメラをちらっと振り返る。その顔は無表情ではあったが、心なしかふわふわと浮き立っているように見えた。

 

 体を地表に向けて、杖を構える。


 小柄な身体から膨大な魔力が溢れ出した。


 顎下で切り揃えられた黒髪が靡いて、横顔が見え隠れする。

 人形のように整った容貌。

 その小さな口元が、ゆっくりと動いた。


 戦闘、開始。


「――ぼむ」


 刹那――魔力が、爆ぜた。


 少女の視線の先のビルが炎の塊に包まれ爆発する。


 少女の口元が僅かに弧をかいて……わらった。


 少女はすっと、体をそのままに水平に移動する。

 杖は地表に向けたまま。

 そうして――蹂躙が始まる。


「ぼむ、ぼむ、ぼむ、ぼむ……」


 次々と爆撃魔法が放たれていく。

 小さな身体の周囲で魔力が収縮を繰り返す。


「ぼむ、ぼむ、ぼむ、ぼむぼむぼむ……」


 少女が移動するのに数瞬遅れて、爆発が続いていく。


 地表のビルが次々と爆発して煙が舞い上がる。

 巻き込まれたガーゴイルの群れが尾を引いて堕ちていく。


 フィールド型ダンジョンは1階層しかない。また、ボス部屋という概念もない。

 一定範囲のエリアにボスは悠然と構えている。

 だが、そんなボスの存在も、そこらの瓦礫と変わらず粉々にされていく。


 地上のものは皆等しく、暴力的に侵される運命であった。


「ぼむ、ぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむ……」


 次々と真っ赤に染まるビル群は美しかった。

 それは地表から遥か離れたこの場所だから生まれた感想なのであろう。


 地表ではきっと今頃お祭り地獄だ。


 少女の細く澄んだ声で紡がれる爆撃魔法。

 

「ぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむぼむ――」


 そんな乱れ桜のような爆撃魔法ストレス発散を放つ少女フィオナの姿は、この退廃した空気の中で、何よりも美しかった。


 ***


「派手にやってますなぁ」

「うむ、壮観だ」


 爆発音が響き渡り、そこら中の建物が燃え盛る。倒壊したビル群が地響きを巻き起こす。

 ガーゴイルの群れが爆発して魔石の煌めきになる。

 辺りは賑やか爆撃だし、祭りの花火のようだ。

 

「た〜まや〜」

「その妙な掛け声は何でしょうか?」

「いや、特に意味はない。それよりも逃れてきた魔物を頼むぞ」

「勿論です」


 危ない危ない。アリシアに聞かれて適当にごまかす。


 念の為にはっておいた防御魔法には、先ほどから瓦礫や避難してきた魔物たちが衝突していた。


 それをアリシアが剣で、僕が魔法で魔石に変えていく。


 しばらくして、フィオナがふわりと足取り軽く戻ってきた。随分と満足げだ。


「むふ。殲滅完了」

「フィオナよ、ご苦労だ。」


 魔石回収の時間だ。一個一個拾うなんて面倒なことはしなくない。そこら中まだ燃え盛ってるし。

 フィールド上に薄く、薄く魔力を広げていく。はっ! と気合いを入れて、魔力を空間魔法が混ざった魔法に変性させる。

 足元へ、シュルシュルシュッと魔石が飛んでくる。魔石の山ができていく。


 さて、配信はどうなっているか。


「諸君よ。フィオナの背後から見ていたであろう。我らシルヴァローズ、魔法役の要であるフィオナの――爆撃魔法だ!」


 派手さを求めるならきっとこれ爆撃だ。

 200年前の僕のバズりセンスもそう言っている。


“はぁ……加工映像かよ。つまんな”

“ロールプレイくらいは良かったけど、AI映像までいったらつまらんのよ”

“わざわざ見に来たのに損した”

“公式マークついてないのずっと怪しかったけどAI理解”

“ここまでぜーんぶ茶番です! ありがとうございました!”

“皇帝(笑)! がっかりだよ……”

“あからさますぎ”

“まだアイドル売りの方が良かったな。じゃあね”


 同接数が4千、3千5百、2千……とどんどん減っていく。




 え?




 なんでぇ?

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