第10話 かんぱぁ~い!

「かんぱぁ~い!」


 冒険者として地球で初めてのダンジョン攻略を終えた僕たちは、茨木の送迎で借宿へと帰ってきて、一日の反省会飲み会夕餉飲み会をしていた。

 

「ぁあ゛あ゛あ゛〜、1日の疲れがぶっ飛びやすぜえ。こっちの世界のビールってほんとにやばいヤクとか入ってないですよね? はぁっはぁっ!」


 ドランがビールを飲んで昇天している。確かに前の世界とは別物だ。キンキンに冷えていて炭酸も効いているし、麦の雑味もない。

 まあイキ顔で2杯目のビールを煽るドランを見ているとほんまかお前? とは思う。


「んぉぉ、かれーらいす、匂いからやばいと思ってた。やばかった。これは悪魔的。すぱいすというのは魔法に違いない」

「……う、舌が痛いですッ! ユーリ様! 毒かもしれません。おい茨木貴様何を盛った白状しろ!」


 アリシアが剣に手をかける。目をハートマークにしてるフィオナと対称的すぎるだろ。

 にしてもアリシアは辛いものが苦手なのは意外だったな。


 ビールを一口飲む。

 200年近く一緒にいたというのに、こっちに来てから知らない一面を見ることが増えたもんだ。


 ニコニコでみんなにお酌していた茨木が青ざめてカレーの説明をしている。

 そんな茨木にドランがビールとハイボールを催促する。

 フィオナは「カレーに合う酒、はやく、これは味覚探索」と圧をかける。


 僕はそのにぎやかさをつまみにビールを煽った。




「ひとまず皆さま、ダンジョン攻略お疲れさまでした。最初ということで最低位ダンジョンを手配いたしましたが、歯牙にもかけない攻略……流石ですね」


 夕餉飲み会初っ端から疲れた顔で茨木がそう挨拶する。

 そんな茨木にアリシアが気まずそうにそっぽを向いて酒を入れている。

 茨木がペコペコしている。会社員自衛隊って大変だなぁ(?)。僕の前世? 今はもう皇帝だから……。


 話はダンジョンに戻るが……地球ではダンジョンを最低位、低位、中位、上位、最上位の5つで区分しているらしい。

 そこに出てくる魔物と冒険者はF~S級と等級分けされている。

 ただ、C級冒険者だからと言ってC級の魔物を倒せるわけではなくて、C級冒険者がパーティーを組んだらC級の魔物を倒せる、という風になっている。


「当然だ。我らシルヴァローズの戦力の無駄遣いだな。しかし未知なる異世界での慣れや立ち回りを考える上では必要なことではあったのだろう」


 ダンジョンは大したことなかったが、配信は何度か微妙な空気になっていた。

 まあ最後にアリシアがゴブリンキングを倒したことで、ある程度の戦闘力は誇示できただろう。

 そう茨木に言うと、


「いえそれが……カメラの性能的に動きが追い付いていませんでした。もちろん我々組合がその実力を疑うことはありませんが、視聴者はどうかは……かなり怪しいものでした……冒険者を雇っているのではないかと……」


 申し訳ありません、基本的な動画の撮り方なんかの、配信の説明をしっかりしていませんでした。そう茨木が頭を下げる。

 基本的には、異世界人なら初配信でも3千〜5千人くらいは集まり、チャンネル登録者数も1万人くらいになるらしい。

 それに比べて、僕たちは最大同接数が1500人ほどだった。チャンネル登録者数は3千人くらいだ。

 まあ、慣れない配信だったんだから仕方ない。


「気にすんな、俺なんかリスナーの前で吐いたぞ! がっはっは!」


 ドランがそんな茨木の肩を叩いて酒を注いでやっていた。お前は気にしろや。


 そこからは飲み食いしながら、配信の話が始まった。


……

…………


「アリシアがリスナーの身分を問いただしたとき、流石の我も肝が冷えたぞ」

「その節は大変申し訳ありませんでした。貴族の可能性を考慮しないとは、軽率でした」


 うんうんネットの団結力は貴族並みに厄介だからね。

 アリシアがビールをグッと飲み干す。注いでやると、そんな恐縮です、と言ってまた一気飲みした。

 君も杯開けるの早いよ……。ドラン競うなって、静かに赤ワインを飲んでるフィオナを見習え。


 え? もう2本目? カレーに合うって? ふーん。


「アリシア様、ユーリ様、リスナーは貴族ではありません。そもそも地球には貴族制度がほとんどありませんので……。彼らは平日がお休みであったり、夜から仕事があったり……まあ、本当に何もしてない人もいますが……まあ、あまり触れないほうが良い話題ではあります」

「貴族ではない……? リスナーとはどういった者なのか……ふむ、まあ気をつけよう」


 アリシアが茨木にビールを注いでやる。

 そんなそんな……と言いながら、アリシアの圧に負けて一気飲みする。

 あ、グラス空いたからアリシアにまた注がれてる。あーあ。まあ、飲みな飲みな~。


……

…………


「ところでドラン様が斥候をしていましたが……罠が一度も発動していませんでした。あれはどういう仕組みなんですか? もちろん手の内を隠しておられるのであれば――」

「あ? だから全部潰してたんだよ。たいていの罠は対応した魔力をぶつけたら壊れるか消滅するだろ? 地球じゃそうはやらんのか?」

「ええ……一個一個魔力紋を読み取るなんて、そんな……」


 ビールとハイボールと日本酒と焼酎を並べて飲んでいるチャンポンドランを見て茨木がドン引きしている。

 茨木がはあ、とため息をつくと、ドランから焼酎を渡されていた。え? 僕にも?

 ドランのお酒配りおじさんが発動している。まあ、茨木くんも飲みな~。


……

…………


「そういえば茨木、今日のゴブリン共の魔石はどうなった?」

「買取に回しましたところ、本日の相場で――ゴブリンキングを合わせまして、およそ12000円になりました」

「ふむ、まあそんなものか。……全く足りないだろうが、今日の酒の足しにしてくれ」

「お気遣いありがとうございます」


 ドカ飲みしているドランと、ドカ食いしているフィオナから目を逸らす。手元のビールを腹の中にないないする。

 経費が……と茨木が頭を悩ませていた。飲みの場で難しいこと考えたらだめだよ~飲みな~。

 さっきドランからもらった焼酎を押し付けると、茨木が複雑そうに飲んでいた。


「ユーリ様ぁ! 俺の焼酎を茨木にあげましたね! ユーリ様は俺の酒を飲めない、と」


 おいおいウソ泣きしながら、ドランからウイスキーロックを渡される。

 はぁ……グイッ。


……

…………


「ところでユーリ様、自動迎撃ってどういう仕組なんですか? もちろん手の内を隠――」

「それはな……こうだ!」


 グダグダと言っている茨木にステーキ肉を放り投げ、空中で10等分する。ぼとっ、と茨木の取り皿にステーキが乗っかった。

 ふはは、200年年前なら飲み会で引っ張りだこだ。


「そんな、高等技術……ステーキ10等分とかいう宴会芸のようなことをしているが……これを更に遠隔で……ステーキ……」


 また難しそうな顔してるよ~飲みな~。

 フィオナが注いだワインを茨木が難しい顔で――ステーキと一緒に飲んでいた。


「肉と赤ワインは最強。むふ」


……

…………


 いきなり茨木がバッと立ち上がる。

 おしぼりを兵隊帽のように形作り、頭に乗せて敬礼する。


「やはり、最低位ダンジョンではシルヴァローズ御一行の進軍など止められるはずもありません。もっと、もぅぅっと、つよいとこいきましょう!」


 なんだこいつ飲み過ぎだろ…………興が乗ってきたッ!!


「間違いあるまい! 皆、聞いたな。我らシルヴァローズは更に躍進するぞ!」

「当然でありましょう」


 アリシアが深く頷く。ドランは酒に、フィオナはカレーに溺れていて、全く話を聞いていない。


「今一度聞け! ダンジョンの難度が上がるということは魔物も強くなるということ。魔石の質が上がるということ。つまり……もっと酒と料理を探求できるということだ。このままでは酒や料理は……言うまでもない」


 何言ってんだ? 僕。

 ドランとフィオナがギンッと立ち上がる。


「前回の飲み会でも決起しましたが……もちろんでございます。酒のためなら200年の戦だって戦いましょう!」

「ご飯。……それはご飯のため。私は立ち上がる」

「よいぞ、ドラン、フィオナ! それに配信でも……稼がねばな?」


 ドランとフィオナが衝撃を受けたような顔で……茨木の真似をして敬礼する。


「うむ。皆の覚悟は受け取った。……茨木よ! どうすれば良い!」

「はいっ! 中位ダンジョン、イッちゃいましょう!」

「勿論だ! 征こうとも!」

「はいっ! 配信ももっとハデな映像を撮りましょう!」

「当然よ! で、あるならば爆撃だな!」

「はいっ! 爆撃であります! ……ん? 爆撃?」

「むふーっ。そろそろ身体魔力を動かしたかったところ。任せて、私がいるからには心配ない」

「ふっ、フィオナ……頼んだぞ」

「やれやれ、俺の出番はなさそうでさぁ」


 ぽかんとしている茨木の頭からおしぼり帽子が落ちた。

 あれすごいな、どうやって作ってるんだろう。

 我も頭におしぼりを乗せようとすると、アリシアに止められた。


「ユーリ……?」


 すんません。

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