第18話「特訓しましょう」

「――で、ここの英文は、こうなって――」


 ある日の英語の授業中、俺はうーんうーんと考えていた。


(この単語があるから、こうなって……あれ? ってことはこの単語は? 意味が分からない……)


 うちの学校は、一人一台タブレットが配布されている。俺はタブレットで必死に単語の意味を調べて考える……のだが、いまいち分からない。

 うーん、だいたい俺は日本人なのに、英語を勉強する必要あるのかな……と、そもそもなことを考えてしまった。いや、今はグローバルな時代。英語ができないと時代から取り残されるよな……。


(……赤坂さん、英語もできないんですか? そんなことでは生きていけませんよ)


 なぜか頭の中に天乃原さんの言葉が浮かんできた……ような気がする。うう、その通りです……ちらっと天乃原さんを見ると、真面目な顔でノートにメモを取っていた。


「じゃあここの英文の読みと訳を……天乃原さん、お願いできる?」

「はい」


 呼ばれた天乃原さんがスッと立ち上がって、英文を読んでいく。発音も完璧で、言い間違えることもない。その後の訳もスラスラと言うことができていた。


「おーグレイト! さすが天乃原さんね」


 クラスから「おおー」という声が聞こえた。ああ、天乃原さんカッコいいなぁ……俺もあんなに勉強ができたらなぁ……。


「あ、しまった、単語テストをするのを忘れていました。今からしましょう」


 英語の先生がそんなことを言った。英語の時間にはよく単語テストがある。そのまま忘れてくれていてよかったのに……とか思ってしまった俺は悪い人間だ。

 プリントが配られ、英単語を書く……のだが、俺はまたいまいち分からない。あ、あれ? これどこかで出てきたような気がするんだけどな、なんだっけ……。


「――はい、みなさんできたでしょうか。隣の人と交換して、採点しましょう」


 しばらくして、採点の時間となった。俺の隣はもちろん天乃原さんなので、天乃原さんと交換する。プリントを渡したときに手が少し当たってしまってドキッとしてしまった。

 天乃原さんが書いた解答を見る。綺麗な字だな……じゃなくて、採点しないと。えっと、これは正解で、これも正解、これも……。


 二十問あった単語テストは、天乃原さんは全問正解だった。さ、さすがトップオブトップだな……いや、その意味はいまいち分からないんだけど。

 それに対して、俺の結果は……二十問中五問しか正解していなかった……。



 * * *



「……これはいけませんね」


 英語の授業が終わり、休み時間。隣の席で天乃原さんがぽつりとそう言った。ん? と思って隣を見ると、じーっとこちらを見る天乃原さんがいた。


「ん? どうかした?」

「あ、いえ、赤坂さんの英語力のことです」

「……申し訳ありません」


 思わず俺も丁寧な言葉になってしまう。うう、天乃原さんに怒られそうだ……昨日もゲームしてしまってごめんなさい……と、心の中で反省していた。


「このままでは次のテストでよくない結果となってしまいます」

「……おっしゃる通りです」

「私としても、それは避けてもらいたいので……あ、そうだ」


 天乃原さんが何かをひらめいたようにちょっと斜め上を見た。


「今日の放課後、特訓しましょう。題して『赤坂さんの英語力爆上げスペシャル特訓』です」


 真面目な顔で言う天乃原さん。そ、その表題みたいなものはどうなのかと思ったが、口にすると怒られそうなのでやめておいた。


「と、特訓……?」

「はい、私が教えますので、赤坂さんになんとか英語ができるようになってもらいたいです」


 な、なるほど、天乃原さんが教えてくれるということか。トップオブトップの天乃原さんなら、分からないことはない……って、俺は少し嫌な予感がした。


「そ、それは、どのくらいの時間になるのでしょうか……?」

「もちろん、赤坂さんが理解するまでです。私もしっかりとお付き合いしますよ」

「あ、な、なるほど、できればお手柔らかにしてもらえるとありがたいんだけど……あはは」

「ダメです。このままでは本当によくない結果となってしまいますよ」


 やっぱり勉強では手を抜いてくれない天乃原さんだった。


「わ、分かりました……よ、よろしくお願いします……」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 天乃原さんはいつも通りの真面目な顔だが、口元が笑っているように見えた。それが逆に怖い……!


 ……その日の放課後、俺は地獄を見た。

 いや、ここは天国なのか? お花畑が見えたような……。

 ああ、天乃原さん、綺麗だな……と、ドキドキしている余裕がないくらい。


 ……でも、天乃原さんを見習って、もっと勉強しないといけないなと思った。

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