第17話「お食事券ですか?」

 今日もしとしとと雨が降っている。

 今年は少し梅雨明けが遅れそうだと、テレビの天気予報で言っていた。雨が多いのも憂鬱になってしまうが、そういうこともあると思っておいた方がよさそうだ。


 さて、今日も無事に午前中の授業が終わり、昼休みになった。クラスではわいわいとみんなが動いている。

 俺もいつものようにお弁当を……と思わせて、実は今日はお弁当を持って来ていない。なぜかというと、昨日天乃原さんからRINEが来て、


『明日はお弁当を持って来ないでもらえますか? 私もそうしますので』


 と、言われたからだ。どういうことだろうと思ったが、あまり深くは考えずに、『うん、分かった』と返事をしておいた。

 その天乃原さんを見ると、テキストやペンを机にしまって、「よし」と小さな声で言っていた。どうかしたのだろうか。


「天乃原さん、昨日お弁当持って来ないでって言ってたけど、何かあった?」


 いつも天乃原さんから話しかけてもらっていたので、今日は俺から話しかけてみた。


「あっ、すみません、ちゃんと話してませんでしたね。今から行くところがあるのです」

「ん? 行くところ……?」

「はい、赤坂さんもついて来てもらえますか?」


 そう言って天乃原さんが立ち上がって、俺の右手をそっと握った。


 …………。


 ……俺、天国に行ってしまうのかな……。


 ……はっ!? いかんいかん、軽くトリップするところだった。天乃原さんは俺を引っ張るようにしてどこかへと行く。どこへ行くのだろうかと思ったら――


「ここに来たかったのです」

「……え? あ、学食……?」


 そう、一階の廊下の先にある学食だ。うちの学校の学食はけっこう広くて、メニューも豊富だ。それでいて安いため、生徒にも人気の場所となっている。

 天乃原さんは、ここに来たかったのか。


「そうです。私、実は学食で食べたことがなくて、一学期のうちに初体験しておきたいなと思いまして」

「な、なるほど、俺はたまに来てるよ」

「そのことを以前聞いていましたので、赤坂さんにシステムを教えていただきたいのです」


 天乃原さんはそう言って、俺を引っ張って学食に入っていく……って、さっきから手が、手が……! ああ、天乃原さんの手、小さくてあたたかくて綺麗だな……って、そうじゃなくて! 俺は沸騰しそうなくらい顔が熱くなった。


「あ、じゃ、じゃあ、食券を買わないといけないね」

「食券……お食事券ですか?」

「う、うん、まぁそう……? なんだけど、ここで好きなものを買うといいよ」


 俺たちは何台かある食券機の前に来た。カレー、かつ丼、そば、うどん、唐揚げ定食など、色々なものがあって、天乃原さんは「んー……」と言いながら真剣に眺めている。その横顔も可愛いなと思った。


「……決めました、カレーにしたいと思います」


 うんうんと小さくうなずいた天乃原さんは、カレーの食券を買った。じゃあ俺も同じものにしようと思って、天乃原さんに続いてカレーの食券を買うことにした。


「これを、どうするんですか?」

「あそこにいる学食のおばちゃんに、出すといいよ。しばらくすると出てくるよ」


 ここは俺が先にして見てもらった方がいいかなと思って、先に「お願いします」と言っておばちゃんに食券を渡す。「ちょっと待ってねー、あ、そっちの子ももらおうかー」と言われたので、天乃原さんも「お、お願いします……!」と両手で食券を差し出していた。


「はい、二人分のカレーね」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます……!」


 俺と天乃原さんはカレーを受け取り、空いていた席に並んで座った。


「わぁ、これが学食のカレーですね、いいにおいがします」

「うん、けっこう美味しいから、食べてみて」

「じゃあ、いただいてみることにします」


 天乃原さんがスプーンでカレーをすくって、一口食べる。その姿をじっと見てしまった俺……は、ちょっと変態くさいだろうか。


「……美味しいです。辛さもちょうどよくて、ご飯の硬さも好きな感じです。こんなにいいものだったんですね」

「そっか、よかった、天乃原さんの口に合ったようで、嬉しいよ」


 俺はほっとひと安心して、カレーを食べる。学食のカレー美味しいんだよな。人気のメニューの一つだった。


「赤坂さん、ありがとうございます。これで学食デビューできました」

「あはは、いえいえ。他にも色々あるから、また来てみようか」

「はい、右から左に全部制覇するのもよさそうですね」

「そ、そうだね、けっこうメニューあるから、たくさん来ることになるね……あはは」


 ……カレーを美味しそうに食べる天乃原さんが可愛かったのは、俺の中だけにとどめておくことにしようかな。

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