第30話 商人風のゴブリン
水浴びもできず、服も洗えなかった。エリーの魔法で水はじゃぶじゃぶ出せたけど、危険がつきまとって余裕なんてなかった。
食事と歯磨きだけはどうにかなったけど――体は汚れっぱなし。
ああ、水浴びがしたい。
森林を抜けて、街道に出る。しっかり整備された土の道を、のっそり進む馬車が見えた。荷台にはたくさんの商品が積まれているみたい。
馬の鳴き声が切ない。
「止まれ」
アリスが馬車の前に立ち、銃を構える。馬車を操る商人風のゴブリンが手綱をぎゅっと引っ張り、馬車が急停止した。
荷台から護衛が二匹出てきたけれど、とんずらだ。薄給だったのかな。商人風ゴブリンはおどおどしている。護衛の給料って、ケチっちゃいけないんだよ。
良い勉強になったね。
「小麦畑にある、風車は知っているかの?」
「もちろんごぶ。廃墟になった場所ですよねぇごぶ」
「廃墟になっておるのか。残念じゃ」
「そこまで連れてけ」
「……金貨二枚で、案内と言いたいところごぶが、見たところ持ってはいない様子ごぶ。勇者を殺したって、噂の武器が報酬、なら考えてやってもいいごぶよ」
「交渉できる立場じゃないよね?」
私は、商人風のゴブリンの足の甲に、ナイフを突き刺す。足の甲を貫いた、ナイフの切っ先が馬車の床に深く食い込む。これで足の甲を裂くか私に取ってもらう以外に、馬車から降りる方法がなくなった。
「ぐぎゃ。案内するごぶ! だから命だけは助けてくださいごぶ!」
「最初からそう言えば、痛い思いをしなくてもよかったんだよ」
馬車に乗り込む。木箱の中には小麦や干し肉などの食料が詰め込まれていた。
風車はすでに廃墟。小麦畑もきっと枯れているんだと思う。
やっぱり、ゴブリンには自分たちで生産する力なんてないのかもしれない。
「この食料はどこで入手した、ものじゃ?」
「……」
「質問に答えない口ならいらないよ、ね?」
私はナイフを商人風ゴブリンの口内に滑り込ませた。刃先が右の口角を裂き、血がにじむ。ぐっと力を込めれば、片側だけの無理な笑みができあがる。
「亜人連邦ごぶ!」
「自給自足する力がないのか?」
「ないごぶ! だから小麦畑も枯らしてしまったごぶ」
馬車が進む。荷台は布で覆われている。グッドなアイデアが浮かんだ私は、アリスと協力して木箱を外に放り投げた。
「ごぶぅうう!」
商人風ゴブリンが喚き散らすが、気にせず広々とした空間を確保した。
「エリー、立って水出して」
「なにするつもりなのよ」
「エリーをシャワーにして、水浴びしよっかなって」
「あたしが浴びれないじゃないの!」
「空の木箱を一つ用意したから、そこに貯めればエリーも浴びれるよ」
「ごくり」
ソウが生唾を飲み込む。
「見たら殺すからの」
「ひっ」
チフに脅されて、アインとソウは慌てて背中を向けて震えた。
「ボス、最高……」
「ちょうどいいお湯加減だよ。生き返る〜」
エリーの手から流れるお湯は絶妙な温度だった。
衣服を脱ぎ、汚れを洗い流す。
その様子を商人風ゴブリンがちらちらと見ていた。
口角を動かさずに笑みを作ると、やつは慌てて弁明を始めた。
「木が腐らないか気になっただけごぶ!」
「嘘ついても得はしないよ」
「肉に欲情する変態じゃないごぶ!」
まあ、そうなんだろうなって思ってたけど。
ゴブリンにとって、人間は食料だよね。
この世界に来た日――食われた契約兵の姿が脳裏によみがえる。
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