第18話 ジャガボール

「兵士、いるんだ」


 畑のすぐ隣には訓練場があった。

 防具をまとった男女が、汗を散らしながら技を磨いている。


「兵士ではなく、狩人じゃ」


 二人の剣がぶつかり合い、木剣同士がカンッと乾いた音を立てた。まるで真剣勝負の稽古のように、何度も打ち込みと受け流しが繰り返される。


 その横では、村人が的を据えて、弓を射る練習をしていた。


 チフは「狩人」だなんて言ってるけど――これ、どう見ても冒険者だ!

 モンスターを狩り、その肉を食らう。

 この世界の狩猟は、危険だぜ。


「魔法使いっている?」

「人間は魔法が使えないのじゃ。魔力はあるのじゃが、禁止されての」

「女神の嫌がらせ?」


「嫌がらせではないの。古の時代、エルフよりも優れた魔法技術を持っていた、人類は無双していたんじゃ。罰を与えるための世界なのに、人類は苦しむどころか、人生を謳歌おうかしていた。ことに、ぶち切れた女神が呪いを付与したのじゃ」


「どんな呪いなの?」

「魔法を使ったら、死ぬ。呪いじゃ」

「……なるほど。じゃあ、使えないわけじゃないんだ」

「うむ。死ぬから使えないだけじゃな」


 剣士と弓使いが、この村にはいるわけか。狩人の数は八。百くらいいれば、ゴブリン帝国に殴り込みもできたんだけど、この人数じゃ無理だ。


 どれだけ優れた作戦を立てても、返り討ちに合うに決まってる。


「……チフ、前々から思ってたんだけど。ゴブリンごときに、立派な石造りの建造物がひしめく、国なんて作れないと思うんだよ。建築技術なんて皆無だろうし」


「なにが、言いたいのじゃ?」

「ゴブリン帝国って、元々は人間の国だったんじゃないの」

「その通りじゃが、そのことが小春の思惑にどう繋がるのじゃ?」


「古今東西のどんな愚王も賢王も逃げ道くらいは用意する。国が敵の手に落ちたとき、自分と家族を国の外へ出すための秘密の通路があったりするんじゃないかな」


「確かにあるの。吾輩もそのおかげで、助かった」

「チフって元王族なの?」

「違うぞ。姫様の親衛隊長をやっていたのじゃ」


 親衛隊長ってことは騎士で、しかもかなりの手練れだ。

 親衛隊は王族にとって最後の砦だから、精鋭の中から選ばれた、本物の騎士だけが名乗れる役職のはずだ。千差万別だけどね。


 悪く言えば、戦場を知らない精鋭。でもチフの場合は違う。おそらく、泥沼の戦場をくぐり抜けた経験者だ。


 城から逃げるしかない状況になれば、当然戦ったはずだ。

 城内に押し寄せる無数のモンスター。

 そして魔王と相対することも――容易に想像できる。


「秘密の通路を使って、こっそり城に侵入する。そしてゴブリンの王と、その後継者を全員殺す。力さえあれば誰でも王になれる状況にすれば、やがて自滅するはずだ。権力を求めて殺し合うゴブリンたち。


 終わらない内戦で疲弊したところに、宣戦布告」


 今の戦力では、疲弊したゴブリン相手でも戦争はできない。

 人類をまとめて軍を編成する必要がある――そう考える私を、エリーが遮った。


「もっとスマートな方法があるわよ。ヒントは王冠おうかん

「その手があったのじゃ」

「王冠?」


「魔王に忠誠を誓う、見返りに国の長が授かった魔道具が王冠なのじゃ。王冠には、命令を強制する力があっての。


 死ねと命じれば死ぬ。服従しろと命じれば服従する。その命令の効力は使用者が死ぬまで、続く。恐ろしい魔道具なのじゃが、デメリットもあるぞ。


 一度命令したことを取り消すことはできないのじゃ。取り消す場合は、使用者自身が死ぬ必要がある。過去に、王冠によって、国が滅亡したことがあった。不届き者に、死ねと命じたら、すべての国民が自殺する事態に発展したのじゃ」


「大いなる力には、大いなる責任が伴うってやつだね」

「良い言葉じゃな」

「私の世界に、昔からあった格言だよ。とある作品の名言で有名だけど」


「話を戻そうかの。誰に対する命令なのか、分からない場合は全員が対象になる。


 ふとしたときに、言ってしまった何気ない命令で国が滅んだ、出来事の結果。王冠を保有する国の王は常日頃、身につけることをやめたのじゃ。


 厳重に保管して、特別なとき以外持ち出すことはない。もう一つ理由があっての。


 恐ろしいことに、王冠は誰でも身につけ、命令することができるのじゃ。命令の対象は、王冠に刻まれている国名の土地に暮らす住民だけじゃ。


 王冠を他国に取られたら、奴隷同然の扱いを受ける。逆に言えば、王冠さえ手にすれば、意のままに操ることができるのじゃ」


 計画変更。王冠を奪い、ゴブリン帝国をゲットだぜ。

 こちら側には、特殊作戦の経験者アリスと、秘密の通路を知る案内役チフがいる


「王冠を奪って国を乗っ取る」


 私はコッキングハンドルを引き、離す。一発目が薬室に入った。

 メインウェポンはサプレッサー装備のMP7。サブはベレッタM93Rだ。


 スチェッキンはサブのサブ。これは実銃じゃない。

 拓郎から買った中身がおもちゃの銃だ。

 アリスも、実銃のほかに拓郎から買ったマカロフを装備している


「頼もしい。じゃが、夜の森は危険。今夜はゆっくりするべきじゃの」


 チフが夕食の準備を始めた。

 若気の至りを発症しそうになった。はやる気持ちで、「今すぐ乗り込むぞ!」ってなりかけたけど、反省。私はチフの手伝いをすることにした。


 訓練場の近く、キャンプ場の炊事場みたいな場所で、村人が料理をしていた。

 チフはジャガイモの皮を剥いている。


 私とアリスも、あっちの世界から持ってきたシースナイフで皮剥きを手伝った。


「なに作るの?」

「ジャガボールって料理じゃ」


 下ごしらえを終えたジャガイモを、ぐつぐつ煮える鍋へ。

 ほくほくに茹で上がったところで、チフが真ん中をくり抜く。

 そこに溶けたチーズを流し込めば、完成だ


「農作物だけでも驚きなのに、チーズもあるんだ」

「牛乳は簡単に手に入るからの」

「この世界にも牛がいるんだ。もしかして飼育してる?」

「うむ。あそこの小屋じゃ」


 牛舎らしき小屋に入ってみた。

 そこにはミノタウロスの雌と雄が、拘束されている。そうだった。記憶の片隅に追いやっていた、この世界の牛の情報が蘇る。


 想像していた四足歩行の牛じゃない。二足歩行の方だ。

 まさか、牛乳だけじゃなくて肉も食してたりしないよね?

 

「牛は牛でもこれは違う」

「……ボス。村人がさばいてる肉って」


 牛舎らしき小屋の隣に、大きなフックが並んでいた。

 そのひとつにぶら下がっていたのは、人型のなにか。


 それを無表情に捌く村人の姿は、ホラーそのものだ。

 もし、これが牛の肉だとしたら――考えるだけでゾッとする。


「アリス、言葉にしたら食べられなくなるよ」


 調理場では、村人が回転焼き用の器具をくるくる回していた。

 炙られて回っているのは、巨大な肉の塊。たぶん、牛舎にあったあれの肉だ。


 この世界の牛は筋肉むっきむき。筋肉質の肉は堅いって聞くけど、大丈夫かな。顎を酷使するのだけは、勘弁してほしい。


「どうやって捕まえた?」


 アリスの疑問はもっともだ。

 筋肉ムッキムキで、人の二倍はある背丈。熊だって殴られれば即死するそれほどの怪力だ。そんな連中を殺さずに捕まえるなんて、すごい技術だ。


 村人の可能性に心躍ったのに、答えはエリーだった。


「エリーの魔法で眠らせて、捕らえたんじゃ」

「この世界に四足歩行の牛っていないの?」


 あっちの世界の牛の画像を見せて、ちょっと聞いてみた。


「女神が配布してる生き物図鑑にも、載っていないの」


 チフは文庫本サイズの図鑑をペラペラめくる。イラストや名前、そして脅威度が書かれていた。人間も図鑑に載っている。


 脅威度はゴブリンと同じEだ。


 脅威度はEからSSまであり、チフによれば、剣技に優れる獣剣士の上級が何人で、倒せるかを女神が試算して決めているらしい。


 Eは一人、Sは一万、SSは一億。ちなみに魔王はSSだった。


「生き物図鑑私もほしい」

「聖女さまを介して女神から受け取るって流れなのじゃ。文明が崩壊して教会もなくなったからの。今は無理じゃな」

「女神! 生き物図鑑ちょうだい!」


 呼びかけてみたけど、何も起きなかった。


「おぬしは聖女さまではないからの」

「聖女さまじゃないけど、転移者なんだから便宜べんぎはかってくれてもいいじゃん」

「ボス、写真に撮ってまとめる?」

「持つべきものはアリスだね」

「頑張る」


 やる気満々のアリスが図鑑のページを写真に収め、簡易的な電子書籍を作った。

 これで、いつでも確認できる。


「新しいモンスターが、実装は表現がおかしいかもしれないけど。実装されたときは古い図鑑を破棄して、新しい図鑑を貰うの?」


「その必要はないぞ。図鑑に真っ白なページがいくつかあるんじゃが、そこに自動で追記されるのじゃ。文明が崩壊後に二十追記されたの」


「紙の本なのに電子書籍の利点を持ってるって最高じゃん。あっちの世界の科学じゃ絶対に不可能な便利機能だ。魔法が恨めしいよ」


 食堂とは名ばかりの、テーブルと椅子が置いてあるだけのフードコートのような場所へ移動する。村人たちはチフに木札を渡して、席に座った。


「木札と引き換えにご飯が食べられるルールなのじゃ」


 木札をじっと見てたら、チフが説明を始めた。

 木札が労働の報酬らしい。子供は条件なしで、手に入るんだって。

 子供は勉強が仕事がこの村でも常識だ。


「いただきます」


 ジャガイモの皮剥きで木札をもらった私とアリスも、食卓の席に着く。

 手を合わせて、いただきます。


 食卓には料理と取り皿が並んでいる。チフ以外の村人はフォークとスプーン、チフの前には箸が置かれていた。獣人って日本的な文化なのかな。


「それはなんじゃ?」

「食物に感謝する行為がいただきますだよ」

「おぬしの世界の食前の祈りがいただきますなのじゃな」


 チフと村人が手を重ね、目を閉じる。声に出さず、各々が心の中で祈る。

 その祈りを邪魔する、不届き者が現れた。


 祈りの先にいるのは女神か、それとも――別の存在か。


「あたしのご飯はどこにあるのよ」

「用意してないぞ」

「あたしだけ飯抜きっておかしいでしょ!」

「働かざる者食うべからずじゃからの」


 エリーは飴の味覚を楽しみつつ、子供たちと遊び回っていた。


「ひどいわ!」

「風呂に湯を入れるか食べないか好きな方を選ぶのじゃ」

「腹ぺこなのに、魔力まで枯渇こかつしちゃったら倒れるわよ!」


 文句を言いつつも、エリーは風呂にお湯を注いだ。

 村には、洞窟の地面を掘って作った大きな湯船がある。いっぱいにするには、かなりの湯が必要だ。消費する魔力も膨大だ。


 エリーは必死の形相ぎょうそうで、どばどばと湯を生成する。


「チーズうま!」


 ちょっと酸味のあるミルクで作ったチーズは摩訶不思議だけど、強烈な旨味がある。ほくほくのジャガイモに絡めてもぐもぐ――うまい。


 牛乳は調味料にも使えるって言ってたっけ。興味が尽きないミルクだ


「肉もあるからの。遠慮せずにいっぱい食べるのじゃ」


 いわゆるマンガ肉を、チフが私の皿にどんっと置いた。


「……」

「ボス、味は最高」


 戦場の食事を経験しているアリスは、平然とマンガ肉を頬張る。


「ちょっと堅いけど、うめぇなこれ」


 生の肉は少し臭みがあったけど、焼いたら全然気にならない。

 ハーブが効いたマンガ肉はめっちゃうまい!

 定期的に食べたいと思っちゃうな。


「お、終わったわ。はやく食わせなさいよ」


 げっそりしたエリーが飯を催促さいそくする。

 あらかじめ用意していた、ジャガボールと肉が山盛りの皿を、チフが持ってきた。


「ゆっくり食べるんじゃぞ」

「労働の後の飯は最高よ! うまいわ!」


 忠告なんてお構いなしに、エリーがガツガツと飯をかき込む。


「風呂の時間じゃ」


 エリーを食卓に残して、湯船へ移動する。

 後ろから、ゴホッと咳き込む声が聞こえた。

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