第17話 鉄の数値
繁華街の雑居ビルに到着だ。
エレベーター前には、銃器が詰まったボストンバッグが置かれている。
アリスがそれをさっと背負った。
エレベーターに乗り込んで、いざ異世界へ――!
「一年ぶりじゃな」
アリスも私も、ほっと息をつく。
「久しぶり、村長。いきなりで、悪いんだけど。村の案内を頼めるかな?」
「もちろんじゃ。前回は女神の登場で、できなかったからの」
「ありがとう。あ、これお土産。みんなで、食べてください」
どら焼きに
日本のお菓子の味が異世界でも通用するか確かめたかったんだよね。村人たちが美味しそうに頬張っている。物々交換にも使えそうだ。
「うまい! 百年ぶりの甘味は最高じゃ!」
「……村長。その見た目で、百歳超えてるとか言わないよね?」
チフがぽんと手を叩く。
「おぬしには言ってなかったの。獣人は長命なのじゃ」
獣人ってやっぱり長命なんだ。
「年下かと思って、失礼な態度をとってしまいました。お許しください」
「構わぬ。気さくに接してくれたほうが吾輩は嬉しいのじゃ」
「
猫耳ははっきり見えるのに、尻尾は見えない。
「もちろんじゃ。普段は隠しているんじゃが、興味があるのなら、見せるぞ」
私は興奮気味にこくこくと頷く。チフの服のお尻の少し上あたりに切れ込みがあり、そこから尻尾がぴょこんと顔を出す。衝動を抑えられなかった。
「たまんねぇうへへうへへへへ」
無意識にチフの尻尾をもふもふしてしまった。よしよししたり、すりすりしたり、やりたい放題だ。あまりにも失礼な行為に、村人たちは唖然とする。
チフも少し嫌そうな顔をしていた。
ダメだって分かってるのに、体が勝手に動いちゃう。
可愛すぎて、もふもふせずにはいられない。
嫌そうにしつつ、頬は高揚してぴくぴく反応してるチフ――最高だぜ。
「ボス、失礼」
アリスが私をチフから引き離した。癒やしを奪われた体は、無意識にじたばたと暴れる。リアルの尻尾やばい。可愛すぎて尊死しそう。
「助かったのじゃ」
「アリス、離してください」
恐怖でつい敬語になっちゃった。
むすぅっとしてるアリスが、めっちゃ怖い。
それでも私はチフの尻尾に手を伸ばす。指先がぎりぎり、届きそう。
「ダメ。ボスはエリーの膨らみもそうだけど、触りすぎ」
頬を膨らませたアリスが背後から首を絞めてきた。苦しい。
慌ててタップして「ゆるして」って意思表示したら、技が外れた。
死ぬかと思った。
まだちょっと怒ってるアリスを引き連れて、村をぐるっと巡る。
洞窟の壁沿いには簡易テントが並び、村人の居住区になっている。
少し進むと立派な小屋が見えた。
看板にはトンカチのイラスト――たぶん鍛冶屋だ。
素材ってどうしてるんだろう。モンスターから鉄を採取できるのかな?
ゲームみたいにモンスターから素材を集めるの、ずっと憧れてたんだよね。
「勇者さま。素材さえあればどんな武器でも防具でも作りますぜ」
鍛冶屋の店主が店先で私を呼び止める。
「ボス、弾は有限。いい関係を築くべき」
剣を鍛える技術があれば、銃弾も作れるかも。
個人で銃弾を作る道具一式はアリスの部屋にあるし、次の機会にそれを異世界に持ち込めば、私とアリスが使う銃弾くらいは自前で用意できる希望が見えた。
ゼロから作る銃弾じゃなくて、リサイクル方式だね。空薬莢を回収して、そこから弾を補えるようにするって流れかな。
入店してみた。壁に剣や槍――地球で言う中世の武器がずらりと並んでいる。
日本刀や魔法の武器はないね。
短剣はにんじん十個、長剣はにんじん五十個で売られている。
どうやらこの村には通貨がなく、物々交換が基本らしい。
一番高価なのは鋼鉄の鎧だ。看板には米俵のイラストと「一」の数字が描かれている。多分、米一俵と交換できるってことなんだろうね。
「素材って、どこで入手すればいいんですか?」
「エルフから買うんだよ」
「エリーが売ってるの?」
「そうだ」
「エリー。大変な仕事やってたんだ。つるはし使って、採取は腕が悲鳴を上げるし、火の魔法が使えても、炉で溶かして、鉄を取り出すのって重労働でしょ」
「どうして、あたしが労働者やらなきゃいけないのよ」
「鉄って、鉄鉱石と岩石を熱で、ドロドロにして作るはずなんだけど」
「それは人間のやり方。あたしはもっとスマートにできるの」
知ってる。
エリーは人間みたいに苦労せずに、金属を生成できるんだよね。
モンスターから素材を採取するほうが、冒険者っぽくて楽しいのにさ。
鉄の球体――しかも空洞の球体を魔法で作れるって知ってたけど、信じたくない気持ちもあった。だってズルいじゃん!
ノーコストで金属を生み出せるだけじゃなく、加工までお手のものなんて、あっちの世界からしたら卑怯すぎるよ。
エリーが詠唱する。ちょっと待って、こんなの反則だよ!
一メートル四方の鉄の塊が突然出現する。
鉄を生み出せるってことは、金も作れちゃうってことだよね。
「エリー、これ出せる?」
私は金塊の写真を見せる。
欲望は「来い」って言ってるのに、理性は「来るな」って叫んでる。
もし金を無尽蔵に生み出せるのなら――殺したほうが、世のため、人のためだ。
「金の数値は知らないわ。女神、教えてくれなかったし」
「ちなみに鉄の数値ってなに?」
「二十六」
一瞬、「鬼畜女神も優しいところあるじゃん」って思ったのに。
生成に必要な数値が中学生でも分かるの、世知辛いな。
もし私が頭ゆるゆるの悪人だったら――金をじゃんじゃん作って、市場に湯水のように流してやるぜ、なんてやってたかも。
短期じゃなくて、長期で。
塵も積もれば山となる理論で、市場はぶっ壊れる。
「原子番号で、いいんだ。ガバガバ設定じゃん。七十九だよ」
エリーが詠唱する。金塊が出現だ。
女神が教えなかったのは、社会が崩壊するからでしょ。
金を生み出せたら貨幣の価値はゼロになる。
なのに、どうしてこんな簡単な数値になってるの? バカなのかな。
魔王を作って文明を壊すくらいだし、驚くことでもないか。
原子番号さえ分かれば、タングステンも生成できそう。
僕が考えた最強の弾丸も作れるな。
対人には向かないけど、皮膚が硬いモンスターには有効だ。
巨大な狼も、皮膚すら破れなかったんだから。
「すごいわ! これで、あたし大金持ち!」
「あっちの世界で、金を生成しちゃダメだよ。金の価値が暴落して大混乱だ」
「そんなことしないわよ?」
「ボス、やる気満々」
「エリー。治癒魔法って使えたりする?」
「もちろんよ。あたしくらいの手練れになればちょん切れた手足だって元通りよ」
「アリス。打ち首にして、晒し首だ」
「了解」
私はエリーを無理やり四つん這いにさせる。
背中をぐいぐい押し上げて、抵抗するエリー。
バフなしならパワーは私の方が上だ。
エリーは身体強化の魔法を発動しようとするけど、チフが手首を掴み、魔力を乱して止める。魔力が揺らぎ、焦るエリーの顔に緊張が走る。
アリスが逃げられないエリーに近づくと、軍時代から使っている大型のサバイバルナイフを抜いた。なんとなく、血を吸っていそうな雰囲気が漂う。
「やらないから! 首ちょんぱだけはやめて! ほんとに死んじゃうから!」
少し切れたけど、サバイバルナイフはぎりぎりのところで止まる。血がつぅーっとエリーの首を伝い、青ざめたエリーが生を実感する。
「治癒魔法で頭を生やせないの? 頭が作り変わったら、性格も変わるんじゃないかなって期待してたんだけど」
エリーを押さえ込む手を緩める。
死んだ人間が蘇る奇跡は、魔法でも無理みたい。
「生えるわけないでしょ! バカじゃないの! そもそもどうやって詠唱するのよ」
「痛みを感じない速度で切断すれば、三秒くらいは喋れるんだよ。若頭がそうだったでしょ? アリスの腕なら失敗はないからね」
「ボス、本気だった?」
私は首を横に振った。アリスなら意図を汲んでくれると思っていたよ。
解放されたエリーは、チフの後ろに身を隠す。
「異世界系って
「ドッキリ大成功」
アリスがネタばらしをした。
急なドッキリだったから、看板は用意してない。
「ドッキリってなによ!」
「エリーにただ質問するだけなんて、つまらないじゃん」
「答えになってないわ! ドッキリってなんなのよ!」
「驚かせてその反応を楽しむのがドッキリだよ」
「あたしの首から血が流れてるんですけど! 驚かすだけなら切る必要ないでしょ! すごく怖かったんだからね!」
「事故。ナイフ振り下ろす直前で、ボスの意図が分かった」
「……直前までドッキリだと知らなかったってことよね?」
「そう」
エリーの力が抜けた。
へなへなと崩れ落ち、洞窟の天井をぼんやり見上げる。
「エリー、ごめん」
エリーの口から魂がひょっこり顔を出している。やばい、押し戻さないと……あっちの世界で一番売れてる棒付きキャンディで、ぐいっと押し戻す。
「あまーいわ! こんなに美味しい砂糖菓子初めて食べたわ」
エリーはピンが外れた手榴弾だ。
爆発しないよう、レバーを必死に押さえつつ、一緒にいる気分になる。
アメリカ陸軍の教科書にはこう書いてある。「ピンを抜いた瞬間から、手榴弾は我々の仲間ではありません」ピンを再び戻せる日が待ち遠しいよ。
「ボス。洞窟の中に、太陽がある……違う。マグマの球体」
洞窟の中に田畑が広がっていた。
作物を暖めるのは、浮かぶマグマの球体から伝わる熱。栄養を与えるのは、
「あっちの世界よりも農業、優れてるんじゃないの?」
「でもボス、米が黒い」
田んぼは二つ。
一つは水が張られた水田、もう一つは乾燥させた乾田。実っているのは小麦と米。田んぼで小麦と米を同時に育てるの、初めて見たよ。
小麦はあっちの世界と変わらない見た目だけど、米が黒い。古代米だ。
栄養価は高いけど、白米と比べると味は劣る。
「今度、白米の苗をあっちの世界から持ってこようかな」
「ボス、サツマイモが実ってる。洞窟暮らしなのに、食べ物が豊富」
文明が崩壊してるとは思えない光景だ。
畑にはサツマイモとジャガイモがずらりと並んで、収穫を待っている。
「品種改良してるっぽいんだけど……これ紅はるか、だよね」
紅はるかは糖度が高くてねっとりとした食感と甘みが特徴のサツマイモだ。焼き芋にするとめっちゃうまい。人類の英知の結晶だ。
「おぬしの世界にもサツマイモがあるんじゃな」
「あるって言うかたぶん、あっちの世界の苗を女神が持ってきた疑いが生まれた」
「伝承では古の時代に女神から与されたとあるぞ」
古ってことは、少なくとも千年前ってことだよね。
紅はるかが品種登録されたのは十年前くらいだから、どういうこと?
時間の流れが異世界の方が爆速ってわけでもないはず。こっちから日本に戻ったときも一年後だったし、逆に日本からこっちに来たときも一年後。
どう考えても古の時代からあったなんてあり得ない。
でも、あるって事実は変わらないし……うーん、だ。
「品種改良ってものすごく時間がかかるし費用も莫大なのに、その結果だけ持って来てんな。米も与されたの?」
「そうじゃな。世界のはじまりからあるぞ」
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