20話➤初めての贈り物
「キューン、キュッキュッキューン」
リビングのテーブル上で鳴き声を上げながら歩き回る1匹のドラゴン。
ついさっきまでは大人しく眠っていたにも関わらず、空腹で目を覚ましたようだ。
「キューンだけじゃわかんないよ」
私がそう言いながら頭を撫でると、嬉しそうにじゃれついてくる姿は可愛いの一言に尽きる。
「キュキュキュ」
「ドラゴンの赤ちゃんは何をご所望ですか」
「キュー」
「……ふふふ。本当、何言ってるかわかんないや。あの時、私に話し掛けてきたのは君じゃないの?」
「キューン?」
私が首を傾げると、同じように首を傾げる姿を見ながら私はふと考え込んだ。
――この子の親は偉大なるドラゴン。そしてドラゴン側、人間側にも加担しなかったとゼプスは言っていた。つまり、この子が誕生した真の意味……、もしかするとソアレさんは、昔と同じようなドラゴンと人間が共存する世界を取り戻したいのかな……。って、わかりもしない事を考えたって仕方ないよね……。
じゃれついてくるドラゴンを撫でていると、屋敷の扉が開くと同時にゼプスの声が聞こえてきた。
「モモ~、帰ったぞ」
「はぁ~い」
本当の家族になったみたいだね、とドラゴンに言うと目を丸くして私を見つめていたが、そのまま何も無かったかのように私の肩へと飛び乗り、一緒にゼプスのお迎えをしに向かった。
「ゼプス、おかえり」
「キュキュッ!」
出迎えた私たちを見たゼプスも、さっきのドラゴンと同じように目を丸くしていた。
「……すっかり仲良しだな」
「へへへ……なんか懐かれちゃったみたい」
「この私には心を開いてくれぬのに……」
ドラゴンを凝視するようにゼプスが顔を覗き込むと、威嚇するような仕草でゼプスを睨みつけていた。
「何がそんなに気に食わないんだ……せっかくお主でも口にできるように小魚などを釣ってきたというのに」
ゼプスが手にしていたバケツには小さな魚やエビらしき生き物が何匹も泳いでいた。それを見たドラゴンの瞳はキラキラと輝いているように見えた。
「たくさん捕ってきて来てくれたんだ。ありがとう」
――すり潰したら食べやすくなるだろうし、きっと食べてくれるよね。
そう思った私は、ゼプスからバケツを受け取るな否や、キッチンへと急ぎ足で向かった。
「あ、こらモモ!」
後ろからゼプスの声が聞こえてきたが、私は振り返ることすらせずにその場を立ち去った。
*****~
バケツに入っている小魚を眺め調理方法を考えこんでいると、ゆったりとした足取りでゼプスがキッチンへと入ってきた。
「はあぁ……」
「ちょっと……そんな大きなため息吐きながら来ないでよ」
「そんなの……吐きたくもなるだろう。モモにはろくでもない扱いを受けるし、チビには相手されないし……さすがに私だって凹むさ」
しょぼくれたゼプスを初めて見た私は、胸がほんのり温まる不思議な感覚を覚えた。
「モモ。顔がニヤけているぞ」
「嘘っ!?」
「……冗談だ」
呆れたように笑いながらゼプスは椅子へと腰かけた。
バケツの中の小魚を掴み、水洗いした後に沸騰した鍋へと放り込みながら、私はふとゼプスの言葉を思い返していた。
「さっき言ったチビって……もしかしてこの子のこと?」
「そうだ。他にいないだろう……」
――チビって……見たまんまじゃんね……。にしても、名前かぁ……。
考え事をしながら煮詰めていた小魚を細かくすり潰していると、その様子を見ていたゼプスがおろおろとしながら声をかけてきた。
「おいモモ!……モ~モ!」
「え?……呼んだ?」
「今はこいつの餌を作るのに集中しろ!呼びかけても上の空で、何考えてるかわからんままだと余計な心配をする」
「ごめん……。ちょっと考え事してた」
「はぁ……。大方、このチビ絡みだろうよ」
「なんでわかったの!?」
「なんとなくだ!」
すり潰して出来上がったものをドラゴンが食べやすいように小さく丸めていると、ドラゴンが肩からテーブルへと移動する仕草を見せた。
「腹ペコだったんだね。はい、どうぞ……。お口に合うかな……」
「キュッ」
小さなすり身団子をパクリと食べたドラゴン。もぐもぐする反応をまじまじと見ていると……。
「キュキュキュ、キューン」
食べ終わった途端機嫌よく鳴き声を上げたため、私は胸を撫で下ろすことができた。
「良かったぁ……。ゼプス、食べてくれたよぉ」
「そうだな」
「っていうか、乳しか飲まない、って言ったのあれは嘘なの?」
「ははは。まぁ嘘でないことは確かだ。母親の乳には栄養分が豊富に含まれているからいいんだが、母親がいないドラゴンたちはこうしてすり身を与えていたのもまた事実」
「……ふ~ん」
食べるのに夢中になっているドラゴンを見て、ふと頭に思い浮かんだ言葉があった。
「……キュプレ」
「ん?なんと言った?」
「あぁ……なんとなく頭に思い浮かんだの。……この子の名前」
「キュー?」
「そう、その鳴き声とソアレさんの思いも込めて……あなたの名前はキュプレ」
「キュキュキュキュ!」
嬉しそうにはしゃぐ姿からお気に召した様子であり、私は初めての贈り物として名を与えたことに一安心した。
「キュプレか……響きもいいな。私はチビでも良かったのだが……」
ゼプスがそう言うと、キュプレは怒ったような表情でゼプスを睨みつけていた。
「チビはさすがに嫌だよね」
「キュッ!」
「これからよろしくね。キュプレ」
「キュー」
2人と1匹の共同生活がこうして始まりを告げた――。
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