1話➤異世界への異動は希望していない!
幼い頃からの夢だった看護師となり、新人時代には先輩看護師にしごかれ一時は辞めたいとも思っていた私も、今では
「そう言えば先輩って、今年で看護師何年目になるんですか?」
「う~んっと……8年。ええぇっ!?もう8年!?」
「いや……自分で言っといてなんで驚くんですか」
「時が経つのは早いよぉ……」
休憩室でお手製の弁当を食べながら談笑していると、また1人同僚が休憩室へと入ってきた。
「相変わらず美味しそうなお弁当だこと」
人の弁当をまじまじと見ながら隣に座る主任看護師。
「そういう主任は、いつも通りのコンビニメニューですか」
「そうねぇ……。誰か作ってくれる人がいるといいんだけど……」
「なんでこっちを見るんですか?」
「……べぇつにぃ。料理ができて面倒見がいい人、どこかに落ちてないかなぁ」
「ははは……さすがに落ちてはないでしょうよ」
医療現場の恋愛事情は両極端だ。若くして寿退職する人もいる一方で、独身生活を全うする人がいる。
今の私はまさしく後者への道まっしぐらだ……。
「私、ボーイッシュな先輩も素敵だと思うんですけど、ガーリー路線に行ってもいいんじゃないですか?」
「ガーリーねぇ……」
――いつからだろうか……。看護学生時代は髪を切りに行く時間すらなく、伸びっぱなしだったような……。就職前にばっさりと切って以降、ずっと同じヘアスタイルで過ごしてきたかも……。
「先輩もこのままだと独り身のまま30代に突入ですよぉ……って、お~い……先輩~聞いてますかぁ」
「自分の世界に行ってしまったねぇ」
こうして過酷な職場での憩いの時間は終わり、いつものように怒涛の時間がまた始まった。
最近では後輩育成も頼まれるようになり、業務終了後にナースステーションの隅っこに移動し、黙々とスケジュール管理や今後の課題抽出などを行う日々……。
病棟内で家族の面会時間終了のメロディーが流れ、また1人そしてまた1人と同僚が帰宅するのを見送り、消灯時間となる頃にようやく帰宅できる目処が経つ……。
「責任感が強いのはわかるけど、身体を壊したら意味ないんだからね!」
夜勤中の先輩看護師にお灸を据えられた私は、苦笑いしながら病院を後にした。
建物の明かりが邪魔をするも、夜空には満点の星が光輝いていた。その光景をぼんやりと見ていると、キラキラキラっと流れ星が見えた。
――これは願いごとをするチャンス!
私は目を閉じ、願い事をした。
『いつの日か、私の力を必要とする所へ異動できますように……』
星に願った瞬間、私の身体は光のベールに包まれていた。
――ちょっ……これはどういうこと!?
状況がわからないまま……私は異世界へと異動させられたのだった。
*****~
眩しさが落ち着き、ようやく目を開けられるようになると、あちらこちらから聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「これは一体どいうことだ」
「何かの間違いではないのか」
「我々魔導師の魔力の全てを注いだにも関わらず、なんということだ」
「今までこんなことにはならなかったのに……この期に及んでどうして」
――この人たちは一体何を言ってるの?
状況を把握できないでいると、私を取り巻く光が薄れはじめ、足元に広がっていた見たことのない模様も消えていった。ふと顔を上げ辺りを見渡すと、手に木の棒を持ち頭まで深々と黒色のマントを被った人たちが私を取り囲み、見定めるような視線を向けていた。
「あの……」
置かれている状況を聞こうと口を開いた途端、コツコツと木の棒を床に打ち付け、ガヤを静止するように1人の年老いた人が姿を現した。
「静まりたまえ!」
一声かけただけでその場にいた全員が声を抑え、静まり返った中で老人の様子を伺っていた。
「我々は魔導師としてこの国にお仕えしている者です。訳あって召喚の儀を執り行ったところ、あなた様が我々の元に現れた次第でございます。我々……いえ、この国のためにご尽力いただきたい」
深々と頭を下げた老人に続くように、私を取り囲んだ人たちも頭を下げた。
――尽力といっても、私には何の力もないんだけどなぁ……。
「どうか頭を上げてください」
とりあえず頭を下げられたままだと居心地が悪いと判断した私は、この場にいる全員へ聞こえるように声を張った。
「大変申し上げにくいのですが、尽力と言いましても具体的に何をすればいいのでしょうか」
「この国で治癒師として働く者たちに"女神の加護"をお願いしたい。そなたはそのために召喚されたのだ」
一際力強い声とともに私に近付いて来たのは、上下ともに白を基調とした騎士服を身に纏った凛々しい姿の青年だった。
――漫画で出てきそうな王子様キャラっ感じがする……。偉い人なのかな……?というか、"女神の加護"ってなんぞ?私にそんな力があるわけないじゃん!
「何かの間違いではないでしょうか」
「どういう……ことだろうか」
さっきまでとは明らかに違う態度……言うなれば動揺しているのを気にも止めず、私は話を続けた。
「私には今の状況がさっぱりわかりません。それに"女神の加護"と言われましても、そんな力は持っておりません。どうぞ他を当たって下さいませ」
「なっ……、"女神の加護"を持っていない……だと!?」
ヒソヒソとした話し声があちらこちらから聞こえてきた。
「見るからに持ち合わせていないだろう」
「"女神の加護"を持ち合わせているのであれば、あのようなみすぼらしい格好などしておらんだろ」
「左様……。見たこともない格好な上に、容姿が幼過ぎる」
私を見る目は先程までとは明らかに違った。
横目で人の事を睨み付けながらヒソヒソと話し込む姿に、私は不安と恐怖を覚えた。
――この状況、まるで蛇に睨まれた蛙……。というか、こっちは何にも悪くないのに、どうして私が悪いみたいな雰囲気になってんのよ!
「あのっ!元いた場所に帰して下さい」
ヒソヒソ声に負けまいと、私は声を張り上げた。
「それはできません」
騎士服を来た青年が俯いたまま言い放った。
――できない……!?勝手に召喚して帰せないって……。そんな事ある?そんなのまるで……
「我々は、召喚することはできても元の世界に戻す術を持ち合わせておりません」
「そんな……」
「そもそも、なぜ貴様みたいな奴が召喚されたのだ!」
魔導師らしき人が声を荒げるように言った。
――えっ?いきなり酷い言われようなんですけど……。
孤独、不安、恐怖……それらを抑えて私にはある感情が沸々と沸き上がってきた。
「勝手に呼び寄せたのはそちらでしょう!私のどこに非があるというのですか!あたかも私が悪いような言い方をされて、挙げ句私の人生を踏みにじるなんて……許せるわけないでしょう!」
怒り、という感情のままに思いの丈を述べた私には、後悔など一切なかった。
息を切らしながら周囲の反応を伺っていると、その場にいたほとんどの人が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます