初恋と復讐
「俺の昇格人事。人質の任を終えてからでは……その後では駄目でしょうか?」
論功行賞で正式な少将昇格に……待ったをかけたのは、意外にもアッシュ・アスモデウス大佐。
上司、同僚から止められる事すら珍しいのに、おそらく本人が止めるのは史上初であろう。
まぁ、理由は将官服と支度品が間に合わなかったというだけの話だが。
前者は妻となる女性に頼みたかった事もあり、後者は金もとある女の生活費に消えていた……彼の弁護をさせてもらえるなら一応部下にはキッチリと給金を払っていた。
何なら遺族年金は手厚かったし、ボーナスももらえた。と資料にも残されている。
それで良くアスモデウス家もったな。と言われれば……まぁ、血縁のコネと先祖の財産
更に言えば本人は趣味が特に無いこともあり、もっと言えば交友関係が薄く出費も限りなく少ない。
彼のキャラクターは旧文明や治世で言えば、陰どころか無であろう。
そんな論功行賞で、行った前代未聞の行為が揺らすのは世間体。
「アホが!馬鹿が!マヌケが!恥知らずが!良家の娘から縁談が来なくなるだろうが!ハハン分かったそういう策略か!!恥知らずが!!!どうして!どうして人に自慢できる存在にならない!!頭がおかしいのか?世間様をねじ伏せる気概は無いのか!!!」
当然叔母からすこぶる怒鳴られ、なじられたが……アッシュは歯を食いしばって耐えた。
自分の後見人をしてくれた女性を、結局笑顔にする事ができなかった自分を恥じているため。
軍属と兵役は一時的に終わる。
苦役から開放され、理由も分からずしっかりと着飾った彼は今念願の東亜皇国にいた。
不吉な事を暗示するかのようにボタンが一つ……まぁ袖口のめだたない部分故、そのままポケットの中へ。
無論人質の一年契約。
帰ったら、領土替えという鬼畜イベントを自分がこなせるか……という不安が襲う。
一応住み慣れた場所が用意され、約束の少女には会わせて貰えるようなので彼は一安心。
「ははは、コイツは驚いた。五摂家が一つ近衛の姓に仕えた……武芸者たる空閑家は今じゃ借り家住まいって訳か?」
悲しい事に久々の生家は他者に奪われていた。
事実、管理をする女中がいるだけなのでご自由にと言われた。時は驚いたモノである。
無論完全な自由等人質の身ゆえにあるわけ無いのだが……まぁ例外がいるのだがそれは別の話。
事実、目の前に立つ小男は、自分より遥かに強い。とアッシュに確信をもたせる。
逆に言えば弱かった彼はここまで強く成長したのだ。
対策をしないと面倒だ。と思われる程に……
が、その程度と判断されている事でもある。
「全く、普通の神経しているならイビルディア帝国で軍人続けた方が稼げるだろうに?少将まで行ったんだろ?えっ一応まだ大佐なの?一年無駄にする生き方……私には理解できない生き方だね。まぁ東亜皇国に来るなり因縁ある名家の坊っちゃん達を、キッチリ殺すところにだけは賞賛するけどね。」
幼馴染と俺の人生を壊したので惨たらしく殺しました。という少年の言葉は、途中で目の前に立つ小男が平然と背中を向けた。という事実一つで圧倒的な格の差は伝わった。
それは背後を取られても負けない。という自信の現れ。
「まあまあ、どこに行っても居場所が無いって、気持ちは俺と
(ファッ!同年代に対して、手も足も出ないと思わされたのは……幼い頃以来。っかおかしいねぇ強さが全く見えないんだけど?)
嫌味を言い続ける成長障害を患っている小男に話しかけるは……叔父上レベルのガタイしているなと思わせるはガザール人と東亜人のハーフである麒麟児。
後に血の繋がっていない従兄弟?とよんでいいかは諸説アリの運命等、この時の二人は、わりかし近い未来等知らないが故にすれ違う。
まぁ、それらこれらは置いといて。
「はぁ、俺も帰ってきてそうそう。真実の愛を見せられるとは思ってなかったですよ。
混血児の脳内によぎるは、武力か暴力に、よって完全に壊された父と、それを甲斐甲斐しく嬉しそうに世話する継母。
どうやら二人の血を継ぐ腹違いの弟達は、親の生活を世話する甲斐性も気概も無いらしい。
二人はオンボロな借り家で……労役を一馬力でこなす女だけは、キラキラと輝く笑顔で幸せそうに暮らしていた。
ハッキリ言って彼は、この瞬間大嫌いだった継母に対する評価を改める。
虐待の日々を許す気は一切無いが……それでも、スゲー人だな。と賞賛が口から漏れ出た。
ところでそれは嫌味かい?空閑天満君。と、どんな部位鍛錬をすれば……そんなエゲツない指になるんだ。と思わせるは父の敵となった鳳凰。
「俺はアッシュ・アスモデウスです。それ以外の名前はありません。」
ふーんイキがるね。と、先の展開を予想しているであろう生暖かい目は、当然無視された。
一翔に案内されるのは……嫌がらせか、運命か初恋の場。
碌な思い出じゃない事もあり、最悪なんだけど。という言葉は無理もなく。
また息をのむのも無理は無かった。
求めるモノを目指すなら運命なんて仕組むモノだから。
それなりの年数、一番見た目が大きく変わる時期に離れていた故……今の彼女を見ていなかった。知ろうとすらしなかった。
女と男とは……性差で身体はここまで違うくなるのかと……
己が成長しておいて、相手が成長しない等……異性間ですら相手をナめていた証明。
ただ不思議と何故か、分かってしまうのは……彼の脳が名前をつけて個別に保存する方式か?はたまた次の恋ができず上書きできなかっただけか?
「久しぶりだね天満。」
事実そこには己が名前を呼ぶ、しっかりと着飾った少女。
久遠が持つ唯一無二の望みは……覆水を盆に返す事。
そのためなら何でもヤル所存でこの場に立っている。
勿論忌まわしき過去のせいか、女の命たる顔には右半分の仮面、左側は自信があるのか……いや一度落としている事実のせいか薄い化粧すらしていない。
その裏側が崩壊している事等、何ならソレを見られているにも関わらず、何故か一度袖にした雄の前へ……そこには何らかの感情が隠されているであろう。
正された姿勢に、その振る舞いに、過去を忘れたのか?あんな酷い事しておいて!とアッシュが言いたくなるのは……罪であろうか?
約束は会って少し話すだけ、それにも関わらず着飾って見合いの様に振る舞うのは、そう思われても仕方ない事である。
「随分とアッシュ・アスモデウス大佐の仮面は脆いようだね……まぁ、生来の名で呼ばれた方が嬉しいだろうしな。初恋を引きずると碌な人生にならないよ。」
二つの名前で呼ばれた少年へ嫌味が返され、じゃあ後は若いお二人で。と小男は空気をよんで消えた。
別に一翔が気を使う必要等一切無い!
何ならここは暴力という合法的な手段で得た、鳳の正当な領地である。
ただ双方着飾っている以上、言葉より先に行動にでている以上……推し進めてやりたくなるのが年長者。
凄〜く背伸びたんだね。と普通の状況なら、ただ運命に距離を引き裂かれただけなら……少年が歓喜の色を浮かべる言葉。が!忌まわしき過去のある彼は帝国軍人の仮面を被り直し、適当な場所に座ると久遠の言葉を無視し、言いたい事を口にする。
「アッシュ・アスモデウス!それが俺の名前だ。全く近衛の爺さんと婚約者から見捨てられたお前に、誰が金を……」
「待って!お金の話なら先にお礼を言わせてください!本当にありがとう。援助の話が来た時凄く嬉しかった。だから何度もお礼の手紙を書いた。金や宝石が届くたび書いたのに……結局一回も返してくれなかったね。」
少年の言葉を遮り、三つ指をつく少女の姿が……どうしても嘘っぽくきな臭く見えるのは過去のせいか?真実だからか?
それともアッシュの心が、現世の厳しさに擦り切れてしまったせいか。
そろそろ頭上げてもいい?という凄く図々しい確認を、コイツ変わんねぇな。と昔を懐かしみながらも……可愛いと思ってしまった事に彼は嫌悪感。
これは弱かった自分と決別するための儀式。
ここで初恋を終わらせ似たような見た目の女性を、何のシガラミも無い関係の女性を探そうとしていた事もあり、彼はこの場を去ろうと……うん?とトンデモなく引っかかる部分が少年にはあった。どうしても確認がしたくなった。
そう思った時点で敗北ルート。
「えっ、手紙なんて知らないんだけど……そもそも先に裏切ったのはお前じゃないか!あの時俺がどんな気持ちだっ……」
立ち止まったアッシュの解答に割り込み、絶対書いた!終わった過去を責めないでよ。何度も清書して一番綺麗な自信作を出したのに!本当にイジワル!と隙を見つけ付け込むは反面のモノ。
徹底的な準備と用意を積み重ねし久遠は気づいていた……目の前に立つ少年が身体だけデカくなったが、中身はまごう事なく弱者のままで成長していないと。
女の勘は、たまに入ってくる情報と過去の経験によって保管されていた。
昔馴染みに生活費を出す。それは何故?
見た目通り、中身も成長していたなら、そもそもそれなりの実績ある強者になっているならば……普通の男は今隣にいる女を喜ばすため金も時も使う。
そもそも妻どころか、彼女がいるならば……私への支援は真っ先に打ち切られる。と久遠は考えた。何なら自分は真っ先にそれをさせると。
だが、そうは成らなかった。無論前部分だけだが……少女の口元は右側だけ器用に上がった。
勝ちを確信した訳では無い、ただ準備したかいがあったため。
事実久遠は顔を会わせた瞬間、久しぶりだねサヨウナラ。の取り付く島なし最速パターンや、そろそろ時間だ楽しかったよバイバイ。の次を期待させて何も無いパターンから、彼の子供がお腹にいるの。というヒステリック沸き立つ憎悪パターンまでシミュレーション済み。
もしそうなっていれば付け入る隙等存在しない。が、運良くそうも成らなかった。
べつの男に乗り換えた本能の奴隷に、わざわざ会いに来る理由はな〜に?
答えは未練があるからと冷静に判断……没落しようが、ラヴァオン人とのハーフであろうが久遠は貴族の令嬢。
故に、あくせく働くくらいなら恥も外聞も過去すら無視して、名家の配偶者を求めた。……これ以上の良縁は顔に傷がある都合狙えない故。
もっと言えば、崩れた顔を見せないためにも……家庭に入り趣味兼自信がある裁縫と、仕送り生活のおかげで身についたと過信する金銭感覚で……それなりの広さがあるアスモデウス領の管理をしたいと無謀な事を思っている。
(あぁ、本当外食ばかりだと貯金できないから自炊を始めて、安い食材を美味くできるようになるまで……鶏胸肉を美味しくできた時は感動したな〜。)
先に書いておくが、久遠は他国ですこぶるキツイ目にあう。
それでもか、そんな事は知らずか治世と旧文明でいうところの専業主婦を目指す女は、過去という障害すらも乗り越えて……結婚というゴールを目指す。
できない事は相手に押し付け、できる事は自分がやる。……口でいうのは簡単だが貫くのは難しい。
だが凹凸だらけな二人が歩んだ人生はぶつ切りで飛び飛びながらも、未来まで資料として残った。
故にアッシュの困惑と引け目に全身を入れんばかりに突っ込んでいく。
「もし本当に手紙の事を知らないなら、私だって真実を知りたいから……今日だけでいいから天満の貴重な時間を私にくれない?他にも話したい事がたくさんあるの。だから一生分のお願い。その後は二度と会わなくていいから……そうすれば他人の世話たる仕送りだって今回までで済むわけだし……寂しいけど。」
まぁ妻の面倒は見させるけどね。という心根は誰にも見えない。
そんなモンが見えていて結ばれるなら、それは真実の愛であろう。
分かった、分かった。と観念した様に腰をおろした何も知らない彼に……久遠は一気に接近。
立ったまま改めてジックリと、物件を値踏み。
空閑天満という人間は、家庭環境の都合上……愛に飢えているはず……と過去の経験と体験から久遠はプロファイリング。
哀れな経験のせいか自己肯定感が育たず……自信というモノが壊滅的に無い依存系。
こういう人間は望む結果を出した場合……配偶者を大切にする可能性が高い。
このタイプは浮気や不倫どころか何なら側室愛人……それらすら運命の相手が現れ無い限りは置こうとしないだろう。……まぁ自分が運命の相手になれば完全決着。と彼女は判断。
それはもうアッシュが積上げたものに、タダ乗りする気満々と言わんばかりにドカッ……とは座らず、貞淑に静かに、殿方が喜びそうな動きで腰をおろした。
それはもう精神と行動を完全分離したエゲツない作法。
無論、キッチリと自分の素顔が見えやすい方を陣取り、嬉しそうに笑む事も忘れない。
ここまでくれば詐欺にあう奴が馬鹿では無く、やる方が凄すぎるの典型例。
「距離が近くないか?いやまぁ昔はそうだったけど……嫌じゃないけど、でもホラ別に付き合ってる訳じゃないし……独り身である男女の距離としては適切じゃないというか」
いや、やられるほう方も尋常になく低レベルな典型例であった。
チョッろ!よくこの年まで無事でいられたな。よくもまぁ性格が悪い雌豚から財産や領地を奪われずにすんだな。ヨシ大好きな裁縫ついでに私が妻として徹底管理としてやるから覚悟しろよ。とは言葉どころか表情にすら出さない半面のモノ。
始まるは久方ぶりの会話。
それは鈍感な性にとって、想像よりも遥かに楽しい時間。
それは鋭敏な性にとって、想像を絶する苦痛の時間。
ツマラン男程、気を許すとよく話すのは古今東西変わることなく真理のようであった。
事実、交友関係が薄く趣味の無いアッシュのくそつまらない話にも、勝負どころと判断した久遠からは適切な答えと笑顔が返される。
この局面で、ふーんそうなんだ。と一回でも死んだ魚の目で返した瞬間、寄生先たる良物件が背中を見せるのは目に見えているが故に、退屈さに欠伸もせずかといって目を血走らせるような必死さも見せない……武の道における理想系。
静と動を究極のバランスで運用するというのを、いくら身体を動かさないとはいえ……比べるのは武術家に失礼だな。
(話の登場人物がえらく少ないし、何度も出てくるのが身内だけ……そういえば叔母さんが引き取りに来たんだっけ?口うるさそうなのは会ってなくても話だけで分かるし、子供だ後継ぎだコッチはいらないんだけど絶対に喚き散らしそうだし、……うん?待てよ。天満は手紙の事を知らなかった。あっ、ふ〜んコレは勝ったな。)
久遠の手に、この瞬間会話における最強の札が握られた。
……もしかして私が出した手紙は叔母様に全部処分されていたんじゃ。と少女が、気づいてはいけない事に気付いた。と言わんばかりの表情で一言。
それは毒を盛る行為。
いやそれは流石に……と言った後、アッシュは叔母に思い当たるフシがあったのか庇うことなく口ごもる。
確証は勿論無いが、話題の女は間違いなく可愛い甥っ子から、邪魔になる昔馴染みを引き剥がすための行動をするタイプ。
聞いたところで……そもそも証拠を残すようなポカを、支配者の義娘は絶対にしない。
怪物の妻を平然とこなす人間性が、日頃の行いがアッシュの中で虚像を作り上げていく。
悪意の毒は、信頼すらもたやすく腐蝕させる効果を、久遠が望む形で示す。
この瞬間、二人にとって共通の敵はできあがった
「天満さっきは酷い事を言ってごめんね。知らないなら事には誰も対処できないのに、でも叔母様が貴方の事を思っての行為だと思うし……コレは二人だけの秘密。だから過去の事を掘り返して責めちゃ駄目だよ。ずっと後見人をしてくれた叔母様を傷つけるなんて男の風上にも置けない最低の行動だよ。だから何があろうと女性の過去は掘り返しちゃ駄目。」
シレッと身内を庇う好感度上げプラス己が度量の広さアピール……無論獲物の手を両手で握りに行く事は忘れないのが捕食者。
さらにアッシュが世話になった叔母の威光を借りて、アッシュが金の世話をした幼馴染は……自分が昔袖にしたという雄の沽券を踏みにじった事実を攻めづらくした。
共通の敵を作り悪意の矛先はソチラの方へ、毒というものは……不思議と甘く見えるもの。
良薬口に苦し……は反転しても通用。
「ハハハ、ここまで楽しいならもっと早く会いにくれば良かったよ。何なら人質期間中、いや終わった後でも友人としてチョコチョコ会おう……」
酷く言ってしまえば男としてはパっとしないが、夫としてなら光り輝く人材の口からは……未だ求める解答が出てこない。
いやいや友達止まりじゃ困るの。と良物件を前に少女は困惑。
その表現は、メチャクチャ動くくせに全然落ちてこないUFOキャッチャーの景品を見るかのような演技。
酷い言い方をしていいなら都合のいい男ごときが……なかなか完落ちしない事に少女のイライラはピーク。
怒りは正常な判断の邪魔でしかない。
己が歩くは地雷原という事を忘れる程に……急ぎ足で距離を詰めようとする。
「あーあ、天満の奥さんになる人は優しい旦那さんがいて幸せだ……」
「優しい?弱いの間違いだろ!やっぱり俺の事馬鹿にしてるだろ!天満、天満昔の名で言いやがって!まぁ日も暮れそうだし、今日は泊まっても構わないけど……明日の朝にはもといた場所に帰れよ。」
弱さを優しさと履き違えた過去を後悔する雄に、最も言ってはならない事を久遠は口にしていた。
地雷は踏んで破裂するモノにあらず、足を離して……始めて起動。
当然、待って!と取り繕われたところで、縁を一方的に切られた事を思い出したアッシュの背中は止まらない。
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