四章 仕組まれた事故

4-1


「あら、大分元気になってきたわね」


 一時は命もあやぶまれた小鳥は、今は手を差し出すとその上にぴょんと飛び乗るぐらいには回復してきた。


「ほら、感謝祭のパンくずよ。お前も、マーガス様に感謝をするのよ」

「この鳥はだん様を見たことがないですから、言われてもわかりませんよ」

「言葉のあやよ」

「わかってますよ」


 小鳥はパンくずを食べ終わると、つばさを広げてりん箱で作った巣箱へともどった。飛ぶことはできないけれど、折れていた羽はれいにくっついたみたいだ。


「奥様には、やしの力があるんですよね?」


 と、ミューティが言った。


「ないこともないけど……役には立たないのよ」

「効果があったじゃないですか、ほら」


 ミューティは小鳥を指さした。けれど、それは自然によるものだろう。


「絶対に羽はまっすぐにならないと思いましたし、じゅうもそう言っていたでしょう。だから、この鳥がここまで元気になったのは奥様のおかげなんですよ」

「痛みをやわらげる力はあっても、外傷を治癒するまではできないわ」


 それができれば家であんなあつかいを受けることはなかっただろう。もっとも、いまさら少しだけ癒やしの力がありますよ、と言っても仕方がないし、めてほしいとも思わないけれど。

 廊下に出ると、しょさいとびらが少しだけ、私をさそうように開いていた。

 そっと近寄ってみたが、部屋の中でだれかが作業をしている気配はなかった。


「マーガス様?」


 返事はなかった。いつかのようにそっと部屋を覗き込むと、マーガス様がソファーに横になって、目を閉じていた。

 毎晩おそくまでお仕事をされていて、朝は誰よりも早く起きている。

 それとなく「ろうがたまらないのですか」、とたずねてみると「昼にきゅうけいを取っているか

ら平気だ。少しだけねむると、すっきりする」と返ってきた。

 だから、私はマーガス様がおひるをしている時間を知っている。知っているからと言って、悪事を働くつもりはないけれど。

 横になるとすぐ眠れると言うのは才能の一つか、あるいは生きるためにみついた習性なのか……。

 マーガス様は私のしつけな視線に気が付くこともなく、まぶたは閉じられたままだ。

 今日も、けんにしわが寄っている。

 まぶしいのかもしれないと、カーテンをそっと閉めたけれど、安らかな眠りはおとずれていないようだった。

 差し出がましいのは重々承知で、私は以前のようにマーガス様の額に手をかざした。効果があるのか、ないのかは不明のままだけれど、効果があってほしいと願っている。

 ――でも、いつまでこうすべきなのかしら。


「最近夢見はどうですか?」なんて尋ねるのも変なので、私の行動がマーガス様にプラスになっているのかはわからない。けれど、近頃は心境の変化とともに、私の癒やしの力が少しずつ――ほんの少しずつだけれど強まってきている、そんな感覚がある。だから、もしかすると、いつかマーガス様のお役に立てる時が来るかもしれない……。


「なんて、そんな都合のいいことあるわけないか」


 ただでさえ私にとっていいことがありすぎているのに、これ以上を望むのはぜいたくと言うものだ。

 独り言を口に出して顔を上げると、マーガス様と目が合った。

 ――バレた。


「ひゃっ!」


 おどろいて、しりもちをついてしまった。さけびたいのはマーガス様の方だろうに、冬色のひとみははっきりと見開かれて、私をじっと見つめている。


「も、ももも……申し訳ありません!」


 ゆかに手をつき、必死に謝罪をする。みをおそったと言われても反論はできないのだ。


「謝罪は必要ない」


 マーガス様はゆっくりと体を起こし、少し乱れたまえがみをかき上げた。


「大分前から、君がこうしているのに気が付いてはいた」

「し……知っていらっしゃったのですか?」

「寝る前にはなかった毛布が置いてあれば、誰でも……それにまあ、人の気配がすれば」


 ずかしいやら、情けないやらで顔が赤くなる。ばれていないと思っていたのは私だけだったらしい。戦場で過ごした人が、気配にびんかんなのは当然のことで、それに思い至らな

い私が馬鹿なのだ。


「す、すみません、いやな夢を……見ているのではないかと。もしかして効果があるかもと思いまして。かいな思いをさせて申し訳ありません」


「嫌な気持ちだなんて、そんな訳はない。効果はあった……悪夢にうなされている時、君の声が聞こえた。その声に耳をかたむけていると不思議と体が楽になって……すぐに、俺のために力を使ってくれているのだとわかった」

 どうやらおいかりではないらしい。本当によかった。


「君がそばにいてくれると、悪夢を見ないんだ。しばらくいっしょにいてくれないか」

「は、はい。私でよければ、喜んで」


 再び横たわったマーガス様の額に手をかざすと、マーガス様の瞳にやわらかい色が差した。


りゅうの里では、いつもこうしていたのか」

「はい。私にはこれぐらいしかできませんから」

「……騎竜たちは、アルジェリータがいなくなって、さぞや残念に思っているだろうな」


 急に名前を呼ばれて、再び顔が赤くなったのがわかる。うすぐらくて、あまり見えていないといいけれど。


「……そう思っていてくれたらうれしいような、お世話がちゅうはんになってしまって申し訳ないような……」

「騎竜の里に、戻りたいと思うか?」

「……私はここが好きです。里のことは気になりますが……できればずっと、ここにいられたらな、と思います。でも、落ち着いたら、みなにマーガス様をしょうかいしたいです」

「人間の男にか?」

「騎竜ですよ」

「そうか。なら、良かった。……騎竜の話をしてくれないか」


 マーガス様はものがたりをねだる子どものように呟いて、再び瞳を閉じた。


「ここにくる直前まで、おすの騎竜のめんどうを見ていました。名前はラルゴと言います」

「その名前は……君が?」

「いいえ。本当はよくないのでしょうけど……」


 騎竜の里に連れてこられた騎竜は、人間の手をはなれて大地にかえる準備のために、人間からもらった名前を捨て去る。


「騎竜の胸のあたりの、心臓に近い所に名札をつけますよね。里に来る時、名札をそのままにしておく人が多いんです。その場合は、そのまま同じ名で呼んでいました。ぐうぜん、同じ名前になった、ということにして」


 だからラルゴはラルゴのままなのだ。彼もきっとそれを望んでいるだろう。あんなにも、主人のことをおもっているのだから。


「そうか。他にも……似たきょうぐうりゅうが?」

「はい。春先まで、ウェルフィンというおじいさんの竜がいて。三十歳ぐらいだったと思いますが、そう見えないほどにとても立派な騎竜だったんです。彼にも名札がついていました」

「その、ウェルフィンの話を……聞かせてくれないか」


 マーガス様の瞳に、何かの強い感情がうずいているのを見て取ることができて、答えるのをちゅうちょした。けれど、マーガス様のうながすようなするどい視線に、おずおずと口を開く。


「ウェルフィンが来たのは、おととしの夏ごろでしょうか……。その少し前に、ひどいをしたラルゴが輸送されてきて……最初のうちはすごく暴れていたんですけれど、ウェルフィンが来てからは落ち着きました。彼はとても……なんというか、堂々としていて立派でしたから、あっと言う間に里の長になったんです。でも、ものすごくやさしくて……」

 ウェルフィンと出会った日のことはよく覚えている。もうしょのさかり、立派な輸送車がやってきたかと思えば、まるで投げ捨てるようにウェルフィンを置き去りにした。


「ウェルフィンは、私にとてもよくしてくれました。力に気が付いたのは……彼が足の関節を痛めていて、少しでも役に立てるかも、と思ったことがきっかけです。彼はとてもかしこくて、話しかけると、じっと耳を傾けてくれました。だから私、ああ、騎竜にもちゃんと気持ちが通じるんだ、ってわかったんです」


 ある日、ウェルフィンは口にくわえていた羽根を一本、私に差し出してきた。私は仕事として、預かった彼のお世話をしているだけだから、厳密には彼の羽根の一本だって私のものではないのだけれど――その羽根に関しては、ウェルフィンが私にくれたのだとかいしゃくしている。


「終戦になって、これから傷ついた騎竜がたくさんやってくる……そんな時に、まるで自分の場所をゆずるみたいに、ウェルフィンはくなってしまいました。あの日はとても暖かくて、しき内の小川までお散歩に行きましょうか、って声をかけに行ったら眠るように……」


 そこまで話すと、静かに話を聞いていたマーガス様はとつぜん、話をさえぎるようにがばりと起き上がった。


「……用事を思い出した」


 マーガス様はそのまま、私にいちべつもくれずに部屋をおおまたで出て行ってしまって、私は口をはさひますらなく。

 あとには私と、毛布だけが残された。



*****



 調子に乗ってしゃべりすぎただろうか……。

 マーガス様はそれきり書斎に戻ってこなかったので、私はポルカに夕飯をあたえに行った。


「……はあ……」


 騎竜の話となると、喋りすぎてしまう。私とマーガス様をつなぐほぼゆいいつの共通点で、明確なもの。

 ――それに、すがりすぎた。


「げっ、げっ、げーっ!」


 ポルカは私とマーガス様が一緒にいないせいか、ごげんに高笑いをしている。彼女にとって私は、愛するご主人と自分の間に挟まるじゃ者でしかないのだ。


「あなたったら、にくたらしい子よね」


 不満をらすと、ポルカがあしみをした。……まるで喜びのまいみたいだ。


「もう、本当に。あなたみたいな子、しょうわるっていうのよ」

「ぎゃっぎゃっ!」


 私をからかうように、ポルカはより一層ねた。


「ちょっと……大分わいいからって、調子に乗って。そんな意地悪をするなら、私だって仕返しをするわよ。……おやつを減らすとか、ね」

「俺の教育が悪かったようで申し訳ない。ひめ扱いをしてねこ可愛がりしたせいだ」


 思わず口から飛び出た八つ当たりの言葉に、反応があった。


「あ……」


 いつの間にか、マーガス様が私のすぐ背後に立っていたのだ。

 ……気まずい。


「も、申し訳ありません、今のは……その……じゃれ合っていただけで、本当にポルカのことを憎たらしいと思っているわけではなくって」

「……」

「あの、私、話し相手がいないので。よくこうやって騎竜に勝手に性格付けをして、話しかけてしまうくせがありまして……その、本当に、ポルカのことを憎らしいと思っているわけでは……意地悪というのは言葉のあやで……」


 しどろもどろになりながら言い訳をする。マーガス様からは返事がない。

 大事なポルカが不当な扱いを受けているかもしれないのだ、怒るのは当然だろう。今日付けで、かいわたされてもおかしくない。


「その……」


 顔を上げると、マーガス様は困った顔をしていた。


「今のは、じょうだんのつもりだった」

「冗談……ですか」

「ポルカがおとなしくやられっぱなしになるわけがないし、本当に憎たらしいと思われていたらそれこそポルカに問題がある」


 すとんとかたが下りて、全身の力が一気にける。


「申し訳ない。場をなごまそうとして、失敗したようだ」


 マーガス様の冗談に乗ることができなくて、私の方こそ申し訳ない……と思うけれど、ここで謝り合戦をすることは、なんだか時間がもったいない気がする。

 ――ここは、多分……笑うところ、かしら。

 ぎこちないながらも、にっこりとみを作ってみると、マーガス様はほっとしたようだ。

 少しずつだけれど、マーガス様のことがわかってきた。いや、さっきそうやって調子に乗り、失敗したのだった。


「先ほどはその……恥ずかしい話だが、君の話を聞いているうちに昔飼っていた騎竜のことを思い出してしまって、飼育日誌を読んでいた。すまない」


 騎竜が戦場に立てる時間は限られている。家系ともなれば、騎竜との別れも多く経験しているだろう。


「いえ、私も、もっと楽しい思い出について話せばよかったと」

「俺は……彼のさいってやれなかったんだ。よい最期が送れていたのだろうか、住み慣れた家から引き離されて俺のことをうらんでいたかもしれないな、などと感傷的な気分になってしまった」

「マーガス様にそんなに思っていただけて、騎竜もきっと、幸せだったと思います」


 人間には色々いるから、騎竜のことをただのちくとして扱っている人も少なからず存在する。法律で面倒を見ることを定められているからじゃけんにはできないが、危険な重労働

――騎竜の世話を人任せにしたい、という人たちのことを、私は騎竜の里で沢山見てきた。

 けれど、彼はちがうと、少しの時間しか一緒にいなくてもわかる。

 マーガス様は変な顔をした。なぐさめは不要だったかもしれない。


「すみません、差し出がましいことを」

「いや……そんなことはない。ありがとう。それで……」


 それで、の後が続かなくて、みょうちんもくがあった。かすのもおかしいので、だまって次の

言葉を待っている。


「明日、何か用事はあるか」

「ありません」

「では、市街地へ……」

「はいっ。どこへ向かえばよろしいでしょうか」


 お使いの用事かと思ったが、どうやらそうではないらしく、マーガス様は口ごもった。


「どこへと言うよりは……一緒にどこか行かないか、と」


 どこかって、どこだろう。心当たりがあまりなかったし、どこかということはつまり、マーガス様にも明確な目的地はないのだ。


「私、ポルカのお世話がありますから」


 なんとなく、断らなければ、いけないような気がした。


「若くて健康な騎竜は半日放っておいても平気だと、君も知っているはずだが」

「いえ、私の仕事はポルカのお世話です!」

「君の仕事は他にもあったはずだが」


 妻としての仕事があるだろう、とマーガス様は言いたいのだ。


「わ、わかりました。何をすればいいでしょうか」

「その……服をだな」


 そう言われて、さっと血の気が引いていく。

 今着ているのは使用人の制服――あらえももらったし、これのごこがよくて、しょうだなのことはすっかりぼうきゃくしていた。騎竜やクラレンス家の人間は私がどんな服を着てい

ても気にしないけれど、ここではそうもいかない。お金や実用性より、人にどう見られるか気にしなくてはいけない。姿がみすぼらしい、俺にはじをかかせるな、と暗に言われているのかもしれない。


「申し訳ありませんでした」

「謝る必要はない。欲しい服がないのか?」

「必要性を感じませんし……」

「必要性を、感じない?」


 衣装棚にまっている大量の服を数えると、私は一月の間に毎日違う服を着ることになってしまう。それこそ体型が変わらなければ一生分あるのではないだろうか?

 確かに子どもの頃は、いくにもうすぎぬを重ねてグラデーションにしたドレスや、せんれいしゅうほどこされたドレスを着てお誕生日会の主役になってみたい――そんな願望を持っていた時期もある。

 けれど、今になって手に入りますよと言われてもこの生活にはそぐわない。てきなドレスを着て出かけるあてもないし。


「それに……たとえ私がどんなにかざったとしても、服を着ていない騎竜の方がよっぽど美しいし、なんて思ってしまいまして……」

「はっ?」


 マーガス様は私が何を言い出したのかと、切れ長の瞳を大きく見開いた。その瞳の中に、けな顔の私が映っていて、恥ずかしくなってきた。


「今の発言は忘れてください……」

「いや。確かにポルカは……と言うより、騎竜は美しいからな。中でもポルカはいっとう美形だ。まあ、人間のしゅうの価値観なんて騎竜には何ら関係のないことではあるが……」

「はい」


 ポルカは褒められたことを理解しているらしく「きゅ?」などと可愛い声で小首をかしげたりしている。私の前では絶対に、そんなにきゅるきゅるした瞳をしないのに。


「しかし、それとこれとは別だ。騎竜がどんなに美しかろうと、君は人間だ」

「はい、おっしゃる通りです」


 マーガス様のお気持ちは一向に不明のままだけれど、やとぬしの意向には従わねばならない。最近失敗続きだ。変なことを言わないように、ばんかいしなければいけない。


「先ほど服には興味がないと言った。それはつまり、俺の気に入った服を着せてもよいと言うことか?」

「はい。マーガス様が用意してくださるものなら、なんでも着ます」


 マーガス様がとっな衣類を用意してくるとは考えにくい。質実ごうけんを絵にいたような彼のことだ、きっとじょうで実用的な服を用意してくれるだろう。



*****



「……来ないなあ」


 私は一人、ふんすい広場のベンチにこしけ、足をぶらぶらとさせていた。

 マーガス様とお買い物に行く計画を立て、家から出るところまでは予定通りだったのだけれど、馬車に乗ろうとしたしゅんかんに騎士団かられんらくが入って、マーガス様とはいったん別行動になってしまった。


「この時間までに来なければ帰ってくれ」と言われた時刻を告げるかねの音が鳴った。

 ――残念。

 マーガス様と出かける、という予定が私の心をき立たせていたことはちがいない。

 けれどお出かけがすいこうされなかったからと言って、私が不満を持つのはいけないことだ。

 何しろ急ぎの用事だという王宮からの手紙を受け取ったマーガス様は苦虫をつぶすような顔をしていたから、とても急ぎかつ、なんな仕事のはずだ。

 マーガス様からのお給金には手をつけていない。いい加減何も買わないのもいやだし、先に買う物の目星をつけておくのもいいかもしれない、と立ち上がる。

 別に、一人でも行動できるもの。

 どうせならミューティについてきてもらえばよかった、と思う気持ちをはらう。

 ごうな馬車が往来する大通りには、この国の住人なら皆名前は知っている、そんな有名店がのきを連ねている。人気のない森の中で生活して、王都に戻ってきた今でもしきからはあまり出ないので、しんせんな気持ちだ。散歩も悪くない。

 みちばたからあれやこれやときらびやかなそうしょく品のショーケースをのぞんでいると、不意に扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「もうやだ、デリックったら。だから荷物持ちを雇いましょう、って言ったのに」

「ルシュカ、づかいはよくないよ……」


 ルシュカと、デリック! ほっ的に建物のかげかくれる。ガラスしに私の姿が見えやし

なかったかと、悪いこともしていないのに心臓がバクバクと嫌な音を立てている。

 ――会いたくない。

 別に未練があるわけではないし、わざわざ二人と顔を合わせたくはない。息をひそめて、二人が去って行くのを待つ。どうやら二人はこの店で買い物をして、馬車を待っている最中のようだった。


ぎょしゃはどこへ行ったの? 本当にとろくさいんだから。彼はクビにして、ついでにもっといい馬車にしましょうよ」

「大通りで馬車をめるためには許可が必要なんだよ。それに、こんなに無駄遣いをしなければ持って歩けるんだから……」

「無駄? 何を言っているのよ! もうすぐこうしゃくになるんだから、たく調ととのえておかないといけないでしょう? デリック、あなたは私に恥をかかせるつもりなの!?」

「は、恥だなんて。それに、その件についてあまりお、大きな声では……」

「別にいいじゃない。あなたが相続人のいなくなった公爵家の養子に入ることはもう決まっているんだから。こっちがあとりになってあげるって言ってるのに、どうして小さくなっていなきゃいけないの?」

 ――やはり、私の推測は正しかったみたい。

 ルシュカはデリックのもとにばくだいな財産が転がり込むことを知り、りゃくだつけた。そのお金を当てにして散財を始めているのだろう。けれど、まだ相続できていないから、両親のもとに請求がきていて、それで私に金の無心をしてきたのだろう。

 小さくため息をついたけれど、二人が私に気が付く様子はなかった。そのまま細い路地を抜けて、中通りに移動する。道を一本入るだけで、|途

《と》たんに景色は食料品や生活雑貨、衣類などの、親近感の持てる店構えに変化する。

 二人の興味を引くものはないだろう、とこちらの通りを見て回ることにする。


「おじょうさん、今日は買い出しかい?」

「え、は、はい……」


 肉屋の前で声をかけられて、立ち止まった。食料自体は毎日屋敷に配達されるから、買う必要はないけれども。


「これはポルカが好きそうだわ……」


 騎竜は雑食だが、肉は格別のようで、とても食いつきがいい。

 今はポルカに細かくミンチにしたお肉と豆などを混ぜたものを与えているけれども、新鮮なお肉はとても喜ぶだろう。

 騎竜の里にいた子たちはある程度ろうれいなこともあったけれど、ポルカはまだまだこれからの若い個体だ。づやがよくなるように、色々と面倒を見てあげなくては。


「すみません、このお肉をひとかたまり、いただけますか」

「はい、ありがとうございます! 配達しましょうか」

「自分で持ち帰ります」


 少し考えてから、ブラウニングていのことは口にしないことにした。

 配達を頼むと時間がかかってしまうし、いつ来るかわからない。今すぐ屋敷に戻れば、ポルカの晩ご飯になる。

 屋敷に戻れば、ポルカもきっと喜ぶ。服を買うのはひとまず後回し。だってマーガス様がいないのだもの。

 包んでもらったお肉をかかえて、足早に噴水広場へと戻る。昼時を過ぎたからか、人は先ほどより大分まばらになっていた。

 やっぱり、いないわよね……。

 マーガス様を乗せた馬車がこちらに向かってやしないかと、一応あたりをかくにんしておく。

 りちな方だから、約束におくれたとしても顔を出すかもしれない、と思ったのだ。

 ――帰ろう。

 噴水に背を向けて歩き始めたその時。


「お嬢さん、危ない!」

「え……」


 誰かが、あわてて叫ぶ声が聞こえた。何事だろうとは思ったけれど、それが自分に向けての警告だと気が付くのに、時間がかかってしまった。

 ようやく振り向いた私の視線の先に、こちらに向かってまっすぐに、暴走した馬車がんで来るのが見えた。

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