日常に紛れる話

猫科狸

第1話

メールを確認するために、スマホを開く。

『当選しました!おめでとうございます!こちらのリンクから口座登録をお願い致します』

なんに当選したのかも分からないし、何かに応募した覚えもない。無視し、削除する。

『██銀行です。クレジットカードの不正使用の疑いがあり、一部取引を中止しています。心当たりのない場合はこちらのリンクから問い合わせをお願いします』

メールアドレスも変だし、とても銀行のサイトへ飛ぶとは思えない雑多な文字の並んだURLだ。それに██銀行など使ったことはない。躊躇せずに消す。

『久しぶり。美香だけど元気?ここのサイトで連絡待ってるね』

またこれも妙なメールアドレスだ。どこに飛ばされるかも分からない、とても怪しいリンクが貼り付けてある。

だが、消すことができなかった。

美香という名前を見て、脳裏に浮かんだのは数年前付き合っていた彼女であった。

同棲もしていたし、仲が悪かった訳では無い。ただお互いに、何となくこのままでいても幸せになれないなと感じて別れたのだ。

勿論、このメールに「その美香」は関係していないことは理解できている。美香という名前も特段珍しい訳でもないし、文面から明らかに迷惑メールの類だろうと分かる。

それでも、消せなかった。

言葉に表せないような不安が胸に広がる。

彼女の名前を見たことで、未練など思い出したのか、それとも何か罪悪感でも覚えていたのか。

この不安に理由はないし、何故そう感じるかも分からない。

ただただ、じわりと滲み出すような不安が胸から脳まで染み渡る。

意を決し、メールを削除する。

不安は変わらずとも、別に何もおこるわけではない。当然である。ただよくある迷惑メールを削除しただけのことだから。


それからしばらくして、メールが届いていた。

『久 しブり♪美香ㇱ んダよ。リンクから確 認しテね♥』

理解してはいた。こんなただの迷惑メールごときに不安になるなんてとんだ阿呆だと。

だが、彼女へ電話せずにはいられなかった。

「やば!久しぶりだね!急にどうしたの?」

彼女は変わらず元気だった。

当たり障りのない話をしていてふと気がつく。

彼女の名前は、希美だ。美香ではない。あれ、なんで別れた彼女を美香だと思ってたんだ?

美香って誰だ?

一抹の不安が胸をよぎる。

そのメールの話をすると彼女は、気持ち悪い!と笑っていた。

明るい彼女と話しているうちに、迷惑メールに踊らされた自分が恥ずかしくなった。

ありがとう、と会話を終えようとしたとき

「美香死んだよ」

ガラスを引っ掻いたような声で彼女がそう言うと、電話は切れた。

わたしはその場に立ち尽くし、ぶるると音を鳴らしメールを受診するスマホの画面を、しばらく眺め続けていた。

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