70歳の児童 初回提出版

 鍵の二つ付いた重い、鉄扉をあけ放ち、一歩外に出る。集合住宅特有の狭い共有部分は砂利と細切れの桜で埋め尽くされている。たった五段しかない階段を右足と左足で降りると昨日撒かれたばかりの除草剤のせいかしなびた野草が両隣で大人しく呼吸をしていた。

 今日はすぐ前にある公園まで出かけてみようと思う。公園はこの横長の駐車場を左に抜けるとある。右にある住民以外通り抜け厳禁の常時解放されている黒い鉄扉を抜け、田畑の横を通り過ぎ、大回りしてもたどり着くことは可能だが、気分転換のための軽い散歩なので今日は遠慮しておく。

 がら空きの駐車場を大股闊歩し、二輪車置き場も通り過ぎる。するとすぐ目の前に雨風にさらされて削られ、ささくれだった丸太に彫られた荒い児童公園という文字が視界に入る。元は白かった文字も今ではすっかり禿げきっていて、茶色の深い溝があるだけだ。

 ゆるゆるとしたフェンスに囲まれた正方形のグラウンド部分と、遊具コーナーは花壇によって真ん中で区切られている。この小さな箱庭に存在する魅力の遊具は、座るだけでマンドラゴラのような音を立てるブランコと糞尿の匂いのする砂場、そして職務を放棄した石の滑り台。楽しく遊ぶには及第点には遠く及ばずといったところだろう。

 そんな侘しい公園は遊具というよりも犬の散歩の通過点であったり、ボール遊びの場として利用されていることが多い。

 境界線の花壇にぽつんと植えられているライバルのいない桜は一人、悠々自適に暮らしているが、そのごつごつした肌荒れは駐車場の端に暮らしている桜とはまた別の、公園暮らし特有の過酷さを感じられる。彼の足元を一本一本、踏みながら、地面へと落ちないように次の足へと移動していく。

 やがてなんの、どこから生えているかも分からないツタが絡みついたフェンスが目の前にそびえたつ。この公園をぐるりと囲む鳥籠の一辺。かろうじてツタのすき間から自我を保っているフェンスの呼吸が聞こえる。手を伸ばしてもツタに阻まれ掴むことすら敵わないが、存在する空気はツタを伝ってフェンスに酸素を供給し、わずかに膨らみ、萎む。

 長い年月をかけて、伸びきった自由を背に、花壇から飛び降りる。荒い粒のよく踏みしめられたまだらなピンクのグラウンドに降り立ち、足跡の付かない軽い砂を蹴り上げながら大樹の正面にある出入り口に向かう。陰気なネバついた公園から体を出すと用水路を流れる水のマイナスイオンを肺いっぱいに味わう。どんな時だって枯れることのない横幅三センチの側溝が木造の民家の奥深くまで続いている。この先はどこにも繋がらず、ただツタが這うコンクリートの低い壁があるだけだ。

 この水路を右に行くと畑。左に行くと振り出しに戻る。あの細長い駐車場に。いつ戻って来たのか、車は五台から七台に増えていた。小さなピンク色の竜巻が駐車場の真ん中でひらり、ひらりとダンスを舞っていた。

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