第11話 祭りの日の女の子
少し声を大にして年配の女性を呼び止めた。白杖を持つ手の反対側に回り込んで肩に手を回すと、Iさんは「いや、すみませんねぇ」と言った。少し訛りがあるが上品な話し方だ。
テーブルを挟んで向かい合うと、さっそくIさんは話始めた。
「あれは……わたしがまだほんの子どもだったときのことです──」
生まれつき目が見えなかったIさんは、一人で遊ぶことが多かったという。開けた縁側で小鳥の声に耳を澄ますのが好きだった。地主の娘だったため邪険にされることはなかったそうだ。
ある日、祭りの準備で家の者みなが出払っているときに、家を訪ねる人があった。戸を叩き、快活のいい声で呼び掛けるその調子から自分と同年代くらいの女の子だと思いながら戸を開けると、その声の持ち主は言った。
「Nちゃん一緒に遊ばんね!」
Iさんはとても驚いた。今まで外の子どもと遊ぶことなんてなかったし、下の名前で呼ばれることなんてとんとなかった。けれど、同時に嬉しかった。胸が躍るような気持ちというのをこのとき初めて感じたという。
「……ばってん、外にいっちゃいかんって……」
「夕刻までに戻っちくればええやろ」
それなら、とIさんは戸を開けて外へと出た。女の子はS子と名乗り、Iさんの手を握って歩き始めた。
「祭りの準備んとこ行こう。大人に見つからんとこがあっけん」
S子の声の合間に砂利を踏む音、草木が揺れる音、小鳥の囀りが聞こえ、外にいることの実感を噛み締める。
次第に小鳥の囀りは止み、なぜかS子も言葉少なになった。Iさんの問いかけにも生返事が返ってくるだけ。Iさんは初めて恐ろしくなった。目の前で手を引くこの子は誰なんだろう。どんな、人なのだろう。
「怖いんか? Nちゃん」
低い地底から響いてくるようなその声はさきほどまでのS子の声ではなかった。
Iさんは足を止めた。恐る恐る「誰?」と問いかける。
「なんや」
声が一際大きくなった。S子が振り向いたのだ。
「何も知らないんか? ウチはなぁ──」
「N! お前こぎゃんとこで何やっとるんか!!」
後ろから強い力で引っ張られ、Iさんは地べたに尻餅をついてしまった。毎日聞いてる父親の声だ。
「一人で危なかやろ!」
「一人って? S子おろう?」
「S子やと? 知らん知らん、そげな人間知らんと。それよりお前、崖から落ちよるとこやったんやぞ」
そこまで話すとIさんは、出された烏龍茶を一気に飲み干した。
「S子は確かに祭りのとこまで連れてってくれました。その崖から下はちょうど祭りの会場だったんです」
「そうですか。それでS子は結局何だったんでしょうか」
「昔、あの崖から女の子が落ちて亡くなったという話は聞いたことがあります。事故か──それとも」
Iさんは遠い目をしてそれ以上しゃべることはなかった。
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