思い出の彼女

小日向葵

思い出の彼女

 探し当てたその船は、絵葉書の写真にあるそれとは全く印象が異なっていた。


 遥か大海原をしずしずと進んでいたはずの、モノトーンの船体にはカラフルな水玉模様があしらわれていて、まるでキャンディーのパッケージかアイスクリーム屋の看板のようだった。


 僕は愕然としたけれど、それでも写真を撮った。ずっと探していたのだ、彼女を。



 レディマリアンヌという名前の豪華客船に、幼い僕は魅せられた。優雅な佇まい、凛とした雰囲気。舳先からともに至るラインは優美で、いつか彼女に触れたいという思いで小さな僕の心は埋め尽くされた。たった一枚の、遠い親戚から届いた絵葉書が僕の宝物になった。


 「ごめんなさいね、こんな姿で」


 彼女が目を伏せた気がした。


 「ううん、構わない。わざわざ探したのは僕の方なんだ」


 彼女はもう何度も、名前と持ち主が変わっていた。世界のあちらこちらを転々とした彼女はつい先月、僕の住む町から少し離れた川へ係留されることとなった。


 特徴的だった三本の煙突は二本に減らされ、上部甲板には派手なビニールのテントが据え付けられてしまっていた。今は、川に浮かぶテーマパークとして利用されているのだ。



 「いつかあなたと旅をするのが、夢だった」

 「ありがとう。待ってあげられなくて、ごめんなさい」



 彼女と共に大海原を行けたら、どんなに素晴らしいだろう。遥か水平性をどこまでも目指して。


 対岸の築堤から見る彼女はとても寂しげに見えた。僕はもう一枚、写真を撮る。


 「もう会わない方がいいわ」

 「そう、なのかな」


 彼女の、もう海の波を切ることのない舳先が、悲しみに濡れているように思えた。


 「会いに来てくれてありがとう。嬉しかったわ。次は、あなたの夢で逢いましょう」

 「……ああ」


 数年後、彼女が老朽化のために解体されたというニュースが、ごく小さく流れた。




 今でもたまに僕は夢を見る。彼女と共に、大海原を進む夢を。




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思い出の彼女 小日向葵 @tsubasa-485

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