まな姫

山田波秋

第1話

インターネットが普及して暫く経つ。元々、インターネットは日本ではパソコンをやっている”オタク”達が情報交換をしたりする技術であったが、スマートフォンが日本に上陸し、SNSと言うサービスが始まり一部のオタクだけではなく全世界の人間が承認欲求を満たすツールになりつつある。


また、動画配信も今まではテレビの電波に載せるか媒体を用いないといけなかったのだがインターネットの回線が強化され転送速度が上がる事により誰でも動画配信が出来る時代になった。もはやチャンネルは無限になったと言って良い。


さらに動画生配信経由でオンラインチャットが出来る世界が訪れた結果、様々なアイドルが生まれている。

投げ銭という「ファンがダイレクトに好意(金銭)を与える」行為ができるプラットホームは競合アイドルも多い。芸能界よりも参戦チャンスが低いので色々なジャンルのアイドルが生まれるのだ。また、ニッチな分野は競合が少ない。

僕が気に入っているのが囲碁の試合を紹介するアイドルである真鍋琴美さん、通称”まな姫"。文系女子らしく僕にも手が届きやすい可能性があるからだ。


そんなオンラインチャット内で毎回重度に投げ銭をしている有名なウォッチャーがある日を境にチャットに参加しなくなった。謂わば引退。

なぜだ?投げ銭するお金がなくなったのか?

そのウォッチャーは別のSNSのアカウントも公開しているので色々と聞いてみたが直接の理由は教えてくれなかった。

質問をすると些細な情報は教えてくれるが確信的な部分は教えてくれない。SNSの世界では実際に会ったことがないけれど、さも友人のような関係を築きやすい。ただ、その関係はいとも簡単に”切れる”。

そのウォッチャーからやっと入手することができた"まな姫"の情報は、


恋愛経験がない

男性が苦手


のみ。


しかし、なぜそんな好条件でありながらウォッチャーを引退するのか?

わからないが有名古参は去った訳だ。ライバルが減るから僕が"まな姫"と恋愛関係に発展する確率が上がる。


そんな中、どんどんと古参のウォッチャーは引退し、僕は相対的に古参側、有名ウォッチャー側になった。

ただ過去の引退したウォッチャー達からは結局誰からも確信的な理由を聞くことはやはりできなかった。


こう言うのは金銭面や別に好きなアイドルが出来た、健康面の問題など人それぞれの理由があるはずなのだけれど引退したウォッチャーからはそう言う点すら聞くことが出来なかった。まるで、絶対に言いたくない”共通の理由”でもあるかのように……。


それから半年以上の時は流れ僕が完全にベテランになった際に"まな姫"と対面のオフ会が開かれると言う案内がDMで届いた。それは古参(ベテランウォッチャー)の一部だけに送られたトップシークレットの情報。参加費は10万円。決して安い金額ではなかったがとんでもない想定外の金額と言う訳でもなかった。


僕はすぐに参加表明をして金額を支払った。上手く行けばここで一気に距離を詰める事ができる。どう考えてもチャンスでしかない。

……それにしてもこのイベントの件は先人のウォッチャーからは全く聞いていない。彼らもシークレットを貫いたのか、それとも今回から新しく始まったイベントなのか?


今となっては確認する術は無い。存在するかわからないものは聞くことも出来なかったのだから仕方がない。


某日、そのオフ会が実際に開かれた。

不正な写真を撮られたり音声を録音する行為を禁止する為に受付でスマホを預ける形になってしまったがきっとそれだけ秘密のオフ会と言う事なんだろう。

秋葉原のある貸しスペースで立食パーティー形式で食事をしながら宛ら高砂席のように少し壇上が上がった場所に"まな姫"がいて話を聞いたりマイクを経由した会話ができる。文字だけではない実際の会話。文字だけでは伝わらないコミュニケーション。最高の気分だった。

立食パーティーの飲食代は10万円に含まれているので決して高くない。むしろプレミア感を感じれば割安だ。何せファン歴が浅いウォッチャーにはこのオフ会が開かれている事すら知らないのだから……。そう、僕がそうだったように…‥。


その後、しばらく歓談タイム("まな姫"の休憩タイム)を挟む。時間にして15分程度であろうか?

再開の時間になる。

すると、照明が突然暗くなり、バックスクリーンに『重大発表』の文字が表示される。暗闇の中「この情報はオフレコでお願いしますね」と"まな姫"がナレーションする事でますます期待感が高まるのと同時に”一部の人しか知らない秘密の共有”という空間に高揚感を感じる。


しかし、その期待感・高揚感は一気に喪失感に変わる。

照明がつく。“まな姫“の隣には知らない男性の姿。

秘密の重大情報、それは”彼氏の発表”であった。それもその男性は我々とは対極にいそうなバリバリのスポーツマン。


まさに壇上は高砂席へと変わったのだ。

わかった。


恋愛経験がない

男性が苦手


ではなくて、これらは1文で読むべきで、つまり「『恋愛経験がない男性』が苦手」だった訳だ。


その後、時間が来て"まな姫"と彼氏はステージから退場し閉会となった。


俺たちは最初から対象外って事か。散々貢いできたけれど潮時だな。過去の古参にもきっとこういうオフ会の連絡が来たのだろう。この人はこうやって定期的にリスクに変わりそうなファンを蹴落としているのか。

そしてその対象に僕もなってしまったと言う事。つまり僕は"まな姫"からも新規ファンからも厄介な存在と判断されたのだな……。


帰り道に考える。

“彼氏”という重大な情報は入手したのでこの情報をリークして人気を一気に落とす事はきっと簡単だ。でも、ここでこの女を潰すのも勿体無い。俺は引退するが、後続の人たちにはまだまだ貢いでもらおう。"まな姫"に幸せになって欲しいわけではない。僕と同じ目にあって欲しいんだ。


ただ、何も言わずに去るのも惜しい。

残せる情報は、


恋愛経験がない

男性が苦手


……さて、何人が気づいてくれるだろうか?

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まな姫 山田波秋 @namiaki

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