不釣り合い
小日向葵
不釣り合い
「へ?私?」
あれは中学一年生。日光への一泊二日、林間学校の夜だった。夜には当然のように、クラスの中で気になる相手がいるかどうかの話題になる。私のいる部屋も、そんな話が始まってしまっていた。
多めに持ってきたお菓子を分け合いながら、やれA組のキタムラくんがいいだのC組のサクラくんがカッコいいだの、バスケ部の先輩が今度誰かに告るらしいだの、放送委員の先輩が付き合っているだの。思春期の女子は、そういう話に目がない。
部屋にびっちりと敷かれた布団の上に座ったり寝転んだり、自由な体勢で
私は見た目も地味だし、部活も廃部寸前の文芸部で、幽霊部員な先輩ともほぼ会った事がない。そういった世界は全て虚構、フィクションと思って過ごしていた。まるでテレビの中で繰り広げられているドラマをただ見ている観客のような。ガラスの壁のこちら側には、関係のない話。
そして話は進み、クラス委員でゆくゆくは生徒会長を狙っているという、まるでクラスの太陽のような
「じゃあ次は柚香ね!ユズは好きな人っているの?」
彼女はその白い顔を、うなじまで真っ赤にしてこくん、と頷いた。盛り上がる女子たち。私も内心うおおおお、と興奮する。かっわいい!
「うちの学年?」
こくん。
わああ、漏れるため息。この半分は、上級生に懸想している子の安堵であり、半分は同級生に思いを寄せている子の心配のため息だ。
「うちのクラス?」
こくん。
きゃー!黄色い歓声。私も声が出そうになる。別に言わなくてもいいのに、ここで言っちゃうのかな。ということは、近日中にカップルが成立するのかも知れない。すごい、これは観客として大興奮だ。
「ね、誰?誰?」
「いや、無理に聞くの良くないよ」
「でも知りたい!」
「まさかハタノくん?」
ぷるぷる、と首を左右に振る柚香。ほっとする弓枝。
それから数名の目立つ男子の名が挙げられたが、柚香が首を縦に振ることはなかった。
「誰だろーね」
隣にいた
「あらこれ美味しい」
「うん、地味だけどおすすめ」
「
「うちのじいちゃん煎餅好きだからね」
盛り上がる私と美晴をなんだか微妙な顔で見ていた柚香が、ビッ!と右手を水平に挙げる。その指先は、美晴が割った残りの半分のネギ味噌煎餅を口に運ぶ私を指していた。
「へ?」
ざわっ。それまでの談笑ムードが吹き飛んだ。何が起きているんだろう。周りの子も困惑している。柚香は顔を真っ赤にして、その綺麗な瞳に涙を溜めて、私を指さしている。
「へ?私?」
こくん。一瞬の間があって、悲鳴というよりは絶叫に近い声で部屋は埋め尽くされた。
「うるさいぞお前ら!」
がつん、と表のドアが開く音がして、どすどすどす、と足音がして、ピシャン!と襖が開いた。浴衣姿の
「ごめんなさーい」
「すみませーん」
口々に謝る私たちをぐるっと見回して、木村は竹刀で畳を軽く叩く。ぱしん、と軽い音がする。
「お前ら、明日も学習はあるんだからな?あんまり騒いでないで、早く寝ろ」
「はーい」
襖が閉まりドアの閉じる音がして、木村の気配が去った。そして、多少ボリュームを押さえた歓声がまた部屋に満ちる。
「マジで?マジでゆず、瑞姫のこと好きなの?」
「……うん」
そう答える柚香はとても弱々しくて繊細で、まるで触ったら溶けてしまう砂糖菓子のように見えた。テレビで見るどんなアイドルや女優よりも綺麗だな、なんて思って、でも次の瞬間現実に引き戻される。
「どうすんの
「えっ、いや、でも、本当に私?」
木村の来襲で平静に戻っていた柚香がまた、真っ赤になる。私の耳も熱くなってくる。見えない壁の向こう側にいる彼女が、その壁を越えて来ている。
「ずっと、ずっと好きでした。アタシの恋人に、なってください」
学年一の美少女にガチ告白されてる。急にドラマやフィクションの世界に放り込まれたような、ふわふわとした変な感覚。そうか、これはまっと夢なんだ。
一瞬の気の迷いというか、魔が差したというか。普段こういう風に注目を浴びることがなかった私は舞い上がってしまっていたのだと思う。だから、つい言ってしまった。
「幸せに、してください」
クラスの女子の約半分に目撃されながらのファーストキスを終え、そのまま私は柚香に抱かれて眠った。彼女はとてもいい匂いがした。
あれから高校二年生に至る今までずっと、私と柚香は恋人として過ごしている。活発な彼女は私を常に引っ張り、導き、そして人目も
どう考えても釣り合ってないよな、不釣り合いにも程があるよなというやっかみもたまに聞こえる。あの柚香が、学校のアイドルがただ一人の……しかもいまいち冴えない女の子だけを見ている姿に、そう感じるのも仕方ない。
大丈夫。他人からは見えないところで、ちゃんとバランスは取ってるから。
不釣り合い 小日向葵 @tsubasa-485
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