聖エレシア山
友達がいない
山は、それ全体が大神殿を
だが、
このため、山は、あたかも僕だけの秘密の王国のようだった。
その森はまさに大自然の宝庫。
草むらから聞こえる生き物たちのざわめきに耳を澄ませば、そのすべてが僕を歓迎しているように感じられた。
そこに息づく動植物の神秘には、興味が尽きない。
聖エレシア山には、神秘なる
熟練した戦士は、この霊気を己が身体に巡らせて闘気となし、その力をもって常人を
魔術師たちもまた、この霊気を魔力となし、精霊や不可視の存在の力を借りて、自然の法則に
人に限らず、聖エレシア山には無数の聖獣、
彼らは神秘的な存在でありながら、この山においては当たり前のように共生しているのだ。
幼少の頃より、本来は
このことは、家族も含めて、ことさらに他人へ話したことはない。
見えると知れると、彼らは興味を持って僕に
だが、善と悪が入り混じった
そのうちに、周りに自然と集まってくるかのように、善なる精霊や妖精が、いつも僕を取り囲むようになっていた。
◆
ある日、森で伝説の聖獣ユニコーンと
ユニコーン――それは純潔を象徴する神聖なる
その優美な姿とは裏腹に、ユニコーンは
ブルッ――と、鼻を鳴らして、ユニコーンは冷ややかに鼻息を僕へ吹きかけた。その仕草は、まるで鼻で笑ったかのようだ。
動物にまで
できるものなら、乗りこなしてみろよ──眼差しがそう挑発した気がした。
殺し合いなら、魔術を駆使すれば勝てるだろう。だが、それではつまらない。相手が用意した
――ならば、乗るしかあるまい。この
息を深く吸い込み、内なる闘気を
すぐ
ユニコーンは、一瞬驚いたように身を震わせたが、その
なんとかその背に飛び乗り、両腕で首にしがみつく。
ユニコーンは後ろ脚で地面を激しく
馬術の訓練では、父に相当しごかれているが、こんな暴れ馬は初めてだ。
結局、五分ともたずしてユニコーンの背から振り落とされた。僕の
ユニコーンは、何事もなかったかのように、
一〇日後。再び相まみえる。
今度は、一〇分ほど耐え抜いたが、やはり最後は振り落とされてしまった。
しかし、コツをつかめた気がする。
基本は、
あとは、手でしがみつくだけではなく、足など全身を使ってバランスをとること。そう確信した。
勝負にこだわるあまり、基本がないがしろになっていた──今度こそは……。
そう心に
さらに一週間後、森の奥深く、木々の間から白い影がひらりと現れた。一本の
優美な
息を吸うのさえ重く感じるほど、空間が
「いよいよ
僕は背筋を正し、じりじりとユニコーンとの距離を縮めた。
だが、その一瞬、ユニコーンが低い鼻息を
僕は反射的に闘気を
「殺す気か……⁉」
背中に冷たい汗が流れる。ユニコーンの力と
僕は息を整え、ユニコーンに向き直った。戦うしかない、そう直感した。
次に襲いかかってくる瞬間、ユニコーンの動きを見極め、闘気を全身に巡らせた。そして――
「来い――!」
ユニコーンが再び突進してきたその瞬間、僕は一気に跳躍した。
宙を舞い、ユニコーンの背に飛び乗る――瞬間、背筋が
「くそっ!」
背にしがみつく僕を振り落とそうと、ユニコーンは猛烈に暴れる。後ろ足で大地を
必死にバランスを取る中、僕は何かを感じ始めた――ユニコーンの体を通して伝わってくる、強烈な生命の鼓動。それはまるで、彼が僕に何かを伝えようとしているようだった。
「友達が……欲しかったのか?」
ユニコーンは
あながち、的外れではないのかもしれない。
息を荒げ、
そして、ユニコーンは、ゆっくりと頭を下げ、その
僕はその
ユニコーンには「ルナリア」と名付け、従魔契約を交わした。
普段は、自由に森を駆け回っている。乗りたいときは、呼べば、どこからともなく現れるので不便はない。
◆
ルナリアが最初の友達というわけではない。
山には
「
その声はまるで風が
振り向くと、彼女がいた――フレイヤ。彼女は、そっと僕の左腕にしなだれかかっていた。
突然の接触に驚きつつも、僕は彼女を見つめた。
人間の腕ほどの大きさで、
長い金色の髪は太陽の光を反射し、背中には花びらのような羽が柔らかく
頭には
「もちろん気に入ったさ。まるで天国にいるようだ」
その言葉を口にした瞬間、僕の心でふと、何かがざわめいた。
彼女の存在は、ただ美しいだけではなかった。どこか――
フレイヤは静かに笑うと、小さな
彼女の緑の
「あなたは特別よ、ルカ」
彼女が
フレイヤが語りかける
彼女が僕をどう思っているのか――その意味をはかりかねた……。
それからしばらくして、別の
「ははっ! フレイヤがまさか人間と仲良くしているなんて、まったく
その声は突然、空中から響いてきた。
見ると、フレイヤの知り合いらしい小さな
人間の
彼女の二本の
彼女は「ルル」という名の
「ルカは特別なのよ。この
フレイヤが少し
彼女の
「へえー、どれどれ……」
ルルは、ピコピコとぎこちなく飛ぶと、楽しげに笑いながら、僕の頭の上に乗っかった。
「おおっ! こ、これは……」と、ルルは驚きの表情を浮かべた。
「やっとわかるなんて……あなた
「決めたっ! ここが、あたしの特等席だ! はっはっはーっ!」
ルルが僕の頭上で堂々と宣言する。
「ええっ! 勝手に決めないでくれよ。これはこれで、少し
ため息をつきながらも、ぼくはルルを追い払うことができずにいた。
「なーに。慣れれば、どうということはないさ。あたしは、とても貴重な
そう言うルルの
僕にとっては、彼女が
「フレイヤ……君は僕に何を見い出しているんだ?」
胸が高鳴る。
彼女が歩けば、森は色鮮やかな花々を咲かせ、風は心地よく吹き、全てが彼女に従うかのようだった。
彼女は美しく、そして何よりも僕の心を
彼女を見つめていると、心が甘くしびれ、妙な苦しさを感じる。
それはただの癒しではない。もっと別の、心の奥底をかき乱すような感覚――それは恋なのか、あるいは何か別の感情なのか……?
まだ薄っぺらな僕の人間関係からは、理解が及ばない。
◆
人外の友達は少しずつ増えていく。
山で森を散策していたとき……ふと足を止めた。
──んっ? ここは、さっき通った場所だ……。
「クックックッ……」と、
あんなに悪意をむき出しにしては、見つけてくれ、と言っているようなものだ。
ひそかに闘気を
予想したとおり、いたずら好きな
ピクシー・レッドという混乱状態を引き起こし、旅人たちを道に迷わせることで有名だ。
「ちくしょう! 放しなさいよ! 放せってば!」
手のひらほどの小さな体。よく見ると女の子のようだ。
緑色のドレスを着ているし、ちょこっとした胸のふくらみもある。
肩までの長さの金髪は、花やリボンで飾っている。
まるで、弱い子を
「いたずらしないと約束したら、放してやるよ」
「わかったから! 約束するっ!」
なんだかヤケクソな言い方で、信用ならないが……まあ、いいか。
僕は、軽くため息をついて、手を
彼女はふわりと空中に舞い上がり、小さな手で自分の服を整えた。だが、その顔はどこか不満げだ。
「もうっ! 人間の男の子って、乱暴なんだからっ!」
彼女は、ぷりぷりと怒っている――反省の色が見えない……。
「いたずらした張本人が、どの口で言うのかな?」と、軽く
「ひえっ! あたし、小さくて弱いから。簡単にプチッって、
「君、名前は?」
「名前? ないよ。ピクシーは種族名だし、あたしには名前なんてないの。あんたが付けてよ!」
(なんとも、手間のかかる……)
その
ふっ――と、軽くため息が出た。
僕は頭を
「……カリーナ。君の名前は、今日からカリーナだ」
「カリーナ? ふーん……?」
彼女は難しい顔をしている。
「古語で『かわいい』っていう意味なんだけど……」
「なんだ、悪くない名前じゃない!」と、彼女は満足そうにうなずき、小さな手を腰に当てると胸を張って得意気に笑った。
従魔契約は
カリーナを花の妖精フレイアたちに紹介すると、すぐに仲良しになった。
カリーナは、いたずら好きで、ひょうきんで、
冒険好きで、ときどきふらっといなくなっては
そんなことで、彼女の
僕は、苦笑いしながら、靴の泥を
友達になった妖精の中で、一番僕に
冒険から帰ってくると、いつも僕に付きまとってくる。森の外まで付いてくる始末だ。
一人では怖いが、僕が一緒なら大丈夫らしい。
彼女の姿は
「へえー! 人間の町って、
彼女は
「お店の売り物を勝手に食べたりするなよ」と、僕は
「えっ? 売り物って?」
──おいおい、そこからかよ……。
僕は軽くため息をついた。なんとも、手のかかりそうなやつだ。
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