反逆の墓守:数奇な運命の死霊使いは皇帝の暴政を許せない

聡明な兎

プロローグ ~神託~

「太陽の光に生まれし炎の獅子は闇にちておごり、世は擾乱じょうらん干戈かんか止まず。

 創造と維持と破壊の象徴を備えし銀の鳥は民を憂う。

 鳥は竜の恵みを受け、獅子と鳥の争いは天地を分かつ。

 戦争と知恵の女神は悲しみに暮れ、やがて太陽は沈むだろう」


 重々しい胴間声が厳粛に響き渡ると、神殿の中を、耐え難い静寂が支配する。


 神託を言い終えた巫女みこは、トランスから解き放たれると同時に気を失い、その場に崩れ落ちた。世話役が慌てて彼女を支える。


 一段落すると、興味津々の参列者たちは口々に囁き合い、不吉な空気に身を震わせた。

 

 今日は、コームルス帝国皇太子、ガイウス・コルネリウス・マケドニクスの長男ルキウスの一歳の誕生日。これを祝って、預言をつかさどる太陽と音楽の神ソラの神託を受ける行事が催されていた。

 その結果がこれだ。

 

「どういうことだ! 獅子とは、俺のことか?」


 ガイウスは、怒りと焦燥を滲ませながら神殿の神官へ詰め寄った。


「そ、それは……おそらく帝国皇帝のことかと……」


 答える神官は、恐怖で歯の根が合わない。

 暴君で有名な父と似て、ガイウスは傲慢ごうまんで残忍な男だ。意に沿わぬ臣下を手にかけた例は、枚挙にいとまがない。


「つまりは将来の俺ということではないか! では、鳥とは誰だ? ルキウスなのか!」

「創造と維持と破壊の象徴とは、おそらくオームのことではないかと……」


「くそっ! ならば、太陽が沈むとは、ルキウスが将来俺を殺すということで相違ないな!」

「確かに、太陽が沈むとは帝国皇帝がお隠れになる暗喩と思われますが、ルキウス様が殿下にお手をかけるとは……」


「そのようなこと、どうでもよいわ!」と、怒号するガイウスの肩は、怒りに震えている。


「殺せ! この場で、ルキウスを殺すのだ!」


 ガイウスは護衛の近衛兵に命じた。だが、ルキウスは長男で、ゆくゆくは皇帝となる血筋。

 兵たちは躊躇ちゅうちょし、顔を見合わせる。


「お待ちください。神殿を血で汚すなど、正気の沙汰ではございません」

 

 神官が、慌ててなだめにかかる。

 

 さらに、正妃で母のアリアが、ガイウスに滂沱ぼうだの涙を流しながらすがりついた。

 

「殿下。神託など、いかようにも解釈が可能です。実の子が親に手をかけるなど、あろうはずがありません」


 アリアは、選ばれし神託の巫女候補であった。

 しかし、ガイウスに見初められ、彼が教会へ強引に圧力をかけて妻とした。

 夫婦ともども、それぞれの過去の経緯に縛られている。


 そもそも、教会の権威は軽んじることができない。

 聖騎士団などの武力もその背後に潜んでいる。

 いくら傲慢なガイウスでも、教会勢力に対し、無策では逆らえないことくらい心得ている。


 ガイウスの顔に苛立ちが滲む。


「えーい! ならば、ルキウスをネクロスの森に捨ててこい!」

 

 帝都ギーデ北部に広がるネクロスの森は、冥界の影響下にあり、死の気配が漂っている。

 そこでは生き物たちは腐敗し、変容する。凶暴な猛獣や未知の怪物が跋扈し、人々はその地を恐れている。

 1歳の乳児がこの森へ捨てられたら、その命は即座に奪われるのは明らかだ。


 最終的に、ガイウスをなだめるすべは失敗に終わり、ルキウスはネクロスの森へと捨てられた。

 同時に、不興を買った正妃アリアは離宮に幽閉された。


 ルキウスを捨てに向かう近衛兵を、ひそかに一人の影が追跡していた。

 その動作は非凡であり、おそらくはただの人間ではないだろう。


 こうして、ルキウスは数奇な運命を辿り始める。

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