天使が死ぬには早すぎた
隣乃となり
一
ちょうど雨の日が増えてきた頃、友人が死んだ。
殺されたらしい。
そのことを知ったのは、会社での昼休憩の時だった。
「なんちゃら美織ちゃん。なんだっけ、女優のさ、苗字忘れちゃった。えーっと、あのドラマに出てた…」
「古坂美織」
反射的にそう答えてから敬語を忘れていたことに気づいたが、先輩がすぐに「古坂!それよそれ」と食い気味に言ってきたので、付け足す時間がなかった。
流行りのドラマに出演した際にあまりの美しさにネットで話題になり、それがきっかけで最近さらにドラマ出演が増えた、今乗りに乗っている女優である。
そして彼女は、私の高校時代の友人だ。
「どうかしたんですか?古坂美織さんが」
最近、古坂美織に関するニュースなんてあったっけ。そう思考を巡らせていると、先輩がなぜか周りを見渡し、それから声のボリュームを落として言った。
「殺されたらしいのよ」
え、という声は喉から出てくる直前に消えた。
聞き間違いだったのだろうか。
私があまりに驚いていたからか、先輩が「聞こえなかった?だから…」ともう一回言おうとしたので慌てて止めた。
殺された。
その言葉を脳内で何度も何度も反芻する。
先輩が続けて何か言っていたが、それどころじゃなくて何も入ってこなかった。
トイレに行くと言って先輩の話を遮り、ポケットにスマホが入っていることを確認しながらトイレに直行した。
個室に入って鍵を閉めた瞬間、身体から力が抜けて思わずその場にしゃがみこむ。
考えるよりも先に手が動いて、ポケットからスマホを取り出す。そういえば、朝から一度も見ていなかった。
ニュースサイトを開いて、必死に目を動かして美織の名前を探していると、見覚えのある顔が写った画像が目にとまった。
『女優・古坂美織さん(25) 自宅マンションで刺され死亡 逮捕された容疑者の女「綺麗ってだけで充実した人生を送っているのが許せなかった」』
画像の横にあるその一文を見たとき、思わずスマホを取り落としそうになった。
震える指でそのページを開いて、そこにある文字列をただただ必死に読んだ。呼吸がしづらい。頭が痛い。
どうやら美織は、ドラマの撮影の後、住んでいるマンションに帰ってきた時に待ち伏せしていた女に突然包丁で刺されたらしい。
美織を刺した20代の女は二ヶ月ほど前から美織をストーキングし、自宅を特定していたという。
全て読み終えて、ふーっと長い溜め息が出た。頭はまだズキズキと痛んでいる。
死んだのだ。
まだ信じられない、いや、信じたくない。
ふと、あの日の美織の笑顔を思いだした。
河川敷で一人、死のうとしていたあの日の美織の、笑顔。
あの笑顔は、もうこの世にはないらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます