第3話:We got it !
〝コーディネーター〟に〝ドライバー〟と、〝ドライバー〟に〝ソーサラー〟と呼ばれたのが、いま追われている二人である。
〝ドライバー〟は滑らかなカーブを描く街道をスピードを上げて走るが、なかなかドラゴンを突き放すことが出来ない。そのうち、オークの一人があることに気付いた。
「なあ、あの車、金持ちどもが探している『けいピーじーしー』とか言う車じゃねえか?」
「どういう字を書くんだ?」
「軽ピー痔死……軽い痔で死ぬほど下痢するとか?」
「バッカ野郎! KPGCってアルファベットで書くんだよ!」
「おお、隊長! 博識ですね! ……アルファベットってなんすか?」
「俺らの世界、〝マギテラ〟と融合した〝地球〟って世界の一地方の言語だ」
「さすが隊長!」
「急げ、お前ら! 積み荷もきっと大層なお宝に違いないぞ! 横流しすりゃあ、ひと儲けだ!」
「わかりやした!」
〝警察=治安を守る〟という意識のない〝マギテラ〟の亜人にとって、警察とは〝市民からワイロやアガリをかすめ取る衛兵〟という感覚でしかないようだ。
「待て!」
「待てや、コラァ!」
そんなオークたちの怒号を聞いて、〝ドライバー〟は呆れた様な顔をして、
「『待て』と言われて、待つバカは居ないよ、なあソーサラー?」
とつぶやくが、すかさず少女がうんざりした表情で突っ込む。
「それ、死語です」
「ええっ? もう使わない?!」
「これだからおぢさんはイヤですねぇ」
「じゃあ、『待て』と言われたらなんて返すんだよ」
「『イヤです』でいいじゃないですか」
「シャレが利かないなぁ……」
「ところで、いつまであんな連中と追いかけっこしてるんですか?」
「そうだな……まあ、まかせておけよ」
そう言って〝ドライバー〟は街道を左に曲がり、わき道に入った。
「隊長! 連中、脇に逸れましたぜ!」
「? いったい何のつもりだ? 構うことはねえ! どうせ人間どもの〝くるま〟なんてモノは、この銃ってヤツの弾みたいに真っすぐにしか動かねえものだ!」
「さすが、隊長!」
「待て!」
「待てや、コラァ!」
ドラゴンに乗ったオークたちはGTRを追って、わき道にそれる。前方を見ると道は建物のガレキで塞がれており、GTRはガレキに向かってまっしぐらに突っ込んでいった。
「バカめ、行き止まりだ! もう止まるしかねえ、逃がすんじゃねえぞ!」
「へい!」
距離を詰めようとオークたちは加速する。
車の中では少女が迫りくるガレキを目の当たりにして、恐怖に顔を引きつらせていた。
「ヒイイイイイイイイイイ!」
〝ドライバー〟は迫りくる壁を前にしながらも、ヒール・アンド・トウを駆使し、エンジンの回転数を落とさずに4速→3速→2速とギアを変えながらエンジンブレーキを掛けると、クラッチを踏んでミッションとエンジンのリンケージをカットし、ハンドルを右に切りながらサイドブレーキを引いた。
上部に〝オーバーフェンダー〟が設けられた左右のタイヤハウスの中、接地面積の増した幅広のタイヤは、この急激な挙動にもエンジンパワーをしっかり路面に伝え、GTRはガレキの前でドリフトしながら直角に曲がり、ガレキの右の車一台がやっと通れるような側道に滑り込んだ。
「キャアアアアアアアアアア!」
少女の悲鳴が側道に響く中、GTRは車幅ギリギリの壁が迫る側道を速度を落とさずに突っ走っていく。
「な・なんだ、ありゃ?」
「に、人間の車が直角に曲がった?」
「お、追え! 追うんだ!」
オークたちはドラゴンの脇腹を蹴ってスピードを上げる。
しかし生物は突発的な出来事に、それほど柔軟に対応できない。オークたちはそのままのスピードで曲がろうとするが、すでにドラゴンたちのスピードは曲がり切れるようなそれではない。慣性の法則でドラゴンたちの体は左側、すなわちアウトの方向へ膨らんでいく。
「「「「「うわわわわわわわ!」」」」」
ドガガガガガ! オークたちは次々とガレキに突っ込んでいった。
◇
「ヒイイイイイイイ!」
パチパチパチッ! 側道の壁と物理保護魔法が干渉して、金色の火花を左右から巻き散らし、建物の壁に溝を彫り込みながらGTRは側道を走り抜ける。
「あ、あわわわわわ!」
少女が言葉にならない悲鳴を上げているのを尻目に、側道の向こうの光を目指して〝ドライバー〟は嬉々としてスピードを上げた。
グオオオオオン! エンジン音を響かせ、GTRは街道に躍り出る。〝ドライバー〟は再び車をドリフトさせると、車を進行方向に向けた。
「あううううう……」
少女はよだれを垂らして、ぐったりしている。三半規管をグルグル回されて、グロッキー気味なのだ。
「〝ソーサラー〟、そろそろ立ち直って地図確認してくれないかなぁ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね」
少女はドアのサイドポケットから、ゴソゴソと地図帳を出して広げる。その時、ドラゴンたちの重量の有る足音とは違う、軽やかな足音が近づいてきた。
「待て! 待ちなさい!」
大声を上げて追いすがるその人物を、〝ドライバー〟はバックミラーで確認する。スピード・ドラゴンと呼ばれる速く走るコトに特化したドラゴンにまたがった、長身の少女が追いかけて来ているのが見えた。
「やっべ、バウンティハンターのお嬢ちゃんだ」
〝ドライバー〟はそう言うと再びGTRのアクセルを踏んで加速するが、スピード・ドラゴンはオークたちのドラゴンたちとは違い、GTRの加速をモノともせず追いすがる。
膨らんだ体を太く短い脚で支えた通常のドラゴンと違い、引き締まったしなやかな体を同じくしなやかな四肢で支え優雅な体毛に覆われた美しいドラゴンである。
かつては陸上だけではなく天空すら駆け巡ったほどのスピード・ドラゴンの姿は融合前の地球にも伝わっており、特に日本=サンソス・ニッポンでその名は轟いている。その名は〝麒麟〟と云った。
速度を落とさないスピード・ドラゴンは、とうとうGTRに並ぶことに成功した。
腰のベルトの左にサーベル、右には特製の.500スミス&ウェッソン・マグナムを使う切り詰めたウィンチェスター=メアーズ・レッグがぶら下がっている。先ほどのオークたちの拳銃よりはるかに上質な代物で、ワンオフ=彼女のためだけの一品である。
銃身と弾倉は弾丸一発分しか切り詰められていないが、スタイルの良いエルフの足の長さには十分の長さだ。その代わり銃床は肩付けする部分を切り落とし、抜きやすいように最低限の長さしかない。エルフはホルスターからウィンチェスターを抜くと、〝ドライバー〟に向ける。
「いい加減にお縄を頂戴してください! 今回は逃げられませんよ!」
肩より長い金髪をなびかせ、美しく輝く緑色の瞳で運転席を見下ろす凛々しい少女は、〝長耳〟と呼ばれるホワイト・エルフで、白が基調のカチッとした騎兵服に身を包んでいる。
「関税法違反、道路交通法違反、公務執行妨害! もろもろの罪でタイホです、タイホ!」
一発で大穴どころか上半身が無くなるようなライフル銃を向けられても、〝ドライバー〟はニヤけた顔を引き締めようともしない。
「こんなトコロまでご苦労さん。魔法でこの車を停めるのは、諦めたのかい?」
「こちらの方が手っ取り早いです、ここなら気兼ねなく発砲出来ますので」
エルフの少女はそう言って撃鉄を親指でカチッと起こした。
「そりゃ、おっかないね!」
〝ドライバー〟はそう言って、ダブルクラッチを駆使して回転数を上げたまま4速から3速にギアを落とすと、アクセルを床まで踏み込んだ。
グォォォォォォォン! 雄叫びを上げて、GTRはさらに加速する。そのGTRのリアタイヤに向けて、エルフの少女はウィンチェスターを発射した。
ズゴン!
.500スミス&ウェッソン・マグナムはGTRの物理保護魔法を力づくで貫通し、荒れた舗装を派手に破壊して盛大な土煙を上げた。もし、まだそこにタイヤがあったなら、今頃はホイールごとお亡くなりになっていたかもしれない。
「チッ」
エルフの少女は軽く舌打ちするとウィンチェスターを一回転させて次弾を装填、ホルスターに収めるとスピード・ドラゴンを走らせた。
『今日は絶対逃がしはしない……そのために懸賞金の多くを使って、このスピード・ドラゴンを手に入れたのだ。重量がないので急な制動や方向転換にも対応できる、これなら逃がしはしない!』
心の中で呟きながら自信を深めた少女はスピード・ドラゴンの横腹にひと蹴り入れて、さらにスピードを上げた。
「しつこいなぁ……」
「店で、アツク燃えてましたものね」
「しょうがない、コレをやるか」
〝ドライバー〟は親指と人差し指で、何かをつまむような仕草をした。
「え? アレじゃなくて、コレですか!?」
「そう、コレだ」
「コレ、タイミングが難しいんですよ! 今回、いやな予感がしてたんですよね……」
「今回だけかよ」
「そうですね! いつもですね! 困ったものですね!」
助手席の少女は大いにむくれるが、その口元はわずかにニヤついて見えた。この切羽詰まった状況を楽しむような笑みが浮かぶ。
しばらく走っていると、街並みが途切れて来て、前方が開けて見える。
『……川?』
エルフの少女は気を引き締めた。GTRは川に向かっている……この先の橋は落ちていて、今はない。GTRは川を飛び越えようというのだ。
「毎度毎度、同じ手に引っかかるものか!」
そう、もう何度もひどい目に遭わされてきた。馬やドラゴンを使っているときは、飛距離が足りなくて何度も川に落ちた……いや、落とされた。だが今回は違う、体重の軽いスピード・ドラゴンならジャンプ出来るはずだ。
「スピードだ、もっとスピードを!」
エルフの少女はスピード・ドラゴンの速度を更に上げた。
「おーおームキになって……可愛いなぁ」
「あんな真面目なジェーンさんを何度も泣かすなんて、なんてヒドイ人なんですか!」
「女の涙は、漢(オトコ)の勲章さ」
「おやぢ臭い」
〝ドライバー〟はそこでガクッと来るが、すぐに気を取り直して前を向いた。目の前に、ジャンプ用の台座が固定されているのが見える。
「それじゃあ、いくぞ! せぇーの!」
「うーい、きゃーん」
「「ふらーい!!」」
GTRは台座を軽やかに駆け上がって、見事なループを描いて飛びあがった。
「ひゃー!気持ちイイー!」
助手席の少女は思わず顔をほころばせながら飛翔感に身を委ね、〝ドライバー〟も思わず満面の笑みを浮かべる。GTRは今まさにひとつの弾丸となって、空を飛んでいた。
GTRのリアビューの美しさにエルフの少女は思わず見とれるが、彼女もすぐに気を取り直して台座に向かう。
「せぇぇぇの、あーい、きゃーん……ふらーい!」
彼女のスピード・ドラゴンは、川の上空に飛びあがった。
『やった! スピード・角度・タイミング、全てにおいて完璧だ!』
エルフの少女は自分の騎乗スキルの確かさに、思わず自分で感動した。目の前でGTRが対岸に着地し、バウンドしながら止まるのが見えた。
『おのれ、逃がすものか!』
エルフの少女が怒りに燃えてGTRの後姿をにらみつけていると、自分が少し早く落下し始めていることに気が付く。
『え? なんで? どういうコト?』
おかしい、スピード角度タイミング、全て奴の動きを見切ったというのに、何が、何が足りなくて届かないのか?落下し始めた彼女は、何かを掴むかのように手を伸ばす。
その時、目に入ったのは〝ドライバー〟のにやけた顔と、ほがらかに笑って手を振る〝ソーサラー〟の笑顔だった。
悔しさに思わず涙ぐみ、叶わぬと解っていてもウィンチェスターを抜いた。狙いを付けようとした時にはすでに目には対岸しか映らなかったが、急いで両手で構え、
ズガガガガガガン! と空に向かって弾倉内の六発を撃ち尽くす。が、しかし状況は何も変わらない。彼女とスピード・ドラゴンは真下の川に一直線に落下していく。
「不良オヤジ! 地獄へ落ちろー!」
怒号が響き渡った数秒後、盛大な水音が谷間にこだまする。
「We got it!(やったぁぁぁ)!」
「さすが〝ソーサラー〟、絶妙のタイミングだったね!」
「感謝しているなら、誠意を見せてください! ……そうですねぇ、今週一週間のお昼オゴリならいいです。あ、その中に必ずワインディングロード特製の生姜焼き定食を、二回は入れてください!」
「え? 絶交じゃないの?」
「こここ、今回は上手くいったから、許してあげます! 次トラブったら絶交です!」
〝ソーサラー〟の怒号が響く中、ひゅるひゅるひゅると何かが落下する音が微かに聞こえる。
「おっと、やばいやばい」
二人はシートに体を滑り込ませると、急いで車を発進させた。その直後、「ズガガガガガガン!」とエルフの放った六発は大きな弧を描いて、先ほどまでGTRの停車していた位置に降り注ぐ。
「まったく、ジェーンちゃんも諦めが悪いったらないね」
「〝ドライバー〟が泣かすからですよ」
「……違いない。さてちょいと急ぐか、ちょっと時間をロスしちゃったからな」
GTRはその太いエキゾーストをとどろかせ、エスサァリイ・トウキョウに向かった。
◇
〝エスサァリイ・トウキョウ〟……旧名〝東京〟。〝日本〟と呼ばれた国の首都、政治・経済・文化が集中した街。今その姿はかつての先進的な面影はなく、奇妙な木や草に覆われ、隆起や陥没を繰り返したために摩訶不思議な街に変貌していた。
街は二重の障壁によって区切られている。
かつて『首都環状線』と呼ばれた高速道路の周りを壁で囲った『セントラル』と呼ばれるエリアは、相変わらず政治・経済・文化の中心を担う、サンソス・ニッポンの最中心部。その周りを『外環自動車道』と呼ばれた高速道路を壁で覆った『アウターリング』と呼ばれるエリアが囲んでいた。
『セントラル』に繋がる各高速道路には検問所が置かれ、機関銃やバカデカいライフルを持った人間やオークの守備隊が外部からの侵入を固く拒んでいる。突然、その検問所がにわかに慌ただしくなった。双眼鏡を覗いていた見張りが、『東北自動車道』と呼ばれていたエストノス・エクスプレスをぶっ飛ばしてくる、GTRを見つけたのだ。
「来たぞ! 〝ロードランナー〟のGTRだ!」
それを聞いたオークや人間たちは、検問所前のバリケードを慌ただしくどかし、滅多に開けることのない巨大な鉄の扉を検問所の全員で一斉に押し始めた。
「せーの!」
巨大なモンスターでもなかなか空けることの出来ない鉄の扉を、守備隊全員でなんとかGTR一台が通れる隙間を空ける。走って来たGTRはその隙間を悠々と通り抜ける。
「ありがとうございます、みなさん!」
〝ソーサラー〟が振り向きざまに叫ぶと、検問所から声がかかる。
「またうまいメシ、喰わせてくれよ!」
「オレは、アンタの笑顔があればいい!」
「バカ野郎、あの子はおまえだけのものじゃねえ!」
漢たちの声を受けて、GTRはさらに加速する。
かつて6号三郷線と呼ばれた、なだらかなカーブが続く高速道を、GTRはスムーズに素早く駆け抜ける。金持ち連中が乗っているクラシカルなセダンやリムジンの間をスイスイと走り抜け、首都環状線に入る。
『外回り』と呼ばれたさらにタイトなカーブが続く道を鮮やかなテクニックで走り抜け、異界のツタで覆われて、かろうじて『銀座=GINZA』と読める出口を出た。
セントラル内の高速道路は、外部からの侵入がないので出入りは自由だ。もっとも電子機器が機能しないこの世界では、『イーティーシー』と呼ばれた自動料金徴収システムも機能しないので料金を徴収することも出来ない。もっともいまさら料金を徴収しようにも自動車の絶対数が少ないこの世界では意味がないし、自動車を所持している数少ない連中から高い維持費を徴収した方が手間が少なく効率的である。
〝ロードランナー〟は高速道路を降りるとすぐに左に曲がり、かつて『ツキジシジョウ』と呼ばれていたエリアの入り口に向かう。そこには『セントラル』エリアの金持ち連中に『スシ』と呼ばれる高級な食事を提供することで財を成したガゾローニ・モリムラ社長が待っていた。
◇
融合後、『地球』の人々にも様々な変化が起きた。魔法力や飛行能力・変身能力など、特殊な能力に目覚めた多種多様な人々が融合後の地球の側にも出現したのだ。その端的な例が、〝融合者〟の存在である。
二つの世界が融合した時に、たまたま重なった〝マギテラ〟の住人と〝地球〟の住民、お互いの〝存在〟がひとつに溶け合い、新たな存在として融合後の世界に降り立つケースが発見されたのだ。
ガゾローニ・モリムラ社長は同じ位置に居た地球の森村社長とマギテラのガゾローニというオーガが合体し、一つの存在として現れた人物である。
とはいえ、融合はそんなに簡単に行われるものではなく、あくまで二つの世界の存在が宝くじレベルで相性の一致を見た時だけに行われるレアケースだった。
二つの世界の住民が融合した存在は特殊な能力を持つことが多かった。魔法使いであれば、他の魔法使いが半分の力しか出せないところを逆に倍の魔法力を発揮出来たり、モンスターであれば、他のモンスターが半分の怪力しか出せないところを倍の怪力を発揮出来たりした。
モリムラ社長もその類まれなる暴力の力と優秀な商才を発揮し、新しい世界でひとかどの人物となった。
◇
人間とオーガの融合体である巨大な体を、特別あつらえのイタリアンデザインの白いダブルのスーツで包み、市場の入り口を塞ぐように仁王立ちしたモリムラ社長は悠然と葉巻をふかして近付いてくるGTRを見つめていた。ちらと左手の中指にはめたロレックスのアンティークウオッチを見つめる。
市場の門の上に設置された特設の観覧席にも、GTRを見つめる多くの観客がひしめいていた。あるものは期待に胸を躍らせ、またある者は失望と無念に満ち、ガッカリとした表情を見せている。
だがそこに極端な喜びや失望、ましてや絶望などという感情はない。その場に満ちているのは、あくまで娯楽を楽しむ優雅な余裕である。
GTRは急ブレーキを掛け、スライドしながらモリムラ社長の前に滑り込んだ。その瞬間、GTRの勝ちに賭けていた金持ち連中の歓声と、負けに賭けていた連中の落胆の悲鳴が混ざり合った声が〝セントラル〟の街中に響き渡った。
「時間三分前……相変わらずいい腕しているな、〝ドライバー〟」
「誰かが検問を増やしたり、バウンティハンターのお姉ちゃんなんか呼ばれなきゃ、もう少し余裕があるんだけどね」
運転席から降り立ち、ルーフ越しに見える〝ドライバー〟の口元はニヤついているように見えるが目は笑っていない。その眼差しには僅かな殺気さえ込められていたが、モリムラ社長は気にする様子もなく豪胆に笑った。
「ガッハハハハハ、そんなコトがあったか! もちろんオレじゃないぞ? 大方誰かがゲームを面白くしようとしているんだろうよ」
「……次は御免こうむるね……約束のカネは?」
〝ドライバー〟に言われて、モリムラ社長は胸ポケットから親指と人差し指で封筒に入った報酬をつまみ出すと、〝ソーサラー〟に放り投げる。〝ソーサラー〟は中身の金を取り出すと、魔法をかけた。
「偽りの神に支配されし者よ、とく、その姿を現せ! フィンダ・コントラフェアト・ウント・パウモニ!」
金は宙に舞い上がり、整列して少女の周りを飛行すると、一列に並んで封筒に納まっていく。脱落する紙幣はない。
「間違いなく十万マギドルあります、〝ドライバー〟」
「じゃあ荷物を渡してちょうだい、〝ソーサラー〟」
トランクに向かう少女の、その美しく整ったスタイルを見た金持ち連中から感嘆の吐息が漏れる。少女はトランクを開き、ミミックの中から縮小したメグロを片手で軽々と持ち上げると、モリムラ社長の後ろに待機しているギガント(巨人)の調理人の前の、巨大なまな板の上に乗せた。
「秤の女神の名のもとに命ずる! 汝、元の姿を示せ! セド・オリリ!」
彼女が呪文を唱えると、メガマグロ=メグロはその巨大な姿を取り戻す。その巨大さに、観客席の金持ち連中はもちろん、モリムラ社長ですら感嘆の声を上げる。
「スゲェ、こいつはスゲェ! 〝マギテラ〟の大魔法使いだってこうはいかねえ! 姉ちゃん、アンタ大した魔法使いだよ! どうだ、オレのところに来ないか? 給料ははずむぜ!」
モリムラ社長が声を掛けるが、〝ソーサラー〟は怯えたように〝ドライバー〟の後ろに身を隠す。
「悪いな社長、この娘は売り物じゃない」
さっきよりさらに強い怒気をはらんだ声を静かに吐いて、〝ドライバー〟はにこやかに微笑んだ。
「冗談だよ、〝ドライバー〟」
これ以上怒らせては差しさわりがある、と悟ったモリムラ社長は声を落ち着かせると、にこやかに笑って言った。
「じゃあな社長、またごひいきに」
そう言って〝ドライバー〟と〝ソーサラー〟はGTRに乗り込むと、『ボウボウボウ!』とエンジンをふかせて去って行った。
◇
融合後の世界で特に大きな問題となったことの一つに、地域格差があった。
今まではひとつの国の中の一地域として活動していた州や県と言った地方自治体が、経済的自立を果たし始めたのである。
特に顕著だったのは海に面した地域で、独自に農産物や海産物を流通させることで利益を得始めた。国家という枠組みがある以上、大きな問題に対しては恭順の意を表していても、コト経済に対しては別、という立場をとるようになったのだ。
それは農作物が機械化による大量生産が出来ず収穫量が減ったことや、大規模船団が無線やレーダーによる相互連携が取れなくなり漁獲量が大幅に減少しただけでなく、飛行機や大型貨物船などによる食料の大量輸送が出来なくなったからで、食料自給率が各国・各地域の力になったのである。
大量輸送について、〝マギテラ〟の魔法は全く無力だった。〝マギテラ〟における物資の輸送手段は人力車や荷馬車などが中心で食料の大量輸送など想定もされておらず、また自給自足が原則だった〝マギテラ〟では、その輸送能力で十分こと足りていたのだ。
物体の浮遊移動や空間転移などの移動系魔法もあったが、せいぜい自身か身の回りの品を移動するのが関の山で、何十/何百トンという食品を移動させられるような魔法も無く、それを実行できる魔法使いは融合後の世界には居なかったのである。
旧名:北海道などは恵まれた最たる地域で、コメを筆頭に、野菜・牛乳・肉などありとあらゆる作物が手に入るパラダイスであるのに比べ、東京・大阪などと言った大都市圏は逆に貧しくなった。確かに金は有ったが、以前のように大量生産したものを大量に配送し大量に消費するような産業構造でなくなったいま、食料を生産する地域が食料を売ってくれなければ大都市圏は即食糧危機に見舞われ飢えてしまうのだ。
さらに、北海道で作物を購入したとしても、東京に持っていくには青森・岩手・宮城・福島・茨城・埼玉の六県を通過しなければいけない。通過される各県は道路に関所・税関を設け、食料輸送について関税を徴収することを始めたのである。
船で輸送する手もあったが、各県の排他的経済水域に引っかからないように公海まで一度出てから目的の港に入る航路では、やはり時間も金も掛かる為に高値であることには変わりなかった。
六県分の関税が掛かった品物は高値になり、そんな食料は一般の庶民の口には入らない。各県のこの行いを『あくどい』という事は簡単であるが、融合のあと生き抜くためにはもちろん金が必要だった。売る物がなければ、生き抜くために地の利を生かすしかなかった各県の懐具合は考慮されるべきであろう。
しかし、世の中には抜け道というものが常に存在する。各県で直接買い付けた食料を、裏道を使って関所・税関を通らず関税を払わずに目的地に運ぶ〝運び屋〟……大きなトラックなどは使わず、魔法で質量を小さくした食料を特別にチューンした自動車に積み込み、検問を突破して目的地に運ぶ連中がこの世界では暗躍していた。
彼らは、『ロードランナー』と呼ばれていた。
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