第276話 姉弟の戦い
「いやこれ死ぬううううう!?」
「殺さないよぉ〜!」
試合開始直後からずっと。大槌がぶぉんぶぉんと低い風切り音を伴って幾度と無く振られる。
それをまたしても風圧に飛ばされながらも避けてみせるゼガン。涙目になりつつも攻撃は喰らわない。
……一応。一応、ゼガンとて対策や想定はしていた。こう言った状況も考えてはいた。
その場合の最適解が、逃げ回ってジェイナの魔力切れを待つ事……。
やはり本当の戦いならば迷う事なくこの択を選び取っただろう。
しかし、この場は良くも悪くも見世物。そして激しいバトルを求められている。
それ故に、ゼガンは迎え撃つと言う選択肢を取らざるを得なかった。
——これが戦場ならば。
——命の奪い合いならば。
——相手が魔物ならば。
そのようなタラレバは今は要らない。
バックステップする足を止めて、瞬時に集中状態へと移る。
瞼を落とし、感情を抑え、感覚と魔力を研ぎ澄ませ、氷属性の魔力を身体強化に混ぜ込む事で、静謐な己を呼び起こす。
「『冰心』……。取り敢えず……止めましょうか」
振り下ろされる大槌を避けず、鋭い瞳のままにゼガンは冷気を放ち……白く染まった息を吐く。
「『
掲げた細剣の先に、小さな氷の塊が生じた。それは陽の光を受けてキラリと輝く。
実態は“三倍圧縮”された氷魔法。
数秒で溶け消えてしまいそうな小さな氷は、迫り来る大槌に向かって飛んで行き、いとも容易くジェイナの大槌を維持している魔法を破壊した。
更には、その小さな星は消えずにゼガンの周りを彗星の如く公転し始めたのだ。
「うそっ……!」
「追い打ちです。『銀世界』」
ゼガンがそう唱え、大量の魔力を放出する。すると、舞台全体に霜が降り始めた。
ゼガンは自身の魔力を見に纏う事で、己が魔法が放つ冷気を無効化し、自らに有利な環境を作り上げる。
そう、飽くまでこれは魔法による芸当。物体を凍らせてそれが冷気を漏らすのでは無く、範囲内に冷気を放つ魔法を広げただけ。
だが、だからこそ、ゼガンはそれを無視する事が可能。しかし吐いた息は白く染まるのだ。
「これは……厄介な魔法を身に付けたねぇ〜。身体冷えちゃうじゃんかっ」
「温まれば良いでしょう? 火魔法を維持して暖を取りながら戦えるならの話ですが」
寒さに身震いしながらも、ジェイナは周囲に浮かべていた土を黒く変えて行く。しかし火は使わず、身体強化や身体強化魔法にさらに魔力を回して行く。
ジェイナは短期決戦を選んだのだ。
ゼガンも無言で身体強化と身体強化魔法を強化。応戦の準備を整える。
即座にジェイナが駆け出す。
手に持つロッドを右腰に溜めるように構え突進、あっという間にジェイナの間合い。ロッドで薙ぐ瞬間に黒槌を形成————するかと思いきや、黒土はジェイナの頭上で無数の槍となり、ゼガンに向けて降り注ぐ。
腰に溜めていたロッドは、持ち手の逆手と順手を入れ替え、薙ぐ形では無く突く形に変えた。
そしてその杖の先に形成されるのはランスの矛先。三角錐の黒土。
それを身体を温める意味も込めて気勢を発しながら、ひと突き!
「てぇぁあああ!!」
ゼガンはそれに対して、ただ一手を打つのみ。
「『凍星』、圧縮解除」
ゼガンの前方に出て来た『凍星』の制御していた魔力を解放する。
瞬間現れるのは途轍もない大きさの氷塊。
無数の黒槍はその尽くを阻まれ、ジェイナのひと突きも深々と刺さるが貫通に至る厚さでは到底無い。
ジェイナは寒さも忘れて驚きに顔を染める。
これだけの質量をあの小さな塊に抑え込み続けていたのかと。大槌を容易に破壊された事にも納得出来てしまう質量だ。
そして透き通った氷の先で、ゼガンがこちらに向けて細剣を構えているのが目に入る。
ジェイナは直ぐにロッドを手放し回避に移るが……数瞬遅かった。
「『
ゼガンの涼やかな声が響く。
すると、銀世界の様相を見せていた足元が、ジェイナの足を巻き込んでさらに凍結し移動を阻害する。
『銀世界』の寒さでの妨害は副次効果。本来の目的は、ゼガンにとって氷魔法を最もイメージしやすい環境作り。とっておきの機会を逃さな為の魔法『凍土』の為の布石の技。
さらに同時に目の前の氷塊に直径一メートルの貫通した穴が出来上がる。
これは氷ではあるがゼガンの魔法。解かせずとも、消失させる事なら出来る。
そしてその直線上にあるのはゼガン——の既に突き出された細剣だ。
武技が飛ぶ。先は鋭利にはなっていないが、勝敗を決するには十分な威力を誇っていることだろう。
「お姉ちゃん……パワーファイターだからッ!」
絶望的。だが諦めない。諦めるには出し尽くしていない。
ジェイナのグローブに嵌め込まれていた付与魔石が輝く。それは無属性を示す白き光。
強化に強化を重ねたジェイナを魔石がさらに強化する。
飛んでくる武技がどこからどう来るのかはゼガンが丁寧に教えてくれている。
であれば! 拳を置く位置もまた明確!
目の前の穴へと、固められた足は使わず腰を捻って拳を叩き込むっ!
『氷突』と拳が衝突する。
砕けたのは『氷突』だった。
ジェイナはガッチリと足を固めていた氷を強化した力で突破し、氷壁を回り込み、地面を蹴り砕きながらゼガンへと脚力で詰め寄る。
武技を拳で砕かれた事。そして想定外の速度で距離を詰めて来たジェイナの姿に、ゼガンの『冰心』が少し揺らぐ。
「凄いよゼガン! 自慢の弟だよぉ!」
「こちらこそ。誇っても誇り足りない姉ですよっ————『氷牢』」
されど、魔法に影響は無い。飛び掛かって来たジェイナを『銀世界』から生まれ出でた氷の棘が閉じ込める。
今のジェイナなら棘を砕くことは容易だろう。しかし脱出するまでの間にゼガンが一手、さらに詰める事は可能だった。
「詰みです。『氷極』」
『氷牢』の内側へと、さらに氷が浸食して行く。氷を砕いても砕いても次から次へと押し寄せる氷。
…………ジェイナは静かに輝きを失った拳を下ろした。
「……姉さんに魔力がもっと残っていれば、勝敗は分かりませんでしたね」
「タラレバなんて無いんだよ……降参です」
何処か寂しそうにジェイナは笑う。
ゼガンは毅然とした態度でそれを受け止め、勝者として剣を掲げた。
シャリアが勝者の名を告げる。
シード権を得た大本命の一人が、ここに沈む。
観客は湧き、新たな強者に歓声が飛び交う。
だがゼガンは歓声には応えず、直ぐに氷を消し去って火と風で凍えるジェイナを包みこむ。
「姉さん、歩けますか?」
「歯がガチガチなっておもひろぉ〜いぃ……」
「……背負います。……後で怒らないでくださいね? 勝負事だったんですからね? お願いしますよ!?」
「温風で肌ビリビリするよぉ〜」
「…………今度何かご馳走するので、勘弁して下さい……」
姉弟らしい微笑ましい関係性を見せながら去って行く二人。
果たして猫と鼠は居なかった。さながら龍と虎。
一進一退の攻防を繰り返した規格外の姉弟は、いっそ不気味なくらいにいつも通り。
そんな二人を見つめて拳を握るエレア。
入場口で二人とすれ違う。
「ねっエレアちゃん。皆んな凄いね」
そう言って背負ってくれている弟の頭を撫でるジェイナ。
それを気恥ずかしそうにしながらも受け止めるゼガン。
「……うん。すっごく凄い。……でも……アッシュは、頼ってくれるかな……?」
そんな二人を眩しそうに眺めるエレア。
ジェイナがゼガンの背から降りて、エレアを抱きしめる。
「それは分かんないかな。……でもね。そんな風に手を握り込んでたら駄目かも。アッシュ君は、きっとそんなエレアちゃんを頼ってくれないと思う」
「…………うん」
「勝っても負けても、きっと褒めてくれる。きっと、エレアちゃんのこと、一番見てくれてるよ。だからね、笑っていなさいな!」
「……うんっ」
エレアの笑顔を見て、力の抜けた肩と拳を見て、ジェイナは弟の背中へと飛び乗る。
「よーしぃ! ゼガン号、医療室までれっつごぉ〜!」
「…………ひひーん」
なんとも気の抜ける姉弟の姿に笑みを溢したエレアは、前を向いて歩き出す。
勝ち負けでは無く、誇れる戦いを。
胸を張って楽しかったと言える戦いを。
何より————アッシュが褒めてくれる様な戦いを。
ジェイナのお陰で、戦意もやる気も十二分に高まったエレアは相対する。
未知の影魔法を操るノワールと。
凄まじいプレッシャーを放つ強敵と。
何処かアッシュに似たその人と。
「エレア、本気でぶつかり合おう。……いや、最初から本気で来てくれ。じゃないと、簡単に負けてしまうぞ」
しかし、何処かが決定的に違う。アッシュみたいで、アッシュじゃない。
互いに黒い髪を靡かせて、剣を構えずに構え。
……戦いの開始を告げる声が響く。
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