第275話 シードと当たる者達
第二回戦、第四試合の終了後。
選手の為の休憩時間として三十分の猶予が与えられた。
この休憩が終わり次第、ノワール、コルハ、ゼガン、ミルの四人はくじを引いて、シード権保持者であるエレアとジェイナと戦う事になる。
そんな短くも勝敗を分けかねない程に重要な休憩時間、四人の勝者は身体と心を休める為に、選手控え室にて腰を落ち着ける。
ミルは医療班にしっかりと傷や怪我を癒して貰った後、控え室にて息を整えつつも、温まった身体を急激に冷ましてしまわない様にと軽いストレッチを。
コルハは対エレア、対ジェイナを想定してイメージ内での戦闘を。
ゼガンは残る相手の手札や残り魔力を鑑みた余裕を持った戦闘法を思考している。
そしてノワール。彼だけは第四試合のギリギリの戦いに冷やした肝を落ち着けていた。
「獣人同士、熱くなりやすいとは言え……自覚してるか。あの二人なら」
一つ目の悩みに終止符を打ったら、次の悩みに。
あの大歓声の中で戦う事への緊張感に、ソワソワしながら控え室を歩き回るノワールの姿があった。
場所は移って観客席。敗者が勝手に集まる場所にて。
「ぽーおーらー? 貴方反省してますか? ミルにいっぱい生傷つくって! ジュリアお姉様が許しませんよ!?」
「途中のはねー。危なかったねー。大人達が色々構えてたから大丈夫だったとは思うけどさー?」
「うっ……わぁってるよ……さっきミルにも全力で謝ってきたし」
ポーラを叱るジュリアとグロックの姿があった。
間違えれば怒られる。やり過ぎれば叱られる。種族も年も関係無い、悪い事をしたら謝る。幸い大きな怪我には繋がっていない。反省もしている。
ならば必要以上に問い詰める必要は無い。
「それなら良いです。……で? ミルの謎の技については何か分かりましたか?」
「あっ、それも僕も気になる! 霧散使ってたのは分かるんだけどー……」
「悪いがこっちもサッパリだ。最後まで分かんなかったし、さっきも教えてくんなかった」
話の内容は変わってミルの攻撃を逸らす謎の技について。
あの技の利点は、圧倒的な速度や攻撃力を持つ相手の利点を潰せる事。
それは接近戦に不慣れであればある程、喉から手を出してでも欲しくなる。
強い技など幾らでも作り出せるが、回避や防御に使える技は中々難しい。
風を叩き付けての阻害、目潰し、誘導や強制など、相手に干渉しなければならない妨害。
しかし、ジュリアが『魔力視』で見た感じ、ポーラには変化が無かった。どちらかと言えばミルの魔力が霧散で見え辛かったと言ったところ。
以上の事から、ミルの技はミル自身に何かをしているのだと思われる。つまり相手に依存しない妨害。喉どころか身体中から手が出る程にジュリアはその知識が欲しかった。
「アネットさん、先の戦い、魔力視で見ていましたか?」
「ええ、まあ……でも、はっきりとは分からなかったわ。強いて言うなら……ミルの魔力がほんの一瞬、一箇所に集まった様に感じたけれど」
「魔力が一箇所に集まる……っ! 頭上、とかですか?」
「そうね。それ以外は視え難くて」
「……いえ、十分です。なるほど……そう言う事ですか」
勘付いた。ジュリアもまた【存在霧散】に触れているだけにミルの意図が少し見えたのだ。
「おいおい、ほんとか!? 教えてくれぇ〜!」
「汗だくでくっつかないでくださいっ!? 教えますから離れなさいポーラ!」
言質を取ってから離れる強かなポーラにジト目を向けつつもジュリアは言う。
「おそらく、存在感の移動です。それによる視線誘導を超えた意識の誘導。蹴り出すための一瞬の予備動作。その一瞬、存在感を上方にずらす事で、ポーラの無意識に介入。貴方はそのダミーを追って上に蹴り抜いていたのでしょう」
これにジュリアは爪を噛む。結局抜群の近接戦闘センスと勘が無いと再現は難しいと感じたからだ。
同時にミルの成長速度に驚愕する。アッシュの技術の応用でそこまでやって退けるのかと。一番【存在霧散】の修練を積んでいたのは知っているが……ここまでとは。
戦いの中で成長? 覚醒? 違う。結局積み重ねなのだ。
タイアの四人とて日々努力はしている。毎日魔力操作もやっていた。アッシュの背を追い掛けていた。
しかしミルだけはアッシュが選んでいない道にも歩みを進めていたのだ。それが【存在霧散】の応用。より戦闘に直結した技術へと昇華させていた。
「ポーラ……今度組み手の相手を頼みます」
「お礼は魔法の手解きで頼むわ」
「みっちりやってやりますよ」
ミルを侮っていたつもりは無い。しかしそれ以上だった。彼女の芯の強さを甘く見ていた。
ジュリアは魔法特化だからと言う甘えを無くす為に、ポーラもまた魔力に対する勘所をさらに鍛える為に、互いに高め合おうと約束するのだった。
そうして各々が思うがままに時間を過ごした三十分。
四人の勝者はシャリアのアナウンスと共に舞台に現れ、前回同様虚空から落ちてきた箱から四人が一枚ずつ板を引き出す。
シードと戦える栄誉を引き当てたのは……
『シードであるジェイナと戦うのはゼガン! そしてもう一人のシードであるエレアと戦うのはノワール!』
ゼガンとノワールが揃って顔を顰めた。
『それでは第三回戦、第一試合はジェイナ対ゼガン。第二試合はエレア対ノワールで参りましょうか〜!』
観客が盛り上がる中、ジェイナが長い杖を担いで笑顔で現れる。
「ねっ、姉さん……またパワーファイターですか……」
「ゼガン〜。容赦はしないからねぇ?」
「殺さないで下さいね……?」
「……避けてね?」
「ひぃぃ……!」
くじ運の悪い己を恨みつつも、深呼吸をして心身を落ち着けるゼガンの肩が叩かれる。
振り返った先に居るのは何処か優しい視線を向けてくるコルハとミル。
「まあなんだ……達者でな」
「草葉の陰から私達を見守っていて下さいね……」
「えまって!? 僕死ぬんですか!?」
そんなゼガンに小さくハンカチを振って見せるノワール。
「ノワールさんまで!? ……絶対勝ってやりますから!! 姉さんのことコテンパンにしてやりますから!!」
「あっははぁ〜」
「怖い…………」
三人が捌けて行き、ゼガンとジェイナとシャリアが舞台に残される。
堂々たる立ち姿と余裕のある表情を浮かべるジェイナ。
相性の悪さで言えばナツメ以上の相手に内心ガクガクブルブルと震えるゼガン。
窮鼠が猫を噛むのか、摂理の通りに猫が鼠を食い散らかすのか。
————姉弟対決が始まろうとしていた。
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