第260話 第二試合、第三試合

 グロックとジェイナが捌けた後、魔法士達が急いで舞台を修復して均していく。

 少し時間は掛かったが、無事第二試合を行う事は出来そうだ。


 その第二試合の出場者が平静かどうかは別なのだが……。


「どんな戦いをしてるんだ……」

「どんな戦いをしてますの……」


 前者はディクト。後者はナツメ。

 二人の入場口は真反対。なれどその心境は完全に一致。

 二人の戦い方は個人寄り。先の二人の様な戦術規模の魔法の撃ち合いなど想定していない。にも関わらず期待されているのは先の戦いに匹敵する規模感。


「グロックめ……後でたんまり文句を言ってやる……」

「ジェイナさん……今度お買い物に付き合っていただきますわぁ……」


 シャリアのアナウンスが聞こえた事で、胃を抑えていた二人は佇まいを正して歩き出す。

 せめて、この場に立つに相応しく在りたいから。




『お待たせ致しました〜! 続く第二試合で戦うのは〜、一学年ゴールドクラスのディクト! そして三学年ゴールドクラスのナツメ・テスティン!』


 ディクトが入場すると、送り出してくれた両親や友人達が声一杯の声援を送ってくれた。

 翼人の存在は王都では未だ珍しい。客席で突然に声を上げた大勢の翼人の姿に戸惑う者は居れど、それを除け者にしようとする者は居ない。


 そしてディクトもまた、翼人とその里イーリスを背負って立っているのだ。自慢の翼を大きく広げ、手に持つ碧色の槍を掲げて見せる。

 衣装は伝統的な物なのだろうか、空に舞えば美しくひらめく裾の長く白い服。それに風の流れのような紋様が組み込まれており美しい。


 観衆は翼人の事を良く知らないが、整った容姿も相まって彼の善戦が期待される。



 そして続くナツメの入場。

 こちらはテスティン伯爵令嬢であり、且つ美しい見目。一見淑やかで、彼女の事を良く知らない者なら話しかける事すら躊躇う程の美貌を持つが……中身はやんちゃ。あのタイアの四人に食らいつこうとする程の負けん気を内包しているのだ。

 故に、一度関われば接し辛い感覚は一瞬で取り払われる。結果男女問わずかなりの人気を評している。


 よって会場が大きく沸く。

 テスティン家の者達のだろう『ナツメお嬢様〜!』と言う声も聞こえた。


 普段ならばドレスが似合う彼女だが、この舞台にそんな物は不要。故にナツメが纏うは騎士鎧。

 とは言ってもがっちりと全身を覆う者では無く、顔が見え華やかさも感じる程度のものだ。

 それでもナツメが着込めば途端に様になり、お淑やかさでは無く勇ましさと凛々しさを感じさせる。


 多くの歓声、多くの視線を浴びたナツメはスカートを履いていない為、カーテシーの動きだけをして礼を返す。

 そして戦闘の邪魔にならない様にと結んだ髪を手で払い、左腰に佩いた剣を右手で抜き放ち、構える。


「ナツメ嬢、私は手加減も容赦もしない。翼人にとっての戦闘は狩り! 狩りとは理不尽に、そして一方的に行われるものだ。……恨んでくれるな」

「舐めないでくださる? 私、これでもエレアさんとアッシュさんに手解きを受けております。剣士としても、魔法使いとしても、既に二流は超えていると自負していますの……どうか、恨まないでくださいね?」

「ふっふっふっふっふ……」

「うふふふふふ……」


 白熱する舌戦。それを見届けたシャリアが二人の間に入る。


『それでは、第一回戦第二試合。始めっ!!』


 五メートル程の間隔を空けて立っていた二人は、一歩でその距離を詰める。

 ナツメは瞬時の身体強化を。ディクトは駆けると同時に翼を羽撃かせて二段の加速を。


 ……ディクトの翼の使い方。それはファリスがこれまで試行錯誤しながら編み出したもの。飛べない自分が地上で戦い易くする為に作った加速法。

 ディクトはファリスを侮らない。地の駆け方を乞うて、また自分も空の翔け方を教えた。


 そこに身体強化を含めれば、その勢いはナツメを超えるっ————事は無かった。


 丁度二人のど真ん中。舞台中央にて激しく鍔迫り合うに至った二人は互いに驚き目を瞠る。


「その鎧でこの速度に追いつくのか……!!」

「こちらのセリフですわよっ!」


 タネはある。ナツメが発動した身体強化は二つ。一つは魔力循環による身体強化。もう一つは無属性魔法の身体強化。

 それらを瞬時に、そして同時に発動したのだ。


 ……そう、戦いに置いてナツメ・テスティンとは、脳筋である。


 会話もそこそこに武器を打ち付け合うが、ディクトの得物は槍。その適正距離は剣よりも遠い。予想外の相手の加速により間合いを見誤ったディクトは一方的な攻撃を捌くしか出来ない。


 ならば即座に次手を打つ。


 ディクトとて身内にのみその教えを乞うた訳では無い。例えばそれは、レステア。


「フッ……『水矢』」


 ナツメの想像以上に重たい攻撃に笑みを溢しながらも頭上に三本の水の矢を生み出し降下。

 ナツメもまた即座に一歩引いて避けるが、鏃の部分が地に深々と刺さる程度の威力はある。


 そしてナツメが一歩引いた瞬間に前に翼を羽ばたかせる事で後ろに飛び下がり、同時にナツメに対して向かい風を煽る事で距離を取る。


「翼……厄介ですわね」

「片手で振り回す剣の重さでは無いな……馬鹿力め……」

「次の戦いも控えていますし、早いところ勝負をつけると致しましょう。派手な戦いは他の方にお願いしたいところですしね」

「それには同感だ。どうかナツメ嬢には客席で応援頂こうか」

「ぬかしますわね」

「おあいにく様だな」

「うふふふふふ」

「ふふふふふふ」


 不敵な笑みを浮かべあった両者は新たに魔力を動かし魔法を発動させて行く。

 

 ディクトの周囲を囲う様に竜巻が起こり、ナツメの全身が淡く輝き出す。


 奥の手……と言う程でも無い。ディクトは落ち着いた状況で空に上がるための風の防壁を作り出したまで。勿論ただの風の壁などでは無い。突っ込めば全身を切り裂かれる、風の刃で出来た竜巻の防壁だ。


 対するナツメの発光は勿論脳筋。光属性による身体強化の強化。全身の強度すら上げる為、身体強化魔法にさらにリソースを割く事が可能となるのだ。

 ナツメの細腕から繰り出される攻撃はその全てが岩をも砕く一撃となっているだろう。


 ナツメの踏み込みによってヒビが入った地面を見やり、ディクトは直ぐに跳躍し翼を思い切り羽撃く。速やかな上昇。あの破壊の権化から少しでも距離を取る必要があると察したが故の冷静な判断。


 だがナツメはディクトの上を行った。踏み込む力が強いと言う事は、無論蹴り出す力も強い。即ち跳躍は“飛躍”となる。


 飛び上がったディクトよりも尚早く空へと躍り出たナツメは、剣を九十度回転させ剣の腹を下にくる様に“両手で”持ち、剣に光を帯びさせその剣身大きく伸ばした。


 ディクトの防壁は並の相手ならば鉄壁を誇り、自らを容易に空へと上げただろう。だがナツメは並の相手では無かった。


 ナツメが剣を振り下ろす。幅の広い面の攻撃によりディクトが咄嗟に回避する事は敵わない。実用性も見栄えもバッチリな技で決めに掛かった。


 だがディクトとて何もしない訳がない。無駄と悟って竜巻を消し去り——いや、その竜巻を槍の穂先へ凝縮させ、そのエネルギーの全てを巨大な光の剣へと向けて放ち相殺に動く。


 咄嗟の判断にも関わらず、両者の攻撃は拮抗を見せた。空中で拮抗する技。開始前に呟いた言葉はなんだったのか、十分に破壊力に塗れた技がぶつかり合い、その余波が当然舞台を荒らして行く。


 観客はこれまた凄いと大盛り上がり。

 魔法士の舞台修復班は既にげっそり。

 ランバートは『フォートレス』をもう一枚重ねて張り巡らせ。

 フォルスはまた引き抜けないかと頭を回す。


 もうここまで来るとハイクラストーナメントの戦いの規模を誰もが理解する。これは凄い。これは見なければ損だ。立場も身分も忘れ、誰も彼もが声を張り上げ、食い入る様に激しい技のぶつかり合いへと目を向ける。


 その視線の先、風と光のぶつかり合いは、風が徐々に押され出し、ナツメが声を荒げると共に巨大な剣が風を押し潰してディクト諸共、地へと叩き付けた。


 だが叩き付けた瞬間に光が消えた事でディクトは軽傷。衣装は汚れ裂けてしまったが、立ち上がれない程では無い。


 地に降り立ったナツメと向かい合い、ディクトは槍を落とし笑顔を一つ。そして手を上げ降参を宣言する。


「出し切ったとは言わない。だが、納得の行く戦いだった。ナツメ嬢、ありがとう」

「こちらこそですわ。とても素晴らしい戦いが出来たと思います。貴方の得意なフィールドで戦わせないことも戦術の内でしたが、真っ向からぶつかり合ってくれた事、心より感謝致します」


 晴れやかな笑顔で両者が握手を交わす。


 それを見届けてシャリアが勝者を告げ、大歓声が巻き起こる。

 十分過ぎる見応えだった。十分な技量だった。魔法の応用や即座の対処。何より巨大な光の剣。爽快な戦いと輝かしい勝利の剣を振るう姿はまるで聖騎士。


 テスティン家の者達は涙を流し、両親はひたすらに拍手が止まらない。

 翼人達も誰もが今の戦いを認めており、賞賛の拍手を送っていた。



 続く第三試合はポーラ対クミ。


 自信満々で手甲と脚甲を身に付け入場したポーラは、大歓声を受けても平然としており、ご機嫌に馬尻尾とポニーテールを揺らして対戦相手を真っ直ぐ見つめる。


 対するクミは両手に短剣を持ち、ロングブーツとショートパンツ。胸当てと関節を守る部分的な鎧、そしてフード付きのポンチョを身に纏っている。

 小柄で活発なクミの装備はぱっと見可愛らしいが、どれもしっかり魔物素材で作られた装備。その頑丈さは十分なものだ。


 ナツメ達と共に戦う日々の中で、クミは自ら斥候などの気配を消して偵察や暗殺寄りのシーフスタイルを確立させた。


 クミは黄色い短めの髪をカチューシャで垂れない様に抑え、フードを被る。

 途端、鋭くなる目付き。活発な様子が消え、気配が朧げになって行く。


「ははっ! 良いなあ、クミ。こっちも油断はしない……思いっきりやろうぜ?」

「うん。ボクも本気でやる。タイアの四人を見て学んで来たけど、後に着いて行くばっかりじゃあ面白く無い。今のボクを見せてあげるよ、ポーラ」


 シャリアの合図が響き渡る。


 両者身体強化を発動し、さらに全身に風を纏う。これはポーラのスタイルだが、クミはそれを見て真似ぶ、即ち学んで自分の物にしている。


 その上でここからがクミの道。


「『閃光』」


 瞬間クミの頭上で弾けた光。観客の誰も彼もがその光に目を灼かれるが、フードを被った上での頭上の閃光はクミにのみその効力を発揮しない。


 当然ポーラは反応したが、腕で目を隠した以上は死角が生まれる。

 シーフスタイルを確立した元気なボクっ子クミは、気配を消して死角に入り、纏った風を利用して砂埃を起こして行く。


 徹底した姿隠し。真正面から戦う事が自分の領分では無いと理解しているが故の行動。


 観客達もポーラとクミの前評判を知っているのでやりたい事や意図は読める。だが姿が見えないのは盛り上がりにくい。

 静々と始まった第三試合は、このまま沈黙の中で戦うのかと思われたその時。


「『らん』」


 ポーラの声が響くと、その場で回し蹴りで一回転。直後強烈な風が蹴りの軌道上へ吹き荒れた。

 それは全ての砂埃を一撃で吹き飛ばし、クミの姿を炙り出すかに思えたが、暴いたのは密かに、そして無造作に建てられていた土壁による無数の障害物。


 これにポーラは驚きと笑いをこぼす。


「またやっちまった。“環境作りの一手で負けた”はもう許されねえってのに……最高だな、クミッ!」


 以前アッシュと戦った折に、一瞬で足元を凍らされ、障害物を作られて力を発揮し切れずに倒された苦い思い出が蘇る。


 ポーラはクミを舐めていた訳じゃ無い。寧ろ警戒していたからこそ動けなかった。

 そんな中、動かないポーラを逆手に取って大胆にも環境を作り上げると言う動き。初手は完全にクミが一枚上手であり、空気は一気にクミへと傾く。


 中心に居ては思う壺だと判断したポーラは直ぐに駆け出そうとするも、急に音がし出す。

 それは壁に石を当てる様な音。


 クミがたまたま石を踏み飛ばした音? 凡ミス? 誘いか? はたまたブラフか?


 予想が付かず再度動きを固められるポーラ。


 様々な方向から聞こえ出す石をぶつける音。獣人故に優れた聴覚はその方向を正確に割り出し、視線を向けるも何も居ない。かと思えば次は反対から。


 優れた機動力と、正確な魔法。大規模なものは必要無い。惑わし、音に集中させる。その隙をクミは突く。


 ポーラの左で小石の音。右からは風の音。


 迷ったポーラは即座にバックステップで左右を視界に収めようと動く————その背後にこそ、左右に魔法を放った張本人が迫っていると言うのに。


 一瞬漏れた敵意。


 ポーラはそれに即座に反応し後ろに蹴りを放つも不発。クミはその場で姿勢を地を這う程に低くしており、機動力を奪うべく足に向けて双剣を閃かせる。


 だがポーラは咄嗟に上体を捻り、身体強化を二倍圧縮して伸ばした脚を曲げる事で脚甲で受けるに留めた。


 ポーラの履く脚甲はブーツの様に足を覆っているので軽い双剣程度ならば容易に受ける事が出来る防具でもあるのだ。

 逆に言えば防具が無ければ、少なからず機動力を奪われた。その事実にポーラが顔を歪める。


 ギャリィッっと金属が擦れる音が響いたその後には、今度は小さな『閃光』が炸裂。

 ポーラが目を閉じた一瞬で肉薄し、元気印の元気要素の全てを消し去ったクミが目前に現れる。


 閃く双剣を手甲で受け、捌く。目にはまだ残光が後を引くが、耳と勘で反応し、僅かな視界で防いで見せたポーラの研ぎ澄まされた感覚と戦闘センスは言うまでも無い。


 これにはクミも驚きと悔しさを隠せず、距離をとって土の礫を強風で吹き飛ばし牽制に出る。


 が、しかし。ポーラは瞬時に身に纏った風を勢いよく前方に放って牽制の全てを無視して地を踏み砕いてクミへと迫る。


 それは多くの者にとっては瞬きの間だっただろう。


 ポーラの脅威的な瞬発力と風により生み出されたその動きを目で追えた者は少ない。

 クミは、クミだけはその全てを目に焼き付けていたが、彼女の動体反射の域を超えていた。


 胸当て添えられた脚と、ポーラの笑みすら消えた本気の表情。


 クミの視界にはその二つが鮮明に映り、直後背中で感じる土壁を突き破り闘技場の壁に打ち付けられた感覚。肺の中が空っぽになった。


 衝撃が背中を通り越して胸に来て息が吸えない。なんとか顔を上げた先には、脚を伸ばし切ったポーラの姿が見えた。

 ポーラは脚を下ろすや否や、こちらに向けて歩き出し、そして差し伸べられた手。


 いつの間にか剣を手放していた腕をどうにか持ち上げ、その手に乗せる。……クミの意識はそこで途絶えた。


 ポーラはフードが脱げてようやく見えたクミの清々しい表情を見て呟く。


「強過ぎんだろうが……ったくよぉ」


 クミを丁寧に抱え上げ、揺らさない様にゆっくりと去り始める。


 まばらに鳴り出した拍手はやがて大歓声を伴う。

 それは一人の少女の善戦を大きく讃え、もう一人の少女の圧倒的な様を讃える物。


 それは王族とて同じだ。

 及ばぬ力と技術を補うべく手を変え品を変え、裏をかき、虚を突き、自らの全身全霊で以て強者に挑むその姿は胸を打たれて然るべき。


 故に動く。フォルスが合図を出し、アリアルがスーリルを連れてポーラの下へと飛んでいく。


 『微笑み』のスーリル。彼女は回復魔法使い。

 白く長い髪と穏やかな笑みを湛えた彼女はその笑みを崩さず、常に温かな微笑みと共に対象の傷の尽くを癒す。

 そんな彼女がクミの身体へと手をやると、神々しい輝きを放ち、途端にそれはクミの全身に溶ける様に吸い込まれて消えて行く。


 次の瞬間にクミは目を覚ました。


「よくがんばりましたね、クミさん」


 聖女の中の聖女。レインリースの加護を受けし者の中で最も回復魔法を極めた者——それがスーリル。


「あっ……はい……」

「ふふふっ」


 そんな彼女からの直接の褒め言葉に未だ脳の処理が追いつかないクミは呆然と返事を返す。


 アリアルはそれを見届けて微笑みながら手を振るスーリルを伴い王族席へと帰って行く。


 なんて事のない様に行われた瞬時の回復。奇跡の実現。

 壁を二つも砕く程の衝撃で気絶していた少女が自力で立ち、なんて事無く跳ねる姿に歓声はさらに沸く。


 駆け寄ろうとしていた十分に優秀な魔法士団所属の回復魔法使いは、行き場を無くしてオロオロとしていた。

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