第249話 僕、声を出せない

 蜘蛛の糸集め、ミミズ集め、雪原の魔物討伐と解体。これらをこなした上で一日で辿り着けたのは五十五階層まで。


 道中の魔物を悉く無視すれば六十階層には余裕を持って辿り着けそうだ。

 『バリア』のお陰で移動速度が上がり、浄化の効率も上がった。と言う事は百階層にまで深まる猶予がさらに伸びたとも言える。


 大きな前進を確信した一日だった。



 翌朝。寮のベッドで目を覚ます。


 トラウマを乗り越え、ダンジョンの浄化にも大きく近付いた気がしたからか良く眠れた。

 良く眠れたと言う事は、寝起きも良く、すっきりした目覚めを迎えられたと言う事。


「んぁあ〜。良い朝だ〜」

「幸せそうに寝てましたね」

「寝顔は可愛いよねぇ〜」


 ふむ……。実はまだ夢の中なのかもしれない。

 僕の部屋から僕以外の声が二つもする。以前から早朝に女性陣が不法侵入をする事はあったが、全員が単独犯。共謀するなどといった事は無かった筈だ。


 いや全く決して嫌などと言う事は無いのだが、心臓にとても悪い事だけは確かなんだ。


「まだ夢の中かな……可愛い不法侵入者達がいる……」

「ええ、きっと夢です」

「夢の中なら何しても良いんだよぉ〜」


 僕を挟む様に添い寝をしているエルフ娘二人の存在に起きるまで全く気が付かなかったと言う事実に少なからずショックを受ける。だが同時に成長を感じる。


 【存在霧散】……使える様になったんだな〜……僕の首が締まっていくぜぇ。


 そして畳み掛ける様な悪魔の囁き。夢という建前を受け入れた瞬間、遍く行いが夢の所為にされてしまいそうなので自重するが。


「おはよう。珍しいね、二人でなんて」

「ジュリアちゃん……! 動じない! 動じないよっ!?」

「落ち着いて下さい姉さん。彼は今、内心大慌てで取り繕っているんです!」

「それじゃあ、このまま押し切ってぇ……」

「押し切らないでね?」


 朝っぱらから暴走気味の二人のエルフ耳にスススっと指を添わせる。


「「ひあぁっ」」


 流石双子。声も驚き方もピッタリ揃っていた。

 二人が肩を竦めて身を縮こませている間に布団から出てしまう。


「うぅ……お耳は駄目だよぉ〜」

「的確に突いてきますよね……えっち」

「はいはい、僕はえっちですよー」


 二人からの文句を受け流しながらぱぱっと着替える。その際に腹筋に集まる視線が気になった。ポーラとか割れてそうなイメージだけど、どうなんだろう?


 着替え終わったら二人をソファの方へと手招きし、座ってもらう。

 昨日、実家の庭を見たからか少し世話を焼きたくなってしまったので、後ろから二人の髪に櫛を通させてもらう。


「それで? 急に二人で来たのはなんで?」

「一昨日は出かけると聞いてましたが、昨日は一日居なかった様なので……今日はどうかなと思いまして」

「急に居なくなるんだもん。皆んなびっくりだよぉ」

「あぁ……ごめん。昨日はね——……」


 僕は二人の髪を梳かしながら、昨日の事を話した。


 証拠になる様な物は何も持って帰ってきていないけれど、二人は疑うどころか諦めた様な顔で僕の話を信じてくれた。


「そう言うとこですよね……ほんと」


 ジュリアは何処となく嬉しそうに呆れていた。


「私達には出来ない事をやってくれるよねぇ」


 ジェイナはいつも通りニコニコとしていて、でも少しだけ何故かジェイナが誇らしそうにも見えて。


「今度みんなで一緒に里帰りしたいです」

「そうだね。その時は僕が連れて行くよ」

「空の旅かぁ〜。加護を貰う旅にアッシュ君が居たら、あっという間に終わっちゃいそぉ」

「その時は、敢えて歩いたり野営するのも良いかもね?」

「きっと夜番でジャンケンが白熱しますね」

「それでぇ、結局アッシュ君が夜番しなくて良い魔法使っちゃうんだよぉ。なんか分かっちゃうね」


 解像度が高くて返す言葉が無い。絶対やりそうだもんな。

 ……でも、良いなぁ。そんな旅。


 二人のそんないつかの話を僕は心地良く聞いていた。


 このいつかを実現させたいと強く思う。

 この二人が、長い寿命を持つ二人が未来の話をしてくれる事を嬉しく思う。

 そしていつか、こんな事があったねと思い返して欲しいと思う。


 胸一杯に広がる温かい想いは、どれも言葉にすると陳腐な気がして声には出せなかった。

 だから後ろから二人を抱き締めて、行動で気持ちを表す事にした。


「えへっ……あったかいねぇ」

「そうですね……ずっとこのままで良いです」

「ずっとじゃないから価値があるんだと思うよ?」


 嬉しい言葉に真面目な言葉を返すと、両側から同時に腕をつねられた。論理を挟む時では無かったようで。


「僕も、ずっとこのままが良いです」

「「よろしい」」



 こうして三人で過ごす穏やかな時間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。

 帰り際の名残惜しそうな二人の表情がとても可愛いくて、キスは悪い事じゃ無いんだから理論を元に軽くキスをしてみた。


 そしたらもっと名残惜しそうな顔をして、無限ループが始まりそうになってしまったのは予想外だったけど。


 ともあれ、時間は平等に過ぎて行く。渾身の気力を振り絞る勢いで帰って行く二人を僕は見送った。



 朝の支度を終えて、第二訓練場へと向かう。

 今日は丸一日訓練の日なので、きっとアネットさんとラナラさんに付き合わされるんだろうなあ。


 魔法の練度が毎回毎回向上して行くアネットさんが見ていて気持ちが良く、肉弾戦に置いて僕と同等以上に戦って見せるラナラさんは勉強相手だ。


 今日も良い訓練にしようと身体を解しながら友人知人と話していると、フォルちゃん放送が学園中に響いた。


『あーあー。フォルトゥナ・ラックじゃ。学園長じゃよー。皆の者ご機嫌様! 今回の放送は、選抜が完了した魔闘大祭の本戦参加者を発表するものじゃ! 心して聞くが良いぞ!』


 唐突に響き渡ったフォルちゃんの声は、多くの生徒の意識を奪った。

 わいわいがやがやと騒がしかった訓練場が途端に静まり返り、一言一句聞き漏らしてなるものかと全員が耳をそば立てている。


『事前に言っておくが、今回、皆の実力は試験段階で見極めておる。故に! 本戦で戦えずとも! しっかりと推薦や引き抜き、勧誘は行われるぞ! 今年は皆の地力を鍛えたお陰か質も大変高くてな、期待して良いぞ?』


 学園長からの心強い言葉に浮き足立つ人は多く、一気に浮ついた空気が広がった。


 だが肝心の本戦参加者に関わる話では無い。

 魔闘大祭と言う大きな舞台での戦いを望む者達には関係の無い話。

 僕の仲の良い人は自らの進路を既に決めている人が多いので、空気が全く弛まなくてちょっと怖いくらいだ。


『それでは、そろそろ本戦参加者の名前を読み上げて行くぞ! 先ずは——……』


 フォルちゃんの言葉に再度緊張感が走る。


 そして読み上げられた生徒の大きな喜びの声が響く。

 静かに喜びを噛み締める者も、仲間内で喜び合う者も居た。


 だけど、


「なあ、おかしくねえか? 俺達ってそんな弱かったかよ……?」

「見事に僕らが呼ばれませんね」

「これはあれかな、別の枠があるのかもよー?」

「俺もそう思うぞ。おそらく突出した実力を持つ者を分けたのだろう。戦う前に結果が見えている場合、相手側が戦意を失くす可能性があるからな」


 ガルガ君の分かりやすい説明の通りなんだけど……。まさかここの皆んな別枠なのか? 基礎的な訓練を見たりはしたけど、その実力の程はあまり見ていないので凄く意外だ。


『うむ! 魔闘大祭、通常トーナメントにはこの二十四名に戦ってもらうぞ! …………さて、では次に、通常トーナメントとは別枠、ハイクラストーナメント出場者の発表を行うぞ』


 この発表には流石にどよめきが起こる。だが同時に納得の声も上がっていた。

 当学園の番長兼アイドル的な存在であるタイアの四人が試験に参加したにも関わらず、名前を呼ばれていなかったからだ。


 そんなどよめきも混乱も全て無視してフォルちゃんの放送は続く。


 読み上げられた名前は、コルハ、ゼガン、グロック、ミル、ガルガ、ラナラ、ファルフィ、ファリス、ディクト、レイド、アネット、ナツメ、ローリア、クミ、リアンダ、エレア、ポーラ、ジェイナ、ジュリアの十九人。


『此処に儂の推薦する生徒を一人加えて二十人でハイクラストーナメントを行う。これは決定事項じゃよ。トーナメントが何故二つあるのか等の質問は近くの教師陣に聞いておくれ。本放送は選抜メンバーを告げるだけなのでな〜。ではさらばじゃ!』


 一番大事な所を全て投げ出して終わったフォルちゃんの学内放送は、それはもう大きな波紋を呼んだ。


 ハイクラストーナメントに選ばれた者の中に四、五年生が居ない問題。一年生が多過ぎる問題。多くの疑問や反感がそこかしこで持ち上がる。


 それは選ばれなかった腹いせかもしれない。単純に抱いた疑問だったのかもしれない。なんにせよ一気に騒がしくなったこの場を教師陣は止めようとしなかった。


 シャリア先生も、ランバートさんも、ただ眺めているだけ。


 もしかしてあれかな、静かになるまで何分掛かりました的な奴?


 とその時。


 ランバートさんから魔力が放たれた。それは明確な威圧の意思を孕んだ魔力。

 リヒトさんの様に完璧に制御し切る様なものではなく、ただ広く放つだけのもの。


 それでも、騎士団長が放つそれは常人には重た過ぎるものだ。


 だからこそ、とても分かりやすい篩にもなった。


 ランバートさんからの威圧を知覚した瞬間に臨戦態勢を取る者や、身構える者。

 それとは別に耐え切れず膝を屈する者や無防備な姿を晒す者。


 大別するなら、反応出来た者と出来なかったものに分けられたと言える。


「静まれ。周りを見ろ。今私に身体を向けて戦闘の意思を見せられたものが強者だ。それ以外の者に文句を言う資格は無い」


 ハイクラストーナメント選抜者はその全員が即座に動いていた。

 他に数名臨戦態勢を取った人は居たけど、その人は通常トーナメントに選ばれていた人だった。


 他にフードを深く被ったままのレステアさん余裕の微笑みを湛えていた。ミノタウロスや黒曜蜥蜴と比べたらそよ風ではあるけどね……彼女は例外だな。


 うん、つまり、上の人達の見る目が有り過ぎて逆に恐ろしいや。


「……ラディアル学園は本来こう言う場所なんだ。弱者を振り落としはしないが、這い上がれない者を救う事まではしない。文句があるなら相応の力を身につけたまえ。…………それはそれとして、文官志望の子達には悪い事をしたね、すまなかった。しばらく休憩時間を取らせよう。皆が落ち着いた頃に訓練を始めるとしようか」


 ランバートさんの言葉に異議を唱えられる生徒は居なかった。


 放送中とは違った空気で静まり返った第二訓練場は、教室で先生が本気でキレた時の様な空間になってしまって非常に居心地が悪かった。


 僕って、こう言う時に第一声を上げられるタイプでは無いんだよなぁ。

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