第234話 僕、お話しする
少し短めです
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目が覚めると、アッシュの顔が見えた。
腹部の痛みは既に無い。なんなら調子が良いくらい。
後頭部には少し硬いけれど確かな肉の感触。きっとこれはアッシュの太ももね。
役得……と言うのかしら? …………そう思っても、良いのかしら……。
分からない。けれど、きっとこれは怪我人の特権だから。今だけは許して欲しい。
“好きな人”に触れて居られると言う心地良さを感じさせて欲しい。
「ん? ラナラさんっ起きた? 痛い所は無い?」
「……ええ。無いわよ。でも、ちょっと力が入らないかも……もう少し横にならせて」
「うん、どうぞ。今は休んで」
優しい目。風邪を引いた時に親に向けられる様な目。心配そうで、出来る事ならなんでもしてくれそうで……こちらが申し訳なくなるくらい純粋な眼差し。
「……スキルの反動かな? それとも単純に疲労?」
ごめんなさいアッシュ。力が入らないのは嘘。疲労もほとんど感じないし、スキルの反動も無い。【夜叉】は魔力を大食いするだけだもの。
…………罪悪感、申し訳無さを感じると共に、どうしようもなく幸せも感じる。
我ながら呆れる程に入れ込んでいる。今までの私らしく無さすぎて笑えてくる。
でも。それが今の私なのだと思う。
「アッシュ……たたかってくれて、ありがとう」
「……どう、いたしまして?」
「ふふ。ええ、それで良いの。貴方はお礼を言われる側。私は迷惑を掛ける側。それを憶えておいて」
「……?? えっ、うん。分かった様な、分からない様な……」
もう一度瞼を閉じる。視界を閉じてもアッシュを感じる事に安心感を覚えながら、眠りについた振りをして、今だけの特権をもう少し味わう事にした。
◇ ◇ ◇ ◇
日が暮れてすっかり寝る時間。寮の自室にて一人黄昏る。
今日も今日とてイベントだらけ。
ファリスさんの突然の片翼カミングアウト。
ラナラさんとの戦闘。……あの一撃は痛くて重かったなあ。直角に軌道を曲げる蹴り技『蹴雷』を食らった時は本気で負けたかと思った。
今日の本題は土人形の調整の筈だったのに、気付けば色んな人と関わって、色んな物を見て体験している。今日も貴重で大切な一日だったよ。
そんな一日ばかりで……前世で過ごした二十年よりも、ずっと長くこちらで生きている気さえしてくる。
でもそう思う事自体が、両親や友人達に申し訳なく感じる。
だって、それじゃあまるで、僕の前世がつまらないものみたいだから。
……違うか。つまらなくしていたのは自分自身。今世ほど僕は思い切り生きていなかっただけ。
全力で、一生懸命じゃ無かっただけ。
日常に追われて、やりたい事とやるべき事の区別がつかなくなって……気が滅入って色んなものから目を逸らした。
逸らしちゃいけない物が沢山あった筈なのに。
選択肢が多過ぎても人は不自由と感じて、少なくても不自由だと感じる。
結局は自分が納得出来るかどうか。
そう言う意味では、僕は今の僕の人生に納得している。
ダンジョンの浄化は直接的な死活問題だけれども、それもなんだかんだで楽しめている。
きっと、いつ死んでも後悔はするだろうけど、受け入れる事は出来る。と思う。
……それなら、今の僕は本当の意味で“自由”と言えるのかもしれない。
月明かりの差し込む部屋の中で、死してなお抱く後悔と向き合いながら、僕はただ一人で黄昏ていた。
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さて、そんな傷心タイムは終わりにしましてっと。
頬をペチペチと自分で叩きながら、久しぶりの落ち着いた時間にやりたいことをやっておこうと思う。
「…そろそろトゥルシス神の像、作ろっかな!」
◇露出は控えめでお願いします◇
「えっちだから?」
◇アッシュがそう見るからです◇
「フィギュア作る訳でも無し。真面目に神像を作るから、そう言ったエロスを入れるつもりは無いよ」
◇であれば……構いません◇
まあ、どんなものにするにせよ人に見せる事は無いだろうけどさ。
机に向かい、【記憶】を探る。神域で見たトゥルシス神の美貌、格好、トーガの様な服……そのスリット。
◇怒りますよ◇
すみません……。
えっとえっと、灰色の長い髪と、金と紫の瞳。美人寄りの女性が手の上に立方体を浮かべている感じで…………これを魔力で型取り、土属性の魔力に変換、そして土魔法を——いや折角だから枝くんを通して土魔法を発動!
おうふっ……ごっそり魔力持ってかれた……。
一応中をくり抜く形で軽量化を図ったけれど……良い感じ。なんでか分かんないけどカラーリングまで完璧。六分の一のトゥルシス神像なんとかかんせーい。
「でけた。すごい。造形が見たまんま過ぎて、石像なのにうちの神様魅力的だな」
「出来が良過ぎて最早依代です。こうして降りられる程には」
「……幻聴かな。僕ってばウィンドウさんのこと好き過ぎかて」
「喋ってますよ。星の土で型取られた身体は神力も維持がしやすいです。空洞に出来ている影響もありそうですね」
像が動いている訳では無い、けど、像から声が聞こえる。耳触りの良い落ち着く声が。あの時、神域で聞いた声が……感無量だ。
「チャットから通話に進化した……感慨深いな」
「私とて、まさかこんな物を作られるとは思いもよりませんでした。これも神像として認めておきましたが……秘密にしておいてください。出来過ぎです」
「…………はーい」
「その間はなんですか。嘘をつけなくなる罰を下しますよ?」
「罰にならなさそうだね」
「……そんな気がしますね」
うひゃぁ。声を聞いて会話が出来る事の感動がすごい。今日は本当に濃い一日だな。
「……ん? 待てよ……これレイリーの分も作れとか言われない?」
「言われないかと。不自由ですからね」
「そっか、それならいいか」
「はい」
「うん……」
「…………」
ウィンドウさんとの会話に慣れ過ぎたのか沈黙もあまり気にならない。ウィンドウさんもそう思ってくれてたら良いけど。
ふっと息を吐いて、少し気分を落ち着けてから再度会話を再開する。
「五感はあるの?」
「味覚以外は感じられると思いますよ」
「そっか。……となると、思ったより不自由だね」
「でも、アッシュと話せますから」
「……そう。ありがとうね、ウィンドウさん。……いや、トゥーちゃん」
「怒りますよ?」
「だめかあ」
僕が小さく笑うと、向かいからも小さな笑い声が聞こえてきた。
なんとも落ち着く時間だ。聞こえるのは声だけなのに、文面以上の情報が手に取るように分かる。
肉声と言うのは凄いんだな。神様に肉があるかは知らないけど。
て言うか、今の僕って美人を模った像とお喋りするヤバいやつだな。自室以外じゃまず出来ない。
「失礼ですね。これでも神です。あまり下手な事は言わないで下さい?」
「思考が筒抜けのままか……。でもさ? 客観的に僕を見たらどう思うよ?」
「やばいですけど」
「神の太鼓判頂きました」
「……そーですか。アッシュはどうやらお話したく無いよう…………ここまでですね。アッシュ、私を片付けて下さい。三秒以内にです」
「うぇっ……えと、りょうかい」
◇3◇
神像からウィンドウさんの気配が消えて、視界の端でカウントダウンが始まった。
◇2◇
いやいやまって影皮袋開いて像をぽい、ランプの横に袋ぽい。
◇1。上出来です◇
えっ。本当に急にな————ガチャリ。
ガチャリ? まるで扉の鍵が開かれた様な音が……。
キィと軋む音を上げながらゆっくりと開かれたドアの先には————
「失礼しますね。……アッシュくん?」
————異様な圧を湛える、にっこりと微笑んだミルが立って居た。
僕……なんか悪い事したっけ……?
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