第39話 僕、知る
「こりゃ、本当にただのガキじゃねーな……はあ。これはお前のために言ってんだ。お前が霊獣と交流があることが外のやつらにバレたら、お前、二度とこの村に帰ってこれなくなるぞ?」
分からないことだらけで、非常に気分が悪い。
分からないせいでなんでそうなるのかも分からないし、僕が家に帰れなくなるなんて納得出来ない。
僕にとって今の家族は、僕よりも……いや僕と同じくらい大切なものだ。
この村には気の良い友達がいて、思い出がいっぱいあるんだ、それが何で帰れなくなるんだよ……気持ち悪い。
苛立ちとむかつきが止まらない。これまでとは違う感情だ。抑えるのも一苦労な感情。こんなにも強い苛立ちは転生してから初めてだ……
「おう、ちったあ落ち着けや。お前が苛立ってもなんも変わんねえよ。理知的で理性的なんだろ?」
「フェーグっ!!」
「ゼフィア先生、何も間違ってないです。フェーグさんが正しい……でも僕自身どうしてこんなに苛立ってるのか良く分かってないんです、少し落ち着く時間を下さい……」
村長さんは変わらずニコニコ全体を見ており、フェーグさんは静かに待ってくれている。ゼフィア先生は気遣わし気に僕を見ている。
大丈夫だ。ここに僕の敵はいない。僕から大切を奪うものはいないんだ。
そうだ。僕の苛立ちはきっと奪われる事と失う事から来ているんだ。
あの日の絶望が何度もフラッシュバックする。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。
深く息を吸ってゆっくりと吐く。
……そうなると決まった訳じゃないし、最低でも六年は猶予がある。
仮に外に出た時に何か不都合があっても、それを踏みつぶしていけるだけの力を身に着ける。
そう思って稽古を厳しくして、魔法も自己流のアレンジや開発をしているし、今も魔力を体内でまわし続けているんだ。
僕の努力を僕は忘れない。だからすべての努力に意味がある。僕は強くなれる。大丈夫。
「すみません。待ってもらっちゃって。もう落ち着きました」
「……坊主。どうして村に帰れなくなるかもしれないのか、その理由をお前は知っておくべきだ」
「そうだな、その理由については私から話すとしよう」
「……お願いします」
「君は霊獣が気を許した貴重な人間だ。だからこそ話そう、獣人とエルフの生まれを」
ゼフィア先生が語ってくれた内容はまるで神話や伝説の様なお話だった。
まずエルフにとっての神とは精霊獣ではなく精霊様であると言うこと。
その精霊様とは何なのか、それは魔力を司る存在。
曰く、魔力には澄んだものと澱んだものがある。
澱んだ魔力には、凶悪な魔物を発生させたり、人の感情を悪しき方向へと向けてしまう力があり、それを本来あるべき澄んだ魔力と混ぜ合わせることで中和させるのが精霊様の役割なのだとか。
だがその昔、精霊様の力でも中和が間に合わないほど、世界に澱んだ魔力が溢れかえった時があった。
そんな世界で人間は滅びの危機に瀕していたのだ。
そう人間だけが滅びの危機に瀕していた。
何故なら当時、世界には人種族は人間しか存在していなかったのだ……
当時この村を囲う山々を縄張りにしている精霊獣よりもずっと強力な力を持ち、澄んだ魔力を振り撒く精霊獣が居た。
そもそも精霊獣とは、精霊様に認められ、澄んだ魔力を生み出す力を得た聖なる魔物だ。
そんな精霊獣が滅びの危機に瀕していた人間に力を与えてくれた、自らの身と引き換えに。
それによって、精霊様に近しい力を得たエルフと、獣に近しい力を得た獣人が生まれた。
当時のエルフと獣人は所謂純正と言うやつで、エルフは耳が長く見目麗しく魔力の扱いに秀でており、獣人はもっと獣要素が強く凄まじい力を持っていたのだそうだ。
だが当然デメリットもあった。
エルフは人としての精神で遥かな時を生きると言う時の牢獄に囚われ、
獣人は獣としての性質が強くなり本能的になってしまった。
だが当時はどちらもその性質に助けられていた。
強大な力を持ちながら長命なエルフと本能と人間の知恵でもって敵である魔物を駆逐していく獣人。
彼らの働きが無ければ人種族が生き残ることは出来なかっただろ。
だが、世界の魔力が精霊様によって調和を取り戻すにつれて、それはとても厄介なものになっていった。
エルフは若い体のまま長い時を生きることで老成していき、価値観や考え方が変わりにくくなり、
獣人は感情的になりやすく、頻繁にいざこざを起こすようになった。
その後、エルフと獣人と人間は分かれて国を興していくことになった。
そしてそれらの国が大きくなり今に至るという訳だ。
ゼフィア先生は丁寧に語って聞かせてくれた。
「私たちはこの村に移り住み何代も経っている。その間に四つの種族の血が混ざりあったことで、各種族間での特徴が薄れ、比較的耳も寿命も短いエルフと人の要素を多く残した獣人が生まれる様になった。ある意味、調和が取れて行っているのかもしれないな?」
最後に茶目っ気をだされても僕困ります……
「上手く言ったつもりか?」
「ただの事実を言っただけだが?」
茶目っ気ゼロの喧嘩はしないでほしい
「すごい話を聞かせてもらいましたけど、唯一話に出てきていないドワーフは一体どうやって生まれたんですか?」
僕の質問にフェーグさんは肩を竦めながら首を振って、それを見ていたゼフィア先生がため息を吐きながらも教えてくれる。
「ドワーフは私達にも良く分かっていない。本人たちの話では、鉱山付近で隠れ住んでいた人間に、鉱山を住処にしていた精霊獣が力を与えたそうだ。純正のドワーフの特徴としては、陽の光に弱く、鉱物の加工や土に関することに長けていたようだな」
なるほど、それも血が混ざっていくことで長所の劣化や短所の耐性を獲得したってことなのかな。
「人間が精霊獣や神獣ではなく霊獣と呼ぶのはどうしてですか?」
「見えないからじゃねーのか? ゴースト系の魔物は体が透けてるしな」
「……そうなんですか? 村長さん」
村長さんはフェーグさんを見つめながら肩を竦めて首を横に振る。
煽ってるのか知らないのか分かんないよ!
まあでも、一つ言えるのは。
「その話が僕の事とどうつながるんですか?」
「言っちまうとだ。いつかお前が神獣から力を直接授かることがあるかもしれねえ。そうなりゃ、新たな種族の始祖になるか、エルフ獣人ドワーフの始祖に近い存在になる可能性が高い。今の時代に始祖に近い存在が生まれたとなりゃ、今あるすべての国が黙ってねえ。確実にお前を取り込もうとするだろう。神獣と直接関わりを持った存在っつうのはそれぐらい貴重なんだよ」
……大変なことになっちゃったな~
そりゃあ僕の為を思って出た言葉が村から出るな、になるのも頷けるってなもんだ。
きっと今の僕はすごい顔をしているに違いない。
目の焦点がどこにあってるのか分からないし、体から力抜けてるし、然もありなん。
村長がそんな僕を見て果実水のお代わりを置いてくれる。ありがたや。
「結局俺が何が言いてぇかだが、お前を守って隠さなきゃならなくなったってことだ」
「隠すってどうやって?」
「この村から一歩も出さねえ」
「出来れば、王都の学校には行きたいかも……なんて」
玉砕覚悟で希望を述べてみるが、
「お前についた霊獣の魔力や匂いは直に薄れるだろうが、ばれたら国が総出でお前を引き留めに掛かるぞ?」
断るのではなく、あり得るかもしれない未来を提示してくるこのやり方ずるいなあ……
「力をつけるんじゃ駄目ですか? 障害を跳ね除けて、僕が帰りたいときに帰れて、行きたいときに行きたいところに行けるような、そんな力を身に着けるという方向は?」
「ハッ!!! 面しれえ! それはそれで良いかもな! だが、最悪国が絡んでくる問題だぞ? 中にはお前を力づくでどうにかしようって輩もいるかもしれねえぞ? そいつらをお前は殺せるか??」
「逃げる力じゃ駄目ですか?」
「逃げた先の人々をお前は危険に晒したいのか? そうじゃねえんだろ? ならお前の蒔いた種はお前が摘んでいくしかねえよ」
道理だ。僕が外に出ることで起こる混乱は僕が片付けて然るべきだ。逃げた先がこの村だったらこの村のみんなに迷惑がかかる。
それこそ、僕の大切が失われるようなことが起きるかもしれない。それだけは御免被る。
……丁度良い話だ。僕のエゴのための理由づけにさせてもらおう。
「……外に出るにしろ出ないにしろ、守る対象が強くなっておくに越したことはないはず。……僕を鍛えてくれませんか、フェーグさん。」
僕の考えに何か気付いたのか、フェーグさんは即答はせずに訝しんでくる。
「……ほ~ん……良いぜ? ビシバシ鍛えてやるよ。」
「ありがとうございます」
「だが、その前に。一つ聞かせろ」
っ!? 威圧されてる!? 重い、体を動かした瞬間殺されそうな程に強い殺気がこもってる!?
背筋が冷える、寒い、怖い……でも、家族を失う絶望よりはまだマシだ!!
魔力を今制御できる限界まで圧縮して、いつでも身体強化を出来るようにしておく。
「お前は何者だ? 六歳のガキが今のレベルの会話が出来るとは思えねえ。俺の殺気に気付きながら耐えて俺を睨み返すその胆力も尋常じゃねえ。お前は、何者だ?」
「僕はアッシュ。生まれた頃から記憶力が良かった。赤ちゃんの頃のことも今までに耳で拾った音や、視界に映ったもの、肌で感じたものの全てを憶えてる。そのせいじゃないかな。僕にとってはこれが普通で当たり前なんだ。今までも、これからも、これが
…………殺気が消えた。
警戒は解かないけど、一先ずは安心かな。
「妙に大人びてやがるのはその記憶力のせいってか。スキル鑑定の儀は五歳くらいからやろうぜ? 訳分かんねえスキル持ってたらあぶねえだろ村長?」
「ほっほっほ。来月に行われる鑑定の儀の時にはアッシュにも参加してもらおうかのう」
「記憶……魔法の扱いもそうやって憶えてあの身体強化に至ったのか、とんでもないな君は」
今思えば、誰もフェーグさんを止めなかった。みんなが僕に対して少なからず警戒していたのかな?
でも今はそんなことよりも、スキル鑑定の儀! それでスキルを確認しているのか!
僕の場合はスキル三つは確定しているけど、他に何を獲得しているのか気になっていたんだ!
僕はさっきの緊張感もどこへやら、村長の言葉に瞳を輝かせていた。
村長はそんな僕にほっほっほと笑いかけてくるだけ。冷たい人だ。
「ところで、アッシュ。お前がずっと使い続けてるその魔力は何だ? それもずっと気になってたんだよ」
「ただの訓練です。魔力を使えば使うほど魔力の器が大きくなるように感じるので暇なときは魔法使ったり魔力を動かし続けたりしてます」
僕の魔力を感じ取ってるのか……フェーグさんてゼフィア先生が言ってた第六感を習得してるのかな? 鍛えてもらう時にこれも教えてもらおう!
ゼフィア先生とフェーグさんはまたも顔を見合わせると同じタイミングで頷き合っていた。
「…………うちの奴らにもやらせるか……」
「……エルフでも導入しよう……」
あぁ、僕の修行方法を取り入れたいのか、まあやっといて損は無いんじゃない? ってぐらいの微々たる成長しかしないけどね。
二人はまだ真剣に魔力の訓練について考えこんでいる。
もしかすると魔力の絶対的な量を増やす訓練は今までになかったのかもしれないな。
「ほっほっほ。話は纏まったかの?」
村長がそう声をかけると、二人ともがすぐに思考を切り上げ顔を上げる。
「それでは、アッシュを鍛え、もしもの事態に備えると言う事で良いな?」
「おう」
「ええ」
「……うむ、では、三人に告げる、此度の詳細は口外禁止とする。そして、この先何が起ころうともアッシュを決して見捨てることはせぬ、良いな?」
「当たり前だ!」
「もちろんです」
その言葉を聞いた僕は思わず目頭が熱くなる。
自分で蒔いた種は自分で摘めっていったくせに、村から出さないとか言ってたくせにっ……
「……どうして? どうしてそこまでしてくれるんですか?」
僕がそう聞くと、フェーグさんはばつの悪そうな顔をしながらも答えてくれる。
「あーーっとだな。霊獣の匂いや魔力も時が経てばすぐに消えるだろうし、霊獣の痕跡が無いやつがどうこうされるこたぁねえ。もうすでに匂いもほとんど消えかかってるしな」
えっ??
「さらに言うとだ、霊獣がお前に力を貸すって時点で、人種族同士で争う段階はとうに過ぎ去ってるってとこだな。」
はああああ!?!?
「騙すようなことしてわりぃなっ!」
「アッシュ、すまない。だが危険性が無いわけではないんだぞ! 万が一はあるし、私は君のことを思ってだな!」
「ほっほっほっほっほ!」
「……大人ってずるい。僕この村を出たら一生帰らないでいようと思ったのに……だから鍛えてくれって言ったのに……僕の決意返せえええ!!!」
フェーグさんはガッハッハと笑いながら頭をぐりぐり撫でまわしてごまかしてくるし、村長さんはさっきまでよりも大きな声でほっほっほって笑ってる。
ゼフィア先生に至ってはずっと申し訳なさそうに謝ってる始末だ。
こんな大人にはなりたくないと強くそう思った。
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