第12話 僕、天才になっちゃった?

 体と服を洗い終え、家に戻ってくるとそこにはすでに、カル父さんとエレアお姉ちゃんが待っていた。


 実は川でサフィー母さんと水を掛け合ったり、石を川に向かって投げたりして遊んでいる間に太陽が真上を超えてしまっていたんだよね。

 ごめんねカル父さん、エレアお姉ちゃん。とっても楽しかったです!


「ただいま。魔法の練習してたら汚れちゃって、川に汚れを落としに行ってたの。遅れちゃってごめんなさいね?」


 そう言いながら、僕の方へとウインクを飛ばしてくる。


 本当に素敵な母さんだよ、サフィー母さん。

 でもそのウインクは人前でやっちゃダメだよ!一般男性には刺激が強すぎる!


「ただいまー!魔法で水がいっぱい出ちゃったんだ。ごめんね!」


 僕も母さんの流れに乗って渾身のスマイルを展開しながら、事実を隠蔽する。


「あはは!アッシュ、また変な顔してる!それ笑っちゃうからやめてよぉ〜!」

「そう言うことだったんだね?気にしてないよ、ご飯作っておいたからみんなで食べよう。....それとアッシュ?変な顔をしていると、ずっとそんな顔になっちゃうよ?」


 あれ??

 なんで??みんなこのアルカイックなスマイルを変な顔って言うんだ?

 僕いっぱい練習したのに....もう変な顔になっちゃったんじゃないかなこれ。お姉ちゃんに笑われてるし......


 俯きながらサフィー母さんの隣の席に着く。

 僕の斜向かいには、カル父さんが、僕の真向かいにはエレアお姉ちゃんが座っている。


 これが我が家の食卓での並び方だ。特に意味はないっぽい。せいぜい、まだ食べるのが下手な僕の世話をサフィー母さんがしやすい様にってぐらいだろう。


 ちなみに今日の昼食は、保存を目的としていない焼きたての柔らかいパンと、腸詰め(なんの腸かは知らない)、サラダと言った具合だ。

 色合いも綺麗で、バランスも良い、カル父さんは子育てに家事、その他諸々も笑ってこなせるイクメンパパだ。


 誰か我が父の弱点を教えてくれ!完璧すぎるよ!


「父さんの料理って味も見栄えも良いよね。お料理屋さんやってたの?」

「えっ!?いやいや、やってないよ!?その、アッシュ?僕の料理を褒めてくれるのは嬉しいけど、それを言ったらお母さんの料理だってとっても美味しいだろう?いつも作ってくれるのはお母さんなんだよ?ね?ねっっ??」


 すっすごい眼力だ!?

 さらにはこの慌てよう、そして向かい側で僕の横を見ながら震えてるエレアお姉ちゃん。

 そして真横から溢れ出す凄まじいプレッシャー....これは、踏んではならない虎の尾を踏んだか?


「......もっもちろん!母さんの料理はいつも美味しいよ!毎日ご飯の時間を楽しみにしてるくらいだもん!!ねー!エレアお姉ちゃん!?」


 カル父さんの高速パスを僕に出来る全力でエレアお姉ちゃんへと贈ろう。どうか最後のシュートを決めてくれ、エレアお姉ちゃん!


 初めてエレアお姉ちゃんが僕に向けて非難がましい目を向けてきた。

 ごめん、でもこんな時こそ家族で一丸となって乗り越えよう!?

 僕が普段こんなこと言わないのに今日に限って言ってしまったのが悪いのは分かってる、でも今は協力しよう!!


 全力スマイルを再展開してエレアお姉ちゃんを見つめる!


「んふっ....うん!私、お母さんの料理がいっ一番大好きだよ?今日の晩ご飯が今から楽しみだよっ」


 横からのプレッシャーが落ち着いていく....それどころかご機嫌なオーラが伝わってくる....ふぅ。危機は去ったな。

 カル父さんが、今までにないほどの険しい目つきで僕を見てくる。

 エレアお姉ちゃんは、僕の笑顔で笑ってしまったのを気にしてるのか、さらに非難の目を向けてくる。


 こういう時の最適解は....


「このパンおいしい!母さんも食べてみてよ!はい!あーん!」


 全力で話題逸らし!!

 そしてサフィー母さんの持ち上がった気分をさらにあげるこの一手!限りなく完璧なムーブ!


「あーん。ほんとうね?すごく美味しい!アッシュに食べさせてもらったからもーっと美味しかったわね!」


 最善手。圧倒的なまでの最善手。

 我が家の最終兵器サフィー母さんをコントロール下に置いた僕にそんな冷たい目を向けないで欲しいな?カル父さん?エレアお姉ちゃん?



 一触即発ギリギリの昼食は、なんとか事なきを経た。

 その後、お父さんとお姉ちゃんが何かこそこそと内緒話をしていたのだが、なぜか嫌な予感が止まらなかった。



 そのあとは、カル父さんは村の方で次の間引きの話し合いに、エレアお姉ちゃんはサフィー母さんとの魔法練習に入るようだ。


 僕も引き続き、魔法の練習に取り組もうと思う。【記憶】の規格外さにしてやられた気分だけど、折角の僕の力なんだ。出来るだけ有効活用して行こうと思う。



 家の裏に出てきた僕たち三人は、早速課題を与えられる、のだが......


「エレア、貴方は前回の続き、魔法の操作の練習。無詠唱は魔法の練度を上げていけばいずれ出来る様になるから安心しなさいね。」


 問題は僕だよね。現状躓いたポイントが無い。


「アッシュは、もう一度魔法を見せて欲しいの。今度はゆっくりと丁寧に魔法を使ってみましょう。お母さんもしっかり見ているからね?」


 そう言ったサフィー母さんの赤い目がさらに紅く輝いた。


「....うん、わかった。」


 ものすごく見られていて緊張するが、ひとまず先ほどの流れを意識して、再度水の魔法を使う。

 全ての動きをゆっくりと丁寧に意識して無言で。そう無言でやってしまった。


 サフィー母さんはまたもお口が開いて、エレアお姉ちゃんはびっくりして大きな声をあげていた。


「..........」

「ええーー!!アッシュ!何も言ってないのに魔法が使えてる!?なんで、なんで!」


 不味い、緊張してて隠すことが頭に無かった....いや、待てよ?

 おそらく【記憶】と【魔法の才】の影響で、魔法に関しては異常なほどの急成長を遂げるのは確定。申し子とか言われても可笑しくない。

 なら、自重するだけ時間の無駄だね。


「何か出来たね、あはははは」


 勢いでもう一個、水球を出しておく。


「もう一個出たね、あはははは」


 「「えええええええ!!!!」」


 エレアお姉ちゃんの声もサフィー母さんの声も綺麗でよく通る。

 そんな声を間近で急に聞かせられたら、びっくりして水球落ちちゃうよね?

 今度は三人の服に泥が跳ねてしまった。


 これって俺が悪いのかな?集中することには慣れていないから、魔力の制御が途切れても言わないで欲しいな?


「魔力の流れは滑らかで綺麗。魔法の生成もロスが少ない、水は綺麗で美味しい、さらには水球二つの維持?うちの子天才だわ....!」

「アッシュ今日初めて魔法使ったはずなのに....私よりももう上手....教えてあげられない、お姉ちゃんでいられない....」


 片や明るい笑顔で、片や俯いて意気消沈。

 発言からすると息子自慢と、姉としての尊厳が損なわれてしまったと言ったところだろうか?


 でも確かにそうだよね....エレアお姉ちゃんは何年も練習して今魔法の操作に至ってるんだ。それが魔力に目覚めた初日に追い抜かれるなんて、耐えられないかもしれない。

 軽率だった....やってしまった....どうしよう、どうしよう、どうしよう....


「お姉ちゃんは、こんなことじゃお姉ちゃんじゃなくならない....!アッシュのお姉ちゃんである為にももっとがんばらなくちゃっ!」


 ....なんと強い人なのだろうか。

 一体何がそこまでさせるのだろうか。

 わからない。わからないけど、すごいよ。僕の家族はみんなすごい!


 今僕に出来ることは....僕の感覚を伝えることだろうか?これが正しいかはわからないけど、僕のやり方がエレアお姉ちゃんに合う可能性もある訳だし、伝える価値はある!


「エレアお姉ちゃん!参考になるか分かんないけど、僕のやり方教えるね?僕のやり方はね——」


 できる限り丁寧に分かりやすく教える。

 心臓の鼓動や、血の流れ方を。血流に関してはぼかして、体の縁をなぞるようになんてイメージと伝えておいた。


 魔法のイメージも重要かもしれないとも伝える。

 僕の二つ目の水球は、一つ目の水球と、大きさ形が瓜二つなんだ。一つ目のを参考につくったからだと思われる。


 そうしたアドバイスをできる限り伝えてから魔法をゆっくり丁寧に発動するように言った



 その日のうちにエレアお姉ちゃんも無詠唱での魔法の発動に成功したのだった。

 サフィー母さんも僕のアドバイスを聞いていたらしく、さらに魔法の効率があがったなどと呟いていたことから、なんの気無しに最終兵器サフィー母さんがさらに強くなってしまったらしい。


 僕のこと天才とか言ってたけど、この二人も大概だよ。きっと。


 その日はご機嫌な女性陣二人による腕によりをかけたご飯をたらふく食べることになった。


 美味しかったけど、もう当分あーんはいらないかな?

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