超現代語訳 明徳記

きむらたん

序章

 時は昔、さる建武年間けんむねんかん大御所贈左大臣足利尊氏公おおごしょぞうさだいじんあしかがたかうじこうが志半ばに天に召されたのは、もう既に六十年も前の話。


 いつ終わるとも知れない南北朝の争いは、前公方足利義詮ぜんくぼうあしかがよしあきらの頃から、互いの間に厭戦気分えんせんきぶんが広がっており、京極佐々木道誉きょうごくささきどうよ(北朝)や楠木河内守正儀くすのきかわちのかみまさのり(南朝)ら平和を望む者の間で少しずつ和睦わぼくの種が植えられ、その芽は遂に公方足利義満くぼうあしかがよしみつ管領細川頼之かんりょうほそかわよりゆきらの手によって実現した。

 後小松天皇ごこまつてんのう(北朝)と後亀山天皇ごかみやまてんのう(南朝)との間により行われた神器の受け渡しや南北朝の合一ごういつは、義満の武徳を天下に知らしめ、尽く天下万民はひれ伏し、争乱の終わりは天下に平和をもたらした。


 兵乱は久しく絶えて、四海に波風はなく、国民はみな平穏無事に過ごし、荒事もなく、ただただ平和だった。

 ところがそんな平和な時にみやこに早馬の知らせがあった。

 

 明徳二年辛未めいとくにねんかのとひつじの歳の末に、山名前陸奥国司氏清やまなぜんむつこくじうじきよ及び同播磨守満幸どうはりまのかみみつゆきが一味同心して謀反を企んだと伝えられたのだ。


 寝耳に水の急報に、みやこでは民衆が怯え、惑い、取るものも取り敢えず急ぎ引っ越しをする者や、ドサクサに紛れて野盗する者など騒然として、束の間の平和は暫し穏やかならざる事態となったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る