第30話 今だけでも
もしかしたら、嫌われているわけではないのかもしれない。
町の中央に位置する森に繋がるゲートに到着した
あまり、自信はなかった。
記憶喪失前の禾音の態度が、声音が、視線が、あまりにも、刺々しくて、自分を見下していたからだ。
近づくなと言わんばかりだったからだ。
けれど不思議な事に、記憶があろうがなかろうが、禾音はグイグイと自分から近づいてきていた。
嫌いだという事を示したかったのだろうか。思い知らせたかったのだろうか。
(わからない。けど。今は。記憶喪失になって、私への嫌悪感を忘れているだけで、記憶が戻ったら、また元通りになるのかも。全然連絡を取らなかったし、年を重ねて私が気に入らなくなったのかもしれないし、嫌われてもしょうがないんだけど。やっぱり、嫌われるのは、嫌だ、なあ)
「瑠衣。行こうか」
瑠衣は差し出された禾音の手を見つめた。
自分の手より倍ぐらい大きな手。
自分の手をすっぽり包んでしまうその手は、あらゆる武器を使う為に修行してきた証を、あらゆる武器をその手に掴んできた証を、あらゆる武器を掴んで摩訶不思議生物を追い払ってきた証を刻むようにごつごつとしていたのに、手荒れはなく、すべすべとしていた。
きっと、手入れを怠っていないからだろうが、大きくなっても幼い頃の禾音の手の感触が残っている事に少し、安堵してしまった。
(今だけ。でも。昔のように。仲良く。できる、なら)
「うん」
瑠衣は禾音の片手を掴むと、横に並んで一緒にゲートを潜ったのであった。
(2024.8.1)
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