第4話 記憶喪失




 六年の月日を経ての再会からさらに二年後。

 十八歳を迎えた瑠衣るいは正式な辞令が下りて大気分析家として、同じく十八歳を迎えた禾音かのんが正式な辞令が下りて、騎士候補生から騎士として働き始めて、二年が経った頃の事である。


 事件が起こった。


 大気分析家の局長であるなぎから局長室に来るようにと言われたと、仕事仲間から聞かされた瑠衣が局長室へと入ると、そこには、その部屋の主である凪と、そして、幼馴染の禾音が並んでソファに座っていたのだ。


 今日は騎士団が動くような薫香は報告していなかったはずだが、何の用だろうか。

 仕事時間ではあるものの、薫香を嗅ぐ時間帯ではないとマスクをしてこの部屋に入っていた瑠衣は、凪から真向かいに座るようにと言われた通りにして、凪へと視線を定めた。

 仕事中はその煌びやかな金色の長い髪をつむじの辺りで、水色のリボンで一つに括っては垂れ流している凪は、頬にかかっていた水色のリボンを背中へと華麗に移動させてのち、涼やかな笑顔で言った。


 キミの最愛なる幼馴染、禾音クンが訓練中に魔法操作を誤って、武器をこれでもかと頭にぶつけて記憶喪失になったようだ。


「………そうですか。わざわざ私に会いに来た、という事はもう病院にはもう行かれたのですよね?精密検査も終わり、検査結果がわかって、今はご家族や知人に会わせて、記憶を取り戻そうとしている最中といったでしょうか?」


 瑠衣はちらと、禾音を一瞥してのち、静かにそう言った。


「まあ、合っていると言えば、合っているが。違うと言えば、違う。病院にも行ったし、精密検査も終わり、検査結果もわかった。記憶喪失になっている以外は、問題はなく、記憶もその内に取り戻せるという事だった。本人が望む通りにしてやった方がいいとも、言われたらしい」

「………凪局長の傍で働きたいと言ったのですか?でしたら、完全に記憶を失っているわけではないのですね。よかったです」

「うん。まあ、私は老若男女と言わず、全生物を虜にしてしまうほど魅力があるからね。禾音クンが私の傍で働いて癒されながら記憶を取り戻したいとの申し出があってもおかしくないのだが。違うよ。キミだよ。キミ。瑠衣クンの傍で働きたいらしいよ。あ。働きたいだけじゃなくて、記憶を取り戻すまでずっと傍に居たいんだって」

「嫌です」

「うわ。即答だね。何で?幼馴染の記憶を取り戻す手助けをしたくないの?召喚魔法が使えなくなったから、騎士として働けないって追い出されたんだよ。可哀想に」

「本当に私の傍で働きたいと言ったのですか?信じられません。だって、彼は私を嫌っていました。嫌う私の傍に居たって、リラックスできないでしょう。記憶を取り戻すのが遠くなります。彼は騎士として働く事をすごく誇っていました。一秒でも早く記憶を取り戻してあげたい。ですから」

「うん。だから、キミの傍に居させるんだよ」


 凪に白い歯を見せられた瑠衣はしかし、未だに信じられず、事ここに至っても一言も発してない禾音をじっと見つめたのであった。


(何で一言も話さないんだろう?)











(2024.7.1)



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