第4話

 

 

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 自分の下にあるのは薔薇の花弁が散らされた高級なベッド。部屋そのものは空調で温度が保たれ、オイル式の芳香剤の香りが広い部屋に漂っている。ベッドから降りれば花柄の良い布と美しい木材で作られた質の良い家具たちが揃えられ、とても居心地の良い空間が広がっているのだ。


「…」

「ほらリリーナ、今は動いたらダメだよ」


 この、自分の後ろで髪を梳いている男と両手首につけられた鎖付きの手錠さえなければ。


「リリーナ、うちのシャンプーはどうかな? 城で評判の良かったものを取り寄せてみたんだ」

「…そうですのね」

「こんなもの使わなくてもリリーナの髪は綺麗だと思ったんだけど…リリーナは身だしなみを気にする子だからきちんとしてあげようって思ったんだ」


 嬉々として髪を弄っているこの男が、かの王太子であるなど嘘だと思いたかった…が、確かにその美しい顔面は紛うことなくよくみた本人のものだし、こんな美形が世の中早々いてたまるか、という意味でも認めざるを得ない。


 人間表裏一体とは言ったものの、まさかこんな裏側のある人間が今自分の後ろにいることすら恐ろしい上、なんなら昨日はベッドに潜り込んできた。怖すぎて眠れない朝を迎えたがとても歓迎はしたくない。

 ほぼ常にというほど相手が何かと話しかけてくるが、もはや返事するのすら疲れてしまった。


 繋がれた鎖は部屋の中に備え付けられたトイレと風呂にはいけるが部屋の外には行けないという絶妙な長さになっていて、脱走に失敗したのを見つけた相手が大変ご満悦な笑みを向けてきたのを何度も思い出す。


 ただそれ以外に危害があるのかと言われれば今のところ無いと言っていい。抱きつかれるのと匂いを嗅がれるのを除けば、だが。おかげで精神的な疲労も含めすでに彼女は倒れそうになっている。

 初対面…と言うと語弊があるが、ここにきて数日でもう倒れそうなどこれから心が保つのだろうか、考えるだけで背筋が凍る。


「はい、できた。今日はツインテールにしてみたよ、リリーナ」


 そう言ってディードリヒは鏡を差し出す。器用に前髪は揃えられ、横髪は縦ロールに、後ろ髪は高めのツインテールにまとめられていた。ディードリヒはこうやって毎日リリーナの髪を弄って遊んでいる。


「…相変わらず器用ですこと」

「そうでしょ? リリーナを可愛くするために勉強したんだよ」

「褒めてませんわ」

「リリーナの澄んだ声が聴ければご褒美だよ!」

「…」


 そっと口を閉じた。

 それからため息をついて、魂の抜けた顔をしたままここまでを思い返す。

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