第43話(1章完) 最悪の契約
父たちが引き返してきたのは俺が地上に出て10分ほどたってからだった。
もう大丈夫だ、と豪語する父に、あの黒い女はどうなったのかと問いかけた。
殺した。
父はそう答えた。
俺はなんとも言い難い気分になった。
最後に見た彼女の姿。
血を流す様子は泥人形なんかじゃなく、人だった。
泥人形のときに見せた驚異の再生力は失われていた。
そのうえで、父たちが殺した、と表現するのなら、俺は父に人殺しをさせてしまったのだろうか。
いまさら黒い女を擁護するつもりは無い。
だけどその一線を越えてしまったら、黒い女とやったことは同じだ。
目には目を、歯には歯を。
人が歴史を作る上で秩序保つための法がいくつも制定されたが、本質はハンムラビ法典の時代から何も変わっていないのかもしれない。
「さて、湿っぽいのはこれくらいにしましょか」
柏手を打ち、桜守のお爺さんが朗らかに語る。
親しみやすい笑顔を浮かべる様子は一般通過枠の好々爺にしか見えず、先ほど、黒い女と対峙したときの伝説の傭兵然としたイケ爺と同一人物だとは思えない。
「壬生、雑賀の屋敷まで頼むぞ」
「ケッ」
壬生家当主が刀を振る。
すると前方の空間に裂け目ができた。
亀裂をのぞき込んでみると、見覚えのある正門前につながっている。
「おおー! なにこれ! ワープゲート⁉」
「あほ抜かせ、ただの
「
術式応用も極めればこんなことまでできるのか!
「すっげぇぇぇ」
というか、あれか。
黒い女に連れ去られていた荒野、その上空に開いた亀裂、あれもこのおじさんの技なのか。
黒い女の口ぶりから察するに、地球上とは別の空間にいたっぽいけれど、そこにでも繋げられるってなかなかの神業なのでは。
「なんじゃ、気に入ったんか?」
「うん!」
「せやったらうちに来てみぃ、わし直々に修行を――」
言葉の途中で、桜守家の爺さんが壬生家当主を蹴飛ばした。
空間の亀裂をわたって、壬生家当主が雑賀の屋敷の正門前へと跳躍する。
桜守家の爺さんは俺たち親子に向かって何か見たかと問いかけるような笑顔を見せた。
俺たち親子は全力で首を振った。
桜守家の爺さんは満足した様子で、壬生家当主の後を追いかけて亀裂を跳んだ。
父と顔を見合わせ、小さくため息を吐き、俺たちも後に続いた。
「何すんじゃワレェ桜守の! 危ないやろが!」
「はて、なんのことでしょうかな」
何も見てない、何も見えてない。
「ソラ!」
正門前に母がいて、すぐに抱きしめられた。
「良かった、無事で!」
「あー、うん。心配かけてごめん」
なんとなく、察した。
黒い女がけしかけた『災禍』の群れを撃退したのち、俺がいないことに気付いた母が父に連絡を取ってくれたんだ。
おそらく、壬生のこわもてアニキや桜守の糸目お兄さんも、それぞれ同様に。
壬生家当主が空間跳躍術で桜守家の爺さんを引き連れ、親父と合流。
親父と俺の縁を辿り、冥界までやってきた。
おおよそ、そんなところだろう。
(愛されてるなぁ)
しみじみ、そう思った。
「さて、雑賀家に折り入ってご相談なのですが」
糸目お兄さんが正門の向こうからやってきて、俺たち親子に目線を送る。
「さきの襲撃で桜守家の車が大破してしまい、もしよろしければ雑賀家に送迎いただきたいのですが……」
「よしわかった、わしが送り届けたろ」
言葉を遮って、壬生家当主が空間に亀裂を生む。
「えっ、いや壬生家に借りを作るなど恐れ多く」
「遠慮すんな、貸しだなんて言わん。受け取れ」
「ですが――」
「ほなまたの」
壬生家当主が糸目お兄さんを蹴り飛ばした。
怜ちゃんが朱音ちゃんを押し出して、亀裂の向こうへと送り出す。
桜守家の爺さんはあきれた様子で、彼らに続いて亀裂に近づいて行った。
最後に俺たちに向けて、壬生家との縁談は考えた方がいいと忠告して、引き返していった。
確かに、この人怖い。
「さて、わしらも帰るか。おい」
壬生家当主がそう呼びかけると、こわもてアニキが「へい」と答えた。
正門から少し行った駐車場へと壬生家と雑賀家で向かい、彼らの見送りをする。
「ええか雑賀、今回の一件は貸やからな」
げっ。
「もうちょい足繁く怜に会いに来い。今回のはそれでちゃらにしたる」
親馬鹿……。
「ええか?」
「サーイエッサー!」
「よし、言質取ったからな。約束違えたらどうなるか、覚悟しときや?」
ふぁざー、どうしてこんなヤバい人に助け求めたの……。
いや、でもこの人がいないと、本当に助けに来る手段が無かったわけで、うーん。
とりあえず、冬休みに向かうって言って、それで怜ちゃんもいいって言ってるし、そこまでは考えたって仕方ないだろ。
考えるのやーめた。
◇ ◇ ◇
こうして、大きな事件はあったが、三家合同合宿は終わりを迎えた。
本来、もう少し大きくなってから活用する訓練場での特訓に加えて、黒い女とのタイマン勝負。
さすがに疲労がたまっていた。
夜の早い時間から寝床につくと、俺はあっという間に眠りに落ちてしまった。
――というところまでが、とっさに、どうにか思い出せたことだった。
「うふ♡ また会えたわねん、そら♡」
「~~ッ⁉」
ぎゃーす⁉
黒い女⁉ なんで⁉ なんで俺の部屋に⁉
いつの間に⁉
「……っ!」
どうやってここに。
そう問いかけようとして、声が出ないことに気付く。
金縛り?
いや、それとも夢?
「前者よ。騒がれると私に都合が悪いもの」
いま、心の声読まなかった……?
「縁を使うと、読心術も使えるのよん♡」
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「気持ち悪いからそれやめて」
なるほど、どうやら本当に心を読めるらしい。
しかし、生きていたのか。
まあそりゃそうか、そうだよな。
父は殺したと言っていたけれど、殺した程度で死ぬ相手じゃないのは、直接戦った俺が一番知っていたはずじゃないか。
想像するに、どさくさに紛れて泥人形と入れ替わり、死体を偽装した。
おおよそそんなところだろう。
それで、何のつもり?
夢じゃなくて、そのうえでまだ俺の首が繋がってるなら、殺しに来たわけじゃないんだと思うけど。
「正解よん♡ 今日は素敵な提案を持ってきたの」
提案?
脅迫じゃないなら、いますぐ金縛りを解いてほしいんだけど。
「仕方ないわねん」
「は?」
声が出る。指が動く、体を動かせる。
いや、金縛りを説いてくれと言ったのは俺だけど、本当に解くとか、正気か?
「で、どうかしらん? 話を聞く気になった?」
「まあ、一応」
……なんか、すげえやらかしをした気がする。
ちょっと前まで、この女は結界の内部に侵入してこなかった。
それをてっきり、お供の『災禍』を連れて行けない場所に単身向かうのが危険だから――つまり俺の逆だと思っていたのだが、冥界での戦いを思うに逆。
もともと、彼女は『災禍』寄りの体の構造だったのではないだろうか?
だから、結界内部に侵入できなかったのではないだろうか。
そしてもし、それを真だとするのなら、
彼女がこうして雑賀の屋敷内部に侵入できるようになったきっかけは、たぶん――
「話が早くて助かるわぁ♡ そうよ、あなたがくれた縁のおかげ」
げんなりした。
やっぱりそうじゃねえか。
「最悪だ」
「とっても素敵の間違いでしょう?」
攻撃をしのぐ為にしたことが、かえって任意のタイミングでの襲撃を可能にしてしまったなんて。
「取引の条件は、俺を襲わないことか?」
「それはするけど」
「おい」
違うのかよ。
「私が提案するのは、和睦の交渉よん」
「さっき襲うって言ってなかった?」
「危害は加えないわん。ただ大きくなったら遺伝子の螺旋を頂戴するだけよん♡」
セッ!
襲うってそっちの意味かよ!
ふぅ。落ち着け。
さっきの口ぶりから察するに、たぶんこれは今回の交渉とは別の話。
まともに取り合うだけ損。
「ん、んっ。で? 和睦ってのは、具体的に何」
咳ばらいを一つして、黒い女に問いかける。
「あなた次第で、私は『災禍』を操るのをやめてもいいわ」
「は?」
この女は、何を言っているのだろう。
「ちょっと待て、何か目的があって『災禍』を人殺しにつかっていたんじゃないのか?」
「そうよん? でも、もしかすると、もうそれをしなくても私の野望は叶うかもしれない」
「……言っとくけど、犯罪の片棒を担ぐ気はないぞ?」
緊張が高まる。
「私があなたに望む条件はたった一つ」
黒い女がこれから口にする、俺に求める条件次第では、改めて殺し合いをしなければいけなくなるかもしれない。
「私との縁を、一生大切にしてほしいの」
「……へ?」
縁?
え、ん?
どうしよう、全く想定してなかった。
どういうことだ。
縁を大切にすることに何の意味があるんだ?
俺の監視?
縁があれば心を読めると言っていたし、それが狙いか?
いや、そんな七面倒くさいことするくらいなら、俺を金縛りにしていたタイミングで殺してしまえばよかったはずだ。
「ふふ♡ さ、どうする?」
必死に思考を巡らせる俺を、黒い女は愉快そうに笑っている。
こいつ、何を考えている。
「そんなに悩むことかしらん? あなたに、いえ、封伐師にとってとってもメリットの大きい話を持ち込んでいると自負しているのだけど?」
「それは」
確かに、そう。
いったん、いろいろな先入観を解いて考えよう。
俺のメリットは、黒い女に狙われることが無くなること。
逆にデメリットは、黒い女に俺の心を読まれること。
「一つ、条件を付け加えていいか?」
「いいわよん♡ 誰にも告げないし、悪用もしないわ♡」
「……まだ読んでたのか」
心の内を読まれるというのは、どうにも気持ち悪い。
が、いまの条件を呑むのなら、俺のデメリットはほぼほぼ無いと考えていいのではないだろうか。
そうなるとさすがに、話がおいしすぎると思うのだが……。
「一応聞くけど、俺を騙そうとか、無知に付け込んで陥れようとか企んでないよな?」
「それはソラしだいかしら? 私はソラの為になる提案をしているつもりだし、メリットは十分に提示しているわ」
これでも真摯に対応しているつもりなのだけど?
と、女はイタズラな笑みを浮かべた。
「けど、私だってあなたのすべてを知ってるわけじゃないのだから不足している知識を補完できるよう全部を説明するのは現実的じゃないし、それを後々『そんなの聞いてない』とソラが言わないとは断言できないわ」
「そうだなぁ」
……だますつもりがあるなら、こんな丁寧な説明しないか。
少なくとも、善意で俺に味方しようとしてくれているって部分は信じてもいいんじゃないか?
「わかった。交渉成立だ」
「そう? じゃあ、契りを交わしてもいい?」
「契り?」
「嘘ついたら針千本飲ます、みたいなものよ」
そう言って、黒い女は小指を立てた。
ああ、そういうことか。
古い言い回しなのかな?
「わかった」
俺も彼女に習って、小指を立てる。
正直、心を読まれるのは痛いけど、物理的に『災禍』に襲撃されることを思えば些細なものだ。
必要経費と割り切って、受け入れよう。
「うふ♡ ありがと♡」
黒い女は俺の小指に彼女の小指を絡め――
小指同士が、赤い縁で結ばれた。
「は? ちょっと待てちょっと待てちょっと待て!」
この糸ってまさか、おい!
「ふふ♡ 縁を応用すればこんなこともできるってわけよん。あ、切っちゃ嫌よ? 約束だものね? 『私との縁を大切にする』って」
「ぐぬぬ……っ!」
こいつ!
「……騙す気はないって言わなかったか?」
「後々『そんなの聞いてない』というかもしれないってきちんと説明したわ。義理は通したわよねん?」
「……」
あーはいはいそうですね!
気づけなかった俺が悪うござんした!
「うふ♡ それじゃ、また会いましょう? 私の運命の星」
そう言い残して、黒い女は姿をくらました。
そもそも俺の縮地は、彼女の瞬間移動に着想を得た応用術式だ。
そりゃ彼女だって瞬間移動くらい使える。
そして、さっきは気づかなかったけれど、俺との縁が結ばれている限り、俺の居場所は彼女に筒抜けだ。
間抜けすぎるだろ、俺……。
「……壬生家、できるだけ早く訪問しようかな」
あそこの血族は
俺から切ることは禁止されていても、精一杯守ろうとしたうえで、それでもちぎれた場合は仕方ないんじゃないかな。
(いや希望的観測だよなぁ)
あの女がどこでぶちぎれるかわからない。
現状の、『災禍』をけしかけないと約束してもらっている状況は封伐師にとって極めて都合がいいのだ。
俺の一時の感情でせっかくの取り決めを破るのはよろしくない、と感じるだけの人情を持ち合わせているのが恨めしい。
気鬱だ……。
◇ ◇ ◇
あとがき
ひとまず一章完結です。
応援いただきありがとうございました。
星投下等まだされていない方は、もしよければこの機会にしていただければ幸いです。
また、近況ノートにも記載しましたが、本日Ci-en開設いたしました。
(サークル名 +エリュテイア)
活動内容がR18なので大きなお友達の方限定ですが、
フォローしていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします!
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