第38話 本命の一刀
一匹仕留めては怨念を断ち切り、次の個体へ。
それを一匹ずつ、しかし確実に行っていく。
(母のかんざし拝借してて良かった……!)
竹串しかなかったら詰んでいた。
その意味で現状は最悪であっても、しかし運は尽きていないようだった。
であるなら、あとは数の差など、実力次第でどうとでもひっくりかえせる、はず。
「はー、もうやめやめ。てんでダメじゃないのん」
やれやれ、と言った様子で黒い女が手を振った。
すると『災禍』が透明のヴェールに包まれるように姿を隠し、気配も実体もその場から完全に消滅した。
なんだこの技は、術式なのか?
いや、にしては縁が絡んでいない。
そもそもこの女からは縁が一本たりとも伸びていないのだ。
この術はもっと、別の原理を使った――
「
「っ⁉」
半秒先の未来視が危険を告げたので、とっさに避ける。
避ける方向は横方向。
根拠は、バックステップした場合の未来から不吉な色をかぎ取ったから。
はたして、予感は的中した。
まるで弾丸のような勢いで、圧縮された空気がすぐそばを駆け抜けていく。
「術式使えないんじゃなかったのかよ……!」
恨みがましく吐き捨てる。
「ふふっ、特殊な技能も無しに『災禍』を従えるなんてできないとは考えなかったのかしらん?」
「それも、そうだ、な!」
未来視頼りに、黒い女の攻撃をかわし続ける。
刻一刻と変化し続ける状況に対応できているのは、間違いなくサッカーの特訓のおかげだ。
だが、避けることに手いっぱいで、反撃の隙が見当たらない。
だからとっさに、
かんざしから伸びた黒い刀身の切っ先で圧縮された空気の塊を受け止めて、その反動を利用して後方へと飛びのいた。
これで距離を取れた。
この手の技は距離の二乗の逆数に比例して威力が減衰するものだ。
レイトレーシングをかじったことがあるからわかる。
だからこれだけ距離を開けてしまえば、脅威度は大幅に下げられる、はず。
(別に、一人でこの女の相手をする必要は無いんだ。逃げ回って時間を稼げば、いつかみんなが合流してくれる)
勝利条件を見誤るな。
これは相手を倒すゲームではない。
持久戦に持ち込み、援軍を待ち、ひたすら耐え忍ぶ戦いだ。
そのためにも――
「無駄よん♡」
「な……っ!」
稼いだはずの距離が消滅して、気が付けば数メートル先に黒い女が微笑みながら立っている。
反射で、黒い刀身を伸ばしたかんざしを振りぬき、女に斬りかかる。
しかし女がたった二本の指で白刃取りを成立させたせいで、のっぴきならない状況に陥った。
慌てて、かんざしの刀身を解除し、地面を蹴って女から離れる。
「時間を稼げば援軍が来る、と思っているなら大間違い。誰も来れないわ、ここにはね」
女が迫る。
荒れた荒野を、まるで通いなれた通学路のように、戦場とは無縁であるように、悠然と歩み寄ってくる。
ハッタリだ。
少なくとも、それを信じるに足る根拠は無いはず。
あるいは、距離を取って時間稼ぎするのは無駄だと言っているだけかもしれない。
それなら、他の方法で時間を稼げば。
「それなら好都合だよ。せっかくだから答え合わせしてくれないかな? まだ、最初の質問に答えてもらってないと思うんだけど」
「最初の質問?」
「本当は死人じゃないのかってさ」
初めて出会った時、俺は彼女に問いかけた。
「根拠は一つ、人であれば誰だって縁を持っている。死人だって同じだ。その人の死を偲ぶ人がいる限り、縁を持っている。それなのに、お姉さんにはそれが無い」
女は何も答えない。
それを俺は、続きを促しているのだととらえた。
「本当はずいぶん前に死んでいて、誰からも忘れられた存在。違う?」
黒い女の背後に、どす黒い靄を幻視した。
よくよく目を凝らせば、なんてことの無い荒野が続いているだけだと気づく。
怒気なのか、あるいは殺気なのか。
とにかくどす黒い感情が、目に見えるほどはっきりした形で姿を現し、しかしすぐに鳴りを潜めた。
妖艶な女が、俺に微笑みかける。
「うふん、私が、不用意に真相をぺらぺらしゃべる頭の悪い野盗とでも思った? 残念♡ 時間稼ぎは無駄だってわからないかしら♡」
「いや、有効だったよ!」
刀身を伸ばし、かんざしで女に斬りかかる。
女はそれを、見てから回避余裕と言った様子で紙一重の避けを披露する。
この一刀は、届かない。
そんなの、予想通りだ。
(本命は次の一刀!)
黒い女と短い問答をしている間に、俺はかんざしを握る手と反対の手の親指の腹に、小さな線傷を入れていた。
その血を事前に、かんざしに垂らしておいた。
勢いよく振りぬかれたかんざしに付着した血液は、血振りの要領で、女に向かって飛沫を上げる。
その一滴が、女にかかった。
しめた。
(この女からは縁が伸びていない。けれど、縁を結ぶことが可能なのは初邂逅のときに確認済み!)
その後未来視から彼女の姿が確認されなかったことから察するに、縁を結んでいられるのはごく短い時間だけ。
しかし、一撃入れる程度の猶予はあるはず。
その予想が正しいことに期待して、
「届けっ!」
繋いだ縁に向かって、かんざしを振り下ろした。
行使するは術式、遠隔地に斬撃を飛ばす一刀。
「
勢いよく振り下ろされた黒い刀身は、間合いの外にいる女を深々と切り裂いた。
「あはァ」
◇ ◇ ◇
(やったか⁉)
付着した血痕を起点に、黒い女の体が上下に両断されていく。
「驚いたわん。まさか反撃を食らうなんて……ふふ、何百年ぶりかしら♡」
「な……に……?」
そこに、女が立っていた。
肩口からわき腹にかけて、浅くない刀傷が袈裟切りに刻まれているのにもかかわらず、何事もなかったように平然としている。
だが、驚くべきは、そこではない。
「お前、内臓が……」
「無いぞって?」
「言ってない」
小ボケをはさむな!
せっかくのシリアスが台無しだよ!
「ん、んっ」
咳ばらいを一つ、ペースを取り戻す。
いま一度、女の肉体に視線を向ける。
ズタズタになったライダースジャケットの隙間に望む彼女の胴体、その内側に赤い臓器は何一つなかった。
代わりにあるのは、粘り気のある土の塊。
(泥人形? いや、泥人形だろうと、人のように立ち振る舞いをさせるには術式が必要なんじゃないか?)
術式を行使するならば、そこに縁が必ず要る。
しかし彼女には、たった一つの縁も無い。
先ほど血痕を頼りに伸ばした縁は、
傷口が平癒するように、泥の切断面がじわじわと癒着していく。
わずかな隙をついて得たとっておきの一撃はしかし、どうやらまるで致命傷には届かないらしい。
「お姉さん、いったい何者……?」
黒い女は、静かにほほ笑んでいた。
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