第30話 日本の義務教育

 さらに月日は流れて、春。

 来年から小学校に通うことになった。

 封伐師専用の学校などではない。

 どこにでもある、一般的な学校だ。


 特殊な力を持っているってこと以外、封伐師は人だ。

 待遇も人並であれば人権だってある。

 戸籍ももちろんある。


 その代わり、義務教育もある、というわけだ。


「大丈夫? 本当に一人で学校まで行ける?」

「大丈夫」


 問題ない。


 いやあるけども。


 雑賀の血は呪われている。

 くらえば圧倒的な力を手に入れられるという理由から『災禍』に目を付けられていて、非常に狙われやすい体質だ。

 現代において三蔵法師を疑似体験できる唯一の血統と言い換えてもいい存在だ。


 故に、普通は通学の際、父か母が送迎する。

 あのめちゃんこ強い父ですら、小学校高学年になるまでは送り迎えしてもらっていたらしい。


 けれど俺は一人で通学することにした。

 この決断をできたのはときちゃんのおかげだ。

 飯綱いづなの術式を会得して攻撃手段を覚えた都合、遠見と合わせて登下校前に襲撃してきそうな『災禍』を間引きして安全に通える。


 一応、学校には結界が張ってあるらしいので授業中の襲撃は考えなくていい。

 桜守家の懇親会でも結構長く耐えていたし、早々侵入されることはないだろう。


 あとまあ、一応前世の記憶がある身としては、小学校まで毎日親に付き添ってもらうってのは恥ずかしいと感じるのだ。


 唯一の懸念はあの黒い女だけど……

 これは一周回って、ひとり立ちを平時から装っておいた方がいいのではないかと疑っている。


 もちろん、父がいた方がいいのはわかっている。

 どうやら父は既に何度も撃退しているらしく、女も父相手にするのは無謀だと思っている節があるからだ。

 現に、一度目の襲撃も二度目の襲撃も、父が俺のそばにいない状況を作り出したうえで狙いすましてきている。


 それはつまり、父母に同行してもらっていたとしても、襲ってくるときは襲ってくるし、その時にはどうせ孤立しているということを意味している。


 と、いうところまで考えたうえでだ。


(逆に一人で行動することで、黒い女には「両親の護衛がなくても問題がないほどの実力を身につけた」、「襲撃するのは割に合わない」と判断してもらえるんじゃないかな)


 つまり、ハッタリだ。


 俺が彼女の立場だったとして、『災禍』を返り討ちにできない状態の子どもが独り歩きすると想定するだろうか。

 否、しない。

 もしそれをするとすれば、一人前の封伐師としての実力を備えてからだと考える。


 切り札の一つ二つ用意している。

 あるいは無防備を装って誘い出している。


 そんな罠を警戒する。


(まあ、実際、もうよっぽど強い『災禍』以外ならそもそも接近すら許さないし、あながち間違いでもないんだよな)


  ◇  ◇  ◇


 学校舐めてた。

 数字の練習とかひらがなの練習とか、そんなのを数日にわたってやらされるの、端的に言って苦痛だ。


 いやまあ学年も低くて宿題も大したことないのは救いではあるけれど、一番の苦痛は学友。


「サッカーするやつこの指とまれーっ!」

「「「わーっ」」」


 パワフルだぁ。

 子どもってなんであんなに元気なの?

 俺にはまねできんわ。


「そっちのチームの方が人数多くてズルいぞ!」

「そっちはげんちゃんいるんだからいいじゃん」

「よくない!」


 パワフルだぁ。

 なんで子どもってあんな何事にも全力で憤懣ぶつけられるの?

 俺にはまねできんわ。


 ちなみにげんちゃんってのは同級生の男子。

 子どもスポーツクラブのサッカーをしているらしく、彼のチームがだいたい勝って終わる。


 ナチュラルボーン勝ち組ボーイってああいうタイプを言うんだろうな。


「あ」


 ……ん?


「ソラ! お前も混ざれ!」

「えー」

「悔しくないのか⁉」


 いや悔しくないが。


「俺たちなら勝てる! な⁉」


 どうしよう、この子主人公気質かもしれない。


「おっしゃーっ! 再開すっぞ! こっちのチームからな!」


 まだ参加するなんて一言も言ってないのに。


 と、渋っていたら担任の先生からやんわり圧力をかけられた。

 みんなと一緒に何かすると楽しいよ? だってさ。

 あかん、これ完全に協調性ない問題児扱いや。


 いやまあ俺自身がそういう評価受けるのはいいけど、クラスに問題児がいると担任の先生の心労になるだろうし、いい大人なんだしそれは気兼ねする。


 仕方ない、参加するか。


 あ。


 げんちゃんがボールとられた。

 まあ小学生サッカーなんてそんなもの。

 ボールがあるところにみんなで集まるし、ドリブルコースなんてすぐ埋まる。


 げんちゃんはもみくちゃにされて、ボールは相手のものになりましたとさ。


 完。


 じゃなくて。


(っと、さっそく俺かよ)


 唯一、俺だけはその集団に混じらず後方腕組み師匠面していたのでディフェンスが間に合う。

 拙いながらもドリブルで迫ってくる相手との距離を詰める。


「ええっ⁉」

「なっ、いつのまに⁉」


 未来視。

 半秒先を見通すことで相手の足からボールが離れる瞬間を予知。

 文字通り一歩先回りすればボールの奪取は完了する。

 続いてそのままボールをもって駆け上がる。


「待てーっ」


 餌に群がる魚みたいに密集する子どもたちの隙を縫い、ドリブルを継続する。

 時に未来視を頼り、タイミングを外し、一切触れられることなくディフェンスを交わす。


(ん……?)


 脳の奥がちりちりする。


(あれ? これ意外と未来視の練習にいいぞ⁉)


 俺が主体的にボールを持っている間、周りの子どもが積極的に、ボールを取り返そうと干渉してくる。

 周囲から干渉を受けるということはすなわち、その分だけ未来が頻繁に書き換わるということである。


(そうか、戦況はリアルタイムに変わる。その一瞬一瞬に応じて未来視を最大活用できる選択を瞬時に選択できるための特訓だと考えれば……!)


 小学校なんて、と思っていたけど、もしかしたらすっげえ強くなれるかも……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る