第29話 婚約願いの裏腹

「やはりそういうことか」


 いろんなことがあったが、桜守家の懇親会は、帰還をもって無事終了した。

 情報共有を兼ねて、父を交え、今日の出来事を報告する。


 壬生家と桜守家から婚約の申し出があったことを受けた父のリアクションが、さきの一言だった。


「し、知ってたの⁉」

「まあ、何かしらの要求をしてくるとは想定していた。ソラに関係する話だろうという予想もついた。婚約の申し出も……まあ、想定内と言えば想定内だ」


 言いながら、父は目をそらした。こいつ。


「……やっぱり、変じゃない?」

「ソラ?」


 俺はここまで、ずっと不思議に思っていたことを口にした。


「雑賀は『災禍』に狙われる運命にあるんでしょ? もし将来結婚したとして、ときちゃんや朱音ちゃんの身にも危険が迫るよね?」


 けれど、今日見た限りの話ではあるが、


「ときちゃんも朱音ちゃんも、一族の人から大切にされてた」


 ただ全門開放とコネをつくるためだけに、娘を窮地に送ることを良しとするだろうか?


「なんか、しっくりこないんだよね……」

「その辺は由緒正しい家格ゆえの問題なのだろう」

「どういうこと?」


 父は、あくまで俗説だから、鵜呑みにするんじゃないぞと前置きした。


「日本では古くから、家は男が受け継いできた」


 江戸時代には朱子学が広まったり、戦国時代は武力がものを言った時代だったから筋力の強い男が幅を利かせており、さらに歴史をさかのぼれば開墾にしろ狩猟にしろ、力仕事に重きを置かれてきた歴史があるからだ、と父は言った。

 その言説を、続く言葉で否定した。

 だが、それはあくまで表向きの歴史だと言うのだ。


「それは、父親の霊力量が子にある程度受け継がれたから、という裏の歴史があるからなんだ」

「父親の?」


 母乳が霊力量にかかわってるのは既に知っているけれど、父親からも関係しているのか?


「正始8年、『蝕禍しょっか』と名付けられた『災禍』を相手に多くの封伐師が命を落とした。その際封伐師を増やすために産めよ増やせよの方針が立てられた」


 ちなみに『蝕禍しょっか』というのは日蝕の『災禍』のことらしい。

 太陽が地平線に触れようとする午後5時頃から欠けはじめ、皆既日食の状態のまま地平線に沈み、そのまま夜になってしまったのだとか。


「当時から授乳量が霊力量を左右することが判明していた。そこで霊力量豊富な女性封伐師に多産を強いたのだが、生まれた子どもの霊力量には大きな差があった」

「母親の条件が一緒なのに、子にばらつきが出る。それは父親が違ったから……ってこと?」


 父は首肯した。


(母乳は後天的に霊力量を増やすけど、初期値そのものは父親の霊力量で決定するってことか?)


 確かに、いま聞いた話を信じる限り、それが一番つじつまの合う説明だ。

 なるほど、と納得しかけたが、冷静に考えるとやはりおかしい。


「だったらなおさら、壬生家や桜守家に利点が無くない?」

「お、どうしてだ?」


 もし仮に男の子が生まれたとして、それは雑賀の子だ。

 呪われた血族ゆえ『災禍』に狙われる宿命を背負っており、婿入りは厳しい。

 結局、霊力量豊富な男児を桜守家も壬生家も取り込むことができないはずだ。


 逆に、女の子の場合、どれだけ豊富な霊力量を持っていたとしても、子どもには受け継がれない。

 嫁入りさせたとして結局豊富な霊力量を取り込めない以上、霊力量を理由にした婚姻にはつながらないはず。


 という考えを父に説明してみる。


「実はな、封伐師にも一応、乳母めのとという概念が存在する。簡単に言えば授乳代行ってとこだな」

「え」


 俺が絶句したのは、霊力量の観点からだ。


(いやいやいや、ちょっと待て。実の母からでさえ、授乳による霊力量の増加は微々たるものだったぞ?)


 無理に吸収効率を上げようとすると、全身が悲鳴を上げる始末。


「もちろん一般的ではない。実母から以外だと、霊力の成長効率が悪いというのは長い歴史から判明しているからな」


 だろうね。


「だが、血縁上近しい関係で、そのうえ母親の霊力量が桁外れなら例外だ」


 具体的に言えば100倍を超えたあたりで実母より乳母の授乳の方が成長率が高いことが歴史から判明しているらしい。

 血縁的に近しいというのは具体的には5親等程度らしい。


「いくら雑賀が呪われた血族と言っても授乳した程度じゃ遺伝しないからな。桜守や壬生は十分リターンがあると判断したんだろう」


 さすがに、生まれてもいない子どもの未来を祖父母の代が決めるのは時代錯誤じゃないだろうか……。

 いやまああくまで自由意思にゆだねつつ、さいころの目が良かった場合にリターンの大きい種を植えておく、というだけなのかもしれないけれど。


 なんていうか、大人の事情が複雑に絡みこんでてこれ以上考えても仕方ない気がしてきたな。

 もう一つの方の疑問に話題を切り替えるか。


「じゃあ、お婆ちゃんはどうしてお母さんを連れ戻そうとしたの?」


 条件付きとはいえ乳母がありなら、わざわざ連れ戻さなくても、と思ってしまうのだが。


「ソラ、妹か弟は欲しいか?」

「あ」


 なるほど。そういうことか。


 俺はもうおっぱい吸ってないし、母乳は止まってる。

 もう一度出るようにするためには出産しないといけない。

 けど、雑賀にいると豊雲は出産ペースを管理できない。

 出産には適齢期があるし、できるだけ早く連れ戻しておきたかった。

 そういうことか。


「付け加えて言うと、乳母は実の子どもより雇い主の子どもへの授乳を優先しなければいけない。足りない分は粉ミルクなどになるわけだが」


 そうすると、自分の子どもの霊力量が少なくなる、ということか。


 とりあえず、自分の子どもにそういう思いはさせたくない。

 俺の心に残ったのはそんな思いだった。

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