第22話 母の母
道中は至極平穏だった。
というのも、一度『災禍』を斬る喜びを覚えてしまったときちゃんが、嬉々として
同期の中では一番霊力量が少ないときちゃんでも、平均的な封伐師の10倍くらいはある。
ときちゃんの封伐に付き合われた結果、俺たちを襲う因果になかった『災禍』まで仕留めることになった。
うーん、遠見と
ほれぼれするね。
そんなこんなで、いよいよ到着。
封伐師の名門、桜守家である。
「でけえ!」
うちの屋敷も大概大きいと思っていたが、さすがは名門、桁が違う。
塀は消失点まで続いているのではないだろうかと思うくらい長く、上を見上げればはるかかなたに天守閣が見える。
明らかに航空法に引っかかる屋敷には、航空障害灯が取り付けられている。
「そう? 壬生家もこれくらいだけど?」
ときちゃんが冷ややかな目でこちらを見た。
何をそんなに驚いてるのといいたげだ。
あ、あれ? 壬生家にとっては普通なの?
それともうちの感覚がおかしいの?
「いや、やっぱときちゃんの感覚が麻痺してるんだよ」
「お母さまの実家もこれくらいだったわよ」
「くっ、名門のサラブレッドめ……」
ふと思い出したが、豊雲家なら遠見で覗いたことがある。
やっぱりこんなに大きくなかった。
なんなら雑賀の屋敷の方が広いんじゃないかな。
実物を見たわけじゃないけど……あれ?
「……そう言えば、俺、母さんの実家に行ったことない」
普通、盆や正月くらい孫の顔を見せに行くものなんじゃないのだろうか。
「ねえ、母さ――」
「さ、ソラ。朱音ちゃんが待ってるわよ」
ふと浮かんだ疑問を母に投げかけようとした俺を、母は手を取り桜守の門へと歩き出した。
聞き出す機会を逸したとも言えた。
聞こうとした俺の出鼻を挫いたようにも思えた。
少しの違和感の正体を探ろうとして――
「ソラくーん!」
「どわぁ⁉」
俺は考えていたすべてを棚上げした。
桜守家の門の向こうから、女の子が勢いよく飛び出してきていて、それを受け止めるのに全身全霊を捧げなければいけなかったからだ。
桜守家の正門には石造りの長い階段が繋がっており、ここで抱き留めるのに失敗すれば彼女もろとも階段の下まで真っ逆さまである。
「ナイスキャーッチ。会いたかったよ! ソラくん!」
柔らかいほっぺをすりすりして、満面の笑みを浮かべる少女の正体に、俺は気づいていた。
「うん! ひさしぶり、朱音ちゃん! 今日は招待ありがとう」
「えへへー、どういたしましてだよ。それじゃ、さっそく行こー!」
口で「しゅたっ」と効果音を奏でて朱音ちゃんが着地して、俺の手を引いて屋敷へと招く。
その反対の手を、驚くほどの力で引き留められる。
「ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「ぐぇっ」
「ソラは私が連れてきたのよ⁉ 勝手に連れて行かないでくれる⁉」
痛いっ。
「あー! ときちゃんだ! 久しぶりー! どうしているの?」
「私も招待されたからよ!」
二人の幼馴染の笑顔がまぶしい。
それはそれとして引っ張る力がさらに強まる。
大岡裁きが頭をよぎった。
子の親権を争う二人の女性の間に入り、決着を付けさせる奉行の話だ。
勝負は綱引き。ただし綱の代わりに使用するのは親権を争う最中の子の腕。両腕から引っ張り、勝った方を本当の親にする話だ。
当然、引っ張られた子は痛い痛いと泣き叫ぶ。
それを哀れに思った女は手を離し、もう一方の女は嬉々として連れ帰ろうとする。
しかし、大岡奉行は子の身を案じた者こそ本当の親に違いないと判決を下すのである。
それはさておき、立ち位置的に門側から順番に朱音ちゃん、俺、ときちゃんの順番なわけだけど、ときちゃんが放してくれるとは思わない。
そうなると放してくれる可能性があるのは朱音ちゃんなわけだが、辛うじて釣り合いの取れている状態から朱音ちゃんが手を放すと、俺とときちゃんが階段を転がり落ちかねない。
(これ痛いって叫んだら危ないやつだな)
だから、痛いけど、声を殺そう。
階段を転がり落ちるのはいやだ。
「そうなんだ! また会えてうれしいなっ!」
「私は別に? ソラがついてきてほしいって言うから仕方なく来てあげただけなんだからね」
「え?」
「あ」
朱音ちゃんが突然、手を離した。
当然、均衡が破れて、俺とときちゃんが階段の下へと転がりかける。
「うおぉぁあぁぁぁっ⁉」
「きゃぁぁぁぁっ!」
「お嬢!」
「ソラ!」
「ソラくんときちゃん!」
順番に俺、ときちゃん、こわもてアニキ、母、そして朱音ちゃん。
母とこわもてアニキが手を伸ばしているが、あと少し届きそうにない。
(やべえ、死ぬ)
血の気が引いていく。
濃密な死の予感が、頭の中を埋め尽くす。
けれど、その確信を裏切って――
「階段のそばで
俺とときちゃんを、しっかりと抱きしめる人物がいた。
孫がいてもおかしくはない年齢の女性だった。
化粧で隠そうとしていないほうれい線がかえって凄みを帯びていて、俺を震え上がらせるには十分な迫力があった。
「ごめんなさい!」
「わ、わるかったわよ」
俺、ときちゃんの順番で頭を下げる。
いやときちゃんは頭下げてないなこれ。
ふんって鼻を鳴らしてるわこれ、つよい。
こわもてアニキも一緒になってへこへこと頭を下げてくれていた。
だからだろうか。
小じわさえ威圧に利用している強気な女性は俺たちに関心を失ったように視線を外した。
その先に、母がいた。
母は渋い顔をしていた。
年食った女性は、母を責めるように口を開いた。
「あなたに言っているのですよ、
「……申し訳ございません」
「謝って済むものですか。いま、幼い命が二つ失われるところだったのですよ」
「はい。私の失態でございます」
母が深々と頭を下げる。
話しぶりから察するに、どうやら母の知り合いらしい。
「私は、そのような娘に育てたつもりはありませんよ」
……え?
娘? 育てた?
(ってことはこの人)
俺の予想が正しければ。
「申し訳ございません、お母さま」
母の、母。
つまり。
(俺のばあちゃんだ!)
それも、豊雲の!
言われてみれば母と似てる!
これは、あれかな。
俺もあいさつしたほうがいいのかな。
うん、そんな気がする。
「はじめま――」
「やっぱり、間違いでしたね、あなたを雑賀に嫁がせたのは」
言いかけた言葉は、後には続かなかった。
「戻ってきなさい、紫。雑賀と縁を切って」
その言葉が、あまりにも衝撃的だったからだ。
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